聖女の行方
「どういうこと? エリーが行方不明って……」
「学園に登校して来ないし、女子寮の部屋にも居ないって。だから、お嬢と二人揃って誘拐されたんじゃないかって大騒ぎになってんだよ」
エリーは黙って姿を消すような子ではないだろう。
本当に誘拐されているのかも……。だとしたら、一大事だ。
何しろ、危険思想者と言われるサミュエル・ポーターが、マリアナージュにいると思われるのだ。その目的が『災厄』を起こすことならば、聖女の存在は邪魔でしかない。
「……エリーが心配だわ……」
「自分の心配は、もういいわけ?」
ルカが呆れたような顔をしている。
エリーと私では、置かれた状況がまるで違う。
彼女は、その身が危険に晒されているかもしれないのだ。
「私たちもエリーを探すわよ!」
「何でそうなるんだよ! お嬢は今さっき、白星塔から逃げて来たんだろ!」
「これは私のためでもあるのよ! こうなったら、レイノルド様を頼らずに身の潔白を証明するしかないわ! エリーを無事に保護して、誘拐犯を捕まえるのよ。そして私が教会で不審な行動をしていたことを、有耶無耶にする……。これよ!!」
エリーを誘拐したのがサミュエル・ポーターだとすれば、彼を捕らえればこの件は綺麗さっぱり解決する。
サミュエル・ポーターは恐ろしい魔術師だったのかもしれないが、テオドール様の話によれば、今は魔術を使えなくされている。
はっきり言って、魔術の使えないただの人間など、ルカの足元にも及ばない。楽勝でやっつけられる。
私の思惑通りに事が運べば、いくら白星塔のトップと言えど、グレースも危険思想者から聖女を助けた私の処遇に口出しは出来まい。
そうなったら、私も塔に閉じ込められていたことは黙っておこう。万事穏便に済ませれば、レイノルド様の怒りも収まるはずだ。
「完璧な作戦だわ……!」
「どこが? そんな簡単に殿下を誤魔化せると思ってんの? 大体、エリーの居場所がわからなきゃ意味ねーだろ」
「…………」
聖女が危険思想者にとって邪魔な存在であることは、昨日今日始まった話ではない。
ただし、今までエリーは魔術を使えなかった。魔術を使えるようになったのは、つい昨日のことだ。
そしてこのことは、ごく限られた一部の人しか知らない。昨日あの教室に居た誰かか、その誰かから話を聞いた人物────。
サミュエル・ポーターの手に渡ったとされる、魔石のピアスについてもそうだ。
学園内──それもシリルに近付かなければ、入手することは難しかったはず。
……その可能性に、一度も思い至らなかった訳ではない。
ただ、信じたくなかっただけ。
しかしこうなった以上、確かめてみるしかないのだ。
────覚悟を決めた。
「ルカ。あなたに用意して欲しいものがあるの」
◇◇◇
「上手くいったわね!」
「………………」
男子寮のルカの個室で笑顔を向けるも、ルカは複雑そうな表情をしている。
「ここまでする必要あった?」
「何言ってるのよ。男装したお陰で、白星塔職員に見付からずに、ここまで辿り着けたのよ?」
──そう。
私はルカの男子用の制服を借り、男子寮へ忍び込むことに成功した。女生徒を探している彼らを欺くには、これが最善策だと思ったのだ。
まだ学園の授業中に移動したことで、他の男子生徒に見られることもなかった。
時間は既にお昼を過ぎている。
ルカが学園近くの飲食店で買ってきてくれたサンドイッチを二人で食べていると、寮内が徐々に賑やかになってくるのがわかった。
「みんな、もう寮に帰ってきたのかしら? 随分早いわね」
「今日は、午後から休校だって言ってたな……。生徒たちには内緒にしてあるみたいだけど、エリーの行方がわかってないし、先生たちも探すんじゃねーの?」
確かに聖女の行方不明は一大事。
