聖女の行方2
マリアナージュの森深く、道無き道を進んだ先に、アルロの言う地下への入り口はあった。アルロが指さして教えてくれなければ、ただの茂みにしか見えない。草をかき分けてようやく、ぽっかりと穴が空いているのがわかった。
「この中にエリーがいるって? 動物の巣穴じゃねーの?」
「えーと……実は僕も、奥までは行ったことなくて……。入り口入ってすぐのところで、サミュエル様が待ってたから……」
「とりあえず入ってみましょう」
心底嫌そうな顔をするルカを、一番に穴の奥へと押し込んでやった。
特に危険なものがあった様子はないので、私とアルロも続く。
「……まぁ……。凄いわ」
穴に入ると緩やかな坂道となっており、下り切った先に広がっていたのは、真っ直ぐにのびる通路だった。
道幅は人二人が並んで歩ける程あるし、高さも、大人の男性でも天井に頭をぶつける心配がない程度には高い。
何より驚いたのが、等間隔で魔石のランプが灯されていることだった。随分古びたランプで、消えそうに淡い光ではあるが、道を進むには充分だ。
しかし、こんなにも薄暗く清潔とは程遠い地下に、エリーは本当に居るのだろうか……?
それに、この場所は────。
「まるで迷路だな」
ルカが呟いたように、少し進んだだけで道が別れてしまう。それも、どちらも同じような道が続いている。試しに片方の道を進んでみると、更にその先も、また分かれ道になっているようだった。
正に迷路そのものだ。
ここは、恐らく……。
────ティンブルク帝国の、地下迷宮。
有事の際、皇族が皇宮から脱出するためにつくられた。内部は非常に入り組んでおり、皇族以外の者が安易に足を踏み入れれば、命尽きるまで彷徨い続けることになると言われていた。
夢の中の「私」は、その入り口にさえ辿り着く暇を与えられず、命を落としたようだったが……。
「迂闊に進むと、戻れなくなりそうだね……。やっぱり僕たちだけじゃ無理だよ。先生に相談しよう」
アルロが暗い顔をして立ち止まった。
けれど──。
もしこの話をすれば、アルロは間違いなく処分の対象になってしまう。大切な友達が退学処分にでもなってしまったら悲しい。
アルロの協力を得て事件解決をすれば、処分を免れることは難しくても、退学という最も思い処分は下らない──と、信じたい。
「大丈夫よ、アルロ。私に付いて来て」
「お嬢、これ以上はダメだ。絶対迷う」
「迷うことはないわ。正解の道は、こっち」
分かれ道の片方を選んで進む。
迷いのない私の行動に、ルカとアルロが訝しみながらも、慌てて付いてくる。
「いつもながら滅茶苦茶だな……。なんでそう自信満々なんだよ」
それは、少しの違和感。
分かれ道の先は同じに見えて、少しずつ違う。
例えば、ランプがひとつだけ消えている。ランプの形が微妙に違う。道幅が僅かに狭くなっている。道に石ころが転がっている。
そんな、見落としてしまいそうな小さな違いを避ければいい。
夢の中の「私」は、ティンブルク帝国の皇族だったのだから、迷宮の攻略方法は伝えられていたのだ。
これを「前世の記憶」と説明してしまえば、きっといつかの私とシリルのように、ルカとアルロは顔を引き攣らせるだろう。
つまりそれを公言し、この場所に身を隠しているサミュエル・ポーターは、もしかしたら────。
「お嬢!」
考え事をしながら黙々と歩いていた私は、ルカの声で我に返った。
振り向いて見たルカとアルロのピアスが、きらりと妙な輝きを放っている。
そして────。
二人の姿が、あっという間に天井から崩れ落ちてきた土砂の向こうに消えた。
「……ルカ! アルロ!」
土砂で完全に塞がれた道の向こう側から、僅かにルカとアルロの声が漏れ聞こえる……けれど、何を言っているかまでは聞き取れない。
こんな場所で、はぐれてしまった……。
「………………困ったわね」
この迷宮も、つくられたのは少なくとも150年以上前だ。老朽化によりこうして崩れても、何ら不思議ではない。むしろ、誰も土砂の下に埋もれることがなくて良かった。
二人の魔石のピアスが、魔術使用をしていないのに、光を放っていたように見えたのは気になるけれど……。
ルカもアルロも、このまま何もせずに道の向こうでじっとしているはずがない。二人は共に、風属性持ちの魔術師である。
二人が魔術を使用して、この大量の土砂を吹き飛ばすかもしれない。そうならば、私がこの場所に居続けては危険だし、邪魔だ。
