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その求婚は謹んでお断りします、王太子殿下  作者: 玖珠ゆら


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塔の上から


 私のこの減らず口は、いつも自身を追い込んでいる。シリルにとやかく言える立場ではない。


 万事休すだ。完全に追い詰められた。

 このままでは、本当に犯罪者にされてしまう。



 一先ず、手の縄を外すことにした。それ程苦労せず、簡単に縄が解ける。

 王太子妃教育に、今日ほど感謝したことはない。



 自由になった手で、部屋に唯一ある小さな窓を開けた。

 小さいけれど、体が通らない程ではない。

 しかし、下を覗き込んでみると……。


 

「……結構高いわね……」


 塔の真ん中ほどの高さにいるが、五階相当と思われる。落ちたら多分死ぬ。


 水魔術では落下の衝撃を緩和出来るか微妙なところだし、そもそもピアスを奪われてしまった。魔力調整が出来なければ、一か八か飛び降りるなんて、ただの自殺行為だ。


 

 振り返れば、部屋の扉がある。もちろん鍵はかけられていた。 


 ピアスはなくとも、全力で魔力を放出すれば、その水圧で扉を破壊することは出来るだろう。

 しかし、扉の先には大勢の白星塔職員がいる。

 学生の私が、プロの魔術師にかなうはずがないのだ。

 つまり、この窓から逃げる他に手はない。


 ──が、どうやって?


  

 ……駄目だ…………。


 何の策も浮かばず、窓から顔を出したままお手上げ状態となった。



 しばらく呆けていると、救世主が現れた。

 神は私に味方している。



「ルカ!」



 こちらへ向かってルカが歩いて来る。


 けれど、私の声は聞こえないようだった。

 ルカは白星塔の周辺を、何かを探るように歩いている。上を見上げてくれればいいのだが……。


 

「ルカー!!」 


 大声で叫んでみるも、距離があるので気付いてくれない。


 ……こうなったら……。


 不安はあるが、やるしかない。

 ピアスのない左耳に触れた。



 ルカが私の存在に気が付けばいいのだ。

 カップ一杯の水でも降らせれば、充分だ。



「カップ一杯……カップ一杯…………ルース!」 



 ルカを指さすと、彼の頭上……ではなくその一歩前に、小さな滝が現れた。

 目の前に突然吹き出た滝に、ルカがぎょっとして立ち止まる。



 やっぱりピアスがないと、魔力調整は難しい。

 けれど、目的は達成した。


 周囲を見回すルカによく見えるよう、窓から身を乗り出して思い切り手を振る。


「ルカ!」 

「お嬢!」


 ルカが私の姿を確認し、こちらに向かって走って来る。


 喜びも束の間、扉の向こうから数人の声と、鍵をがちゃがちゃ開ける音が聞こえてきた。


 ……しまった。大きな声を出しすぎたようだ。

 縄を外して窓から半分体を出しているところなんて見られたら、今度こそ逃げる隙など一切ないように閉じ込められてしまうだろう。


 焦っているうちに扉が開かれ、数人の魔術師が顔を出した。

 私の姿を見て、驚いている。


「なっ……何をしているんだ!?」

 

 魔術師たちが、怖い顔をして距離を詰める。

 眼下を見下ろせば、ルカもまた、すぐ近くまで来ていた。



「……っルカ! 行くわよ!」

「は!?」 



 ルカを信じて、私は窓から飛び降りた。


 体が宙に放り出される感覚に、一気に恐怖心が沸き上がる。勢いよく地面に向かって落下していく、その最中。


「ルース!」



 余裕のないルカの声が聞こえたのと同時に、地面から強い風が巻き起こる。

 僅かに体が舞い上がった……気がした。



 ────けれどもそれはほんの一瞬で、勢いは衰えながらも、あっという間に地面が迫ってくる。


 

 選択を間違えたかもしれない。

 今更ながらそう思ったけれど、もう遅い。

 

 

  

「きゃあああ!!」


「っ!!」

 


 ルカが私を受け止めようして、抱えきれずに二人揃ってぐしゃりと倒れた。


 

 体があちこち痛い……。が、生きている。大怪我もしていない。

 起き上がろうとすると、地面に違和感がある。

 ルカを思い切り下敷きにしてしまっていることに気が付いて、血の気が引いた。


「ルカ! 大丈夫!?」


 急いで飛び退いて、ルカの体を引っ張って起こす。

 ルカは顔を顰めているが、私と同じく酷い怪我を負った様子はない。


 