しかも現在、『災厄』の結界は非常に不安定な状態であると、リロイが話していた。その危険性も鑑みての休校という判断なのかもしれない。
そんな状況下故に、あの教会の周辺を塔の職員が厳重に警戒中なのだろう。メイソン先生がたった一人、昼夜問わず見張るというのは無理があるし。
そしてその厳戒態勢の最中、私はノコノコと教会に現れ、捕まったという訳だ。
迂闊にも程がある。
「……で? この後は、どうすんの?」
「皆が寮に戻って来たのなら、丁度いいわ。アルロに会いたいから、部屋まで案内してちょうだい」
「アルロ?」
不思議そうにしながらも、ルカが教えてくれたアルロの部屋は、彼のふたつ隣だ。近くて良かった。
廊下に誰も居ないことを確認してから、急いでアルロの部屋まで行き、扉を叩く。
マナー違反ではあるが、誰かに見付かっては大変なことになるので、返事を待たずに扉を開き、ルカと共に室内へと体を滑り込ませた。
「えっ、何……アメリア!?」
突然の侵入者に驚いて後ずさったアルロが、その犯人が私とルカであることに気付き、更に驚愕した様子で声を上げた。
「急に悪いわね。お邪魔するわ」
「えっ……。う、ん……? えっと……どうして、アメリアがここに? それに、その格好」
「あなたに聞きたいことがあって来たのよ。あなた、エリーの居場所を知らない?」
「……エリー? 今日はお休みなんじゃ……。寮の部屋じゃないの……?」
アルロはそう言うが……。俯きがちに、落ち着きなく視線を彷徨わせている。
素直な彼は、嘘をつくのが下手くそだ。
意を決して、口を開く。
「サミュエル・ポーターという名に、聞き覚えは?」
顔を上げたアルロが、その愛らしい瞳を零れ落ちそうな程見開いて、息を飲んだ。
「やっぱり知っているのね? シリルのピアスを、サミュエル・ポーターに渡したの?」
「……!」
シリルがピアスをなくしたあの日、教室に残り、最後までシリルの近くに居たのはアルロだった。
気弱で優しいアルロがピアスを盗るなんて、私もシリルも考えもしなかったけれど──。
「ご…………ごめんなさい…………!」
アルロは真っ青になり、可哀想になるくらい狼狽している。追求をやめたくなるけれど、エリーのためにはそうもいかない。
「サミュエル・ポーターとは、どういう関係?」
「関係なんて……。サミュエル様は貴族で、僕が居た孤児院の援助をしてくれてて……」
「孤児院?」
アルロが孤児院育ちだったなんて、全く知らなかった。友達なのに……。
「うん。サミュエル様は、僕のマリアナージュ入学が決まったのを知って、『災厄』について、教えてくれたんだ。それで…………魔術師のための世界をつくり直すために、協力を求められて……」
「なんてこと……!」
ゾイド王国の平民は、貴族には逆らえない。身分による圧倒的な力の差があるのだ。
純粋なアルロを、自らの欲のために従えさせ、利用するなんて、絶対に許せない……!
「エリーのことを誘拐したのも、あなたなの?」
「誘拐なんて……! サミュエル様に頼まれて、地下に連れて行ったんだ。……ごめんなさい!」
アルロは目に涙を溜め、震えている。
彼のしたことは悪行に違いないが、きっと望まぬ行為を強いられ、彼自身も辛い思いをしたのだろう。
悪いのは、サミュエル・ポーター……!
アルロの両手をとり、力強く握りしめた。
「アルロ。エリーの居場所へ、案内してちょうだい。サミュエル・ポーターをとっ捕まえて、二度とアルロに近付かないよう、その身にわからせてやるわ……! ルカがね!!」
「なんでオレなんだよ」
だって一番適任だからだ。
エリー救出のため、私は引き続き男装したまま、ルカとアルロと共に、コソ泥のように男子寮を後にすることとなった。