そう思い至った私は、道の先へ進むことにした。
次の分かれ道で待っていれば、二人もそのうち追いついて来てくれるかもしれない。
しかし再び歩き始めてすぐ、前方からこちらへ、人影が向かって来るのが見えた。
ルカやアルロが、一瞬のうちに反対側からやって来るなんて有り得ない。
それでは、まさか……。
不吉な予感が胸をよぎり、薄暗い道の先に目を凝らす。
その姿が徐々にはっきりと視認出来るようになると、そのぴりぴりしとした空気に、息苦しさを覚えた。
────この人が、サミュエル・ポーターだ。
壮年の男性。
名前を聞かなくても、その正体を理解した。
この人に逆らってはいけない、と何故か強く感じる。まるで王族のように、強烈な威圧感を放っている。他者が自らにひれ伏すことが当然だというように。
恐れることは、ないはずなのに。
この人は、ゾイド王国の一貴族であり、現在魔術を使えない。
わかっていても、体が震えそうな程の畏怖心でいっぱいだった。
サミュエルが私の姿を確認し、その口を開く。
「お前は何者だ? 何故ここにいる?」
「……っ!」
その声のトーンもまた、私を震え上がらせる。
大きな声でないのに、空気がびりびり振動した気がした。
思わず指先を左耳に当てて、けれどもピアスがないことに気付く。
……駄目だ…………。
こんな場所でコントロール出来ない水魔術を使えば、大変なことになる。
頭の中を様々な考えがぐるぐる巡り、ひとつの結論に至った。
────非常に不本意ではあるが、これしかない。
「アメリアと申します! サミュエル・ポーター様でお間違いありませんか!?」
「……如何にもそうだが」
「どうか……どうか、ハンナ様のかわりに、私をサミュエル様の駒としてお使いください!」
サミュエルが、奇特なものを見るように眉を顰めた。
私とて、こんな手段は選びたくなかった。
が、ルカが居ない今の私では、例え相手が魔術を使えなくても、取っ捕まえてエリーの居場所を吐かせるなど困難だ。
味方のふりをして近付き、エリーのところまで案内させる……! これしかない!
「アメリア……か。ハンナからこの場所を聞いたのか?」
「はい!」
「確かに、魔石のピアスをしていないようだな。……いいだろう。丁度手は足りていない」
魔石のピアス、と言った。
通常、魔術師が必ず身につけているはずのものなのに、それをつけていないからこそ、信用されたような口ぶり。
つまり……。
魔石のピアスが何らかの形で反応する魔術か、魔道具。それがこの迷宮に仕掛けられていたのかもしれない。だからこそ、私だけ通り抜けたあの道が、ルカとアルロを阻むように崩れた。
全く油断ならない。
サミュエル本人は魔術が使えなくとも、ずっと白星塔幹部を味方につけていたのだ。思っていた以上に、面倒な相手なのかもしれない。
ルカとアルロが合流してくれれば、なんとかなるとは思うけれど……。
息苦しい程に張り詰めた緊張感の中、サミュエルの後をついて行く。
とても快適とは思えない、何もない地下通路。
思わず疑問が口をついて出た。
「サミュエル様は……ずっと、こちらに?」
「そうだが、ハンナから聞いていないのか」
「いえ! 窺っております。ただ……サミュエル様に相応しい場所だとは思えませんので」
慌てて取り繕う私を、サミュエルが振り返って見た。その瞳はやはり、ぞっとする程に圧を感じる。
「問題ない。じきに『災厄』は目覚める」
──目覚める。『災厄』が……?
恐ろしい予言に、言葉が出なくなってしまう。
とても彼らのように、『災厄』を望む表情までは取り繕えなかった。
サミュエルが、訝しむような目で見ている。
「ハンナから、『災厄』のことをどこまで聞いている?」
「……そ、れは……」
──何が正解なんだろう。
そもそも、ハンナが『災厄』について何を知っていたのか、それさえ知らない。下手なことは言えない。
……まずいわね……。
サミュエルの眼圧に気圧され、背中に冷や汗が流れた。
黙っていても、益々怪しまれるだけだ。
一か八か、『災厄』の秘密を話すべきか……。
ごくりと唾を飲み込み、口を開きかけた、その時。
「アメリア!」
可愛らしい、私を呼ぶ声に驚いて見れば──。
「…………エリー!?」
薄暗い通路の先に、探していた可憐な聖女の姿はあった。