「良かったわ。ありがとう、ルカ」

「良くねーよ! 何でいきなり飛び降りるんだよ! 死ぬ気!?」

「自殺願望はないわ。ルカだったら、いつかの食堂で食器を浮かせたように、うまく着地させてくれると思ったのよ」

「高さも重さも全然違うじゃねーか!!」 


 言われてみれば、確かにその通りだ。

 咄嗟の魔術で人一人の落下を止めるなんて、冷静に考えれば簡単に出来るような芸当ではなかった。ルカならば魔力量は問題ないだろうが、調整に失敗すれば、竜巻に襲われたリロイのように吹き飛んでしまう。

 学生にそんな高度な魔力調整を求めるなんて、無茶振りの極みだ。

 ルカが規格外に優秀で、命拾いした。


  

「お嬢はいつも無茶ばっかり……。何でこんなことになってんだよ……」

「他に方法がなかったのよ。だって……」


 説明しようとすると、頭上から何やら叫び声が聞こえた。

 私が飛び降りた窓から、数人の魔術師がこちらを見下ろしている。


 まずいと思い、ルカの腕を引っ張って走り出した。


「一緒に逃げてちょうだい!」

「は!? 白星塔を敵にまわしたのかよ? 有り得ねーんだけど!」


 そうは言いながらも、ちゃんとついて来てくれる優しい護衛である。



 急いでマリアナージュの森の中に逃げ込んだ。塔の上からは、私たちの姿を見失っているはずだ。

 森の中をしばらく進んだところで、ルカには今日あったことを全て話しておいた。

 教会に行こうと思った理由だけは、自分でも馬鹿みたいだと思うので黙っておいたけれど。


 

「朝からお嬢が居ないから、どうしてんのかと思ったら……。やっぱり変なことになってんじゃねーか」 

「ルカのお陰で助かったわ。どうして白星塔まで来ていたの?」

「殿下の指示で。お嬢がどこにも居ないから誘拐か、って騒ぎになってんだけど、殿下は白星塔トップの様子が気になるから、塔を探ってみるようにって」

「まぁ。レイノルド様は察しがいいわね……」 



 それにしても、グレースが黙っているせいで誘拐事件と勘違いされているとは……。心配させてしまっているようだし、早く姿を見せるべきだろう。

 レイノルド様が味方してくれれば、誤解は必ず解けるはずだ。


 

「レイノルド様のところへ行きましょう。メイソン先生にもきちんと事情を話して、わかってもらうわ」 

「……いや。ちょっとそれはまずいかも」

「どうしてよ?」

「殿下が本気でキレてる。白星塔トップの仕業だとわかったら、マリアナージュを相手に戦争でも起こす勢いだと思う」

「…………」



 いくら何でも盛りすぎではないか。

 疑念の視線を向けると、ルカは深刻な顔をして溜め息を着いた。


「殿下はお嬢の知っている通りの人だし、オレはそんな殿下を尊敬してる。でも、お嬢のことが絡むとまともじゃないんだよ」

「ちょっと、そんな言い方!」

「黙ってようかと思ったけど……。お嬢の王太子妃教育、王立学園一年の時には終わってたからな」

「…………はい!?」


 そんなはずはない。

 王太子妃教育による拘束時間が伸びたのは、むしろ一年の終わり頃からだ。その時期に既に終わっていたとするならば、私は何のために……。


「殿下は手段を選ばずお嬢を束縛するし、絶対に手放さない。あの人、他のことは完璧なのに、お嬢への執着は異常すぎるんだよ。戦争が大袈裟だったとしても、殿下がこのままお嬢をマリアナージュに置いておくとは思えない。間違いなくお嬢は学園退学に追い込まれるし、もうここには居られなくなる。だからってシャパルに帰れば、殿下の計画通り、即結婚になるからな」 


 

 ルカが何を言っているのか、よくわからない。

 

「まさか……。何言ってるのよ。だってあの、レイノルド様が……」


 呟きながら、マリアナージュに来てからのレイノルド様を思い出す。

 優しさの塊だと思っていた彼の、知らなかった顔を幾度も垣間見た気がしていたのは確かだ。


 けれど……。


「……私はもう平民だし、そう簡単に結婚は……無理ではない? だからこそ、魔術学園の卒業を目指していたのよ?」

「そんなもん、何とでもなるだろ。どうせ根回しなんか、とっくに済んでる。今までお嬢は泳がされてただけだ」

「そんな……」

「どうすんの? すぐにでも結婚する覚悟は出来た?」

「……ちょっと……考えさせてちょうだい」


 目眩を覚える。すぐに答えなど出るはずがなかった。

 最終目標は結婚で間違いなかったはずだけど、それは自分の力で掴み取りたいと思っていたのだ。

 

「まずいことがもう一個あるけど、聞く?」

「まだあるの!?」


 もう完全にキャパオーバーだ。

 しかしとんでもない話を聞いた後では、これ以上のものはどうせ有りはしないと続きを促す。


 しかしルカの言葉は、私の予想を遥かに裏切った。

 

「エリーも今朝から行方不明なんだけど」


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