記憶を辿って
恐ろしくも懐かしい夢をみた。
目が覚めたら泣いていた。涙を拭い、体を起こす。
部屋の中は薄暗い。夜明けはまだ少し先のようだ。
私がみた夢────。あれは、本当にただの夢なのだろうか。
だってまるで同じだった。
教会で見たものと、夢の中。
『災厄』の正体は…………。
ぶるりと身震いする。
マリアナージュは、昼間は穏やかな気候であるけれど、朝晩はぐっと冷える。
寒さ対策にしっかり着込んで、女子寮の部屋を後にした。
じっとしてなんて居られない。
もう一度、この目で確かめたい。
外は一層冷え込んでいる。
人気のない大通りを歩いているうちに、徐々に東の空が朝焼けに染まり始めた。
そのまま進んでいくと、朝靄の中に教会が見えてくる。
周囲の木々は焼け焦げた中で、変わらず朽ち果てそうになりながらもその姿を保っている。
あの晩と同じように、教会の側面に空いた壁の穴を目指した。しんと静かな朝の中で、壊れた塀の脇を進めば、焼け落ちた木の枝を踏んだぱきりという音だけが耳に届く。
あの時と、何も変わらない。今にも崩れそうな壁の穴を覗き込む。
「あ…………」
声が漏れた。
懐かしくて涙が出そうなその姿は、夢で見たのと同じ。
ほんのり光る石の中に閉じ込められた、よく知る「彼」そのものだ。
その名前は何だっただろう。
家族であり、唯一心から愛した人だった。そう断言出来る。
何故「彼」がここに居るのか、こうして眠るように閉じ込められているのか、わからない。
けれど────。
夢の続きを掴むように、手を伸ばした。
しかしその途端に、ばちりと結界に阻まれてしまった。
「……っ!」
悲鳴にならない声を上げ、手を引っ込める。
痺れるような痛みが走り、自分の手の平を確認するけれど、特に何ともなっていない。
ほっとしたその瞬間、後ろから両肩をがっしりと掴まれた。
「確保!!」
「……っ、は……?」
振り返ると、白い星のバッジをつけた男性二人が、怖い顔でこちらを見ている。
「不審者を捕まえたぞ!」
「え!? ちょっと……違いますけど!?」
慌てて声を上げるも、全く聞き入れてもらえない。
そのままあっという間に後ろ手に縛られ、乱暴に引っ張られながらどこかへ連れて行かれる。
……何故、こんな事に……。
自らの迂闊な行動を激しく後悔するも、後の祭りだった。
◇◇◇
私が押し込められたのは、白星塔の中の一室だった。
魔術を使えないようにするためか、手は縛られたままだ。なんと酷い扱い……。完全に犯罪者だと思われている。
状況的にかなり詰んでいるが、幸い私には権力者で味方してくれそうなお知り合いがいる。
メイソン先生かレイノルド様あたりが、誤解を解いて助けてくれるのを待つことにした。
それにしたって、手が痛い。
それ程強く縛られている訳ではないけれど、長時間このままの格好となるとかなり辛い。
狭い部屋には、小さな窓がひとつだけ。
その窓から差し込む光の強さから、かなり陽が高く昇ってきていることがわかる。もうお昼前だろうか。
椅子も何もない部屋の中で地べたに座り、体の痛みも空腹も、そろそろ限界だった。
「お腹空いたわね……。大人しく待っているのも、疲れたわ」
すぐにここから出してもらえるとばかり思い、被害者面を全力でするつもりだった。見込み違いだったようだ。こうなったら、手の縄だけでも何とかしたい。
何を隠そう、王太子妃教育で縄抜けは習得済みである。
正直あの頃は、護衛が四六時中張り付いているのだから、一生使うことがないと思っていた。まさか本当に役に立つ日が来ようとは……。
無駄に教育内容が広範囲だと、ルカに文句を言っていた過去の自分を叱りつけたい。
そんなことを思いながら縄を外そうと試みていると、足音が近付いて来て、扉が開いた。
「あら! この一大事に不審者を捕まえたなんて言うから、仕方なしに見に来てみれば……」
グレースだった。
私を拘束した男性二人も、その後ろからこちらを見下ろしている。
縄を外す前で良かった。
そして、知っている人が来てくれて良かった。
……そう思ったのは、一瞬だった。
グレースが面白そうににやりと笑う。
「あなたが危険思想者だったとはね、小娘ちゃん。考えてみれば、二度の教会襲撃時、どちらもその場に居たなんて、ただの偶然とは思えないもの」
「ちっ……違います! 誤解です!」
思い切り疑われている。
男性の一人が、グレースに問いかけた。
「メイソン様にも報告致しますか?」
是非ともお願いしたい。
グレースのこの様子では、私への誤解は解けそうにない。
私は早朝に一人で教会へ行くという怪しい行動をしたが、一切攻撃などはしていないのだ。きちんと冷静な判断をしてくれる方にも、意見を聞いていただきたい。
しかしそんな私の思いは届くことなく、グレースが虫けらを見るような目で見下ろしてきた。
「必要ないわ。メイソン様に報告すれば、レイノルドの耳にも入るじゃないの。冗談じゃないわ! レイノルドってば、この小娘に惑わされておかしくなっているんだから!」
「は……はい?」
「レイノルドは、私が大切に育てた魔術師なのよ!? 気高く優しく、強くて美しい、絶対怒ったりしない男だったのよ!! それがこの小娘のせいで、変わってしまったんだわ……! そんなの許せない!」
「………………」
女の嫉妬は怖い。
レイノルド様の婚約者になってから、幾度となく痛感した。まさかこんな場面でも、それに苦しめられることになろうとは……。
「レイノルドは、真偽に関わらず小娘を解放するよう迫るに違いないわ。そうなる前に、この小娘も危険思想者の仲間で間違いないと、ハンナに吐かせるのよ!」
「わ……わかりました……」
グレースが私の目の前まで歩み寄り、腰を折って視線を合わせた。
笑みを浮かべながら、私の左耳へ手を伸ばす。
「あなたには、もうこれは必要ないわね。魔力量だけは馬鹿みたいに多いと聞いているし、念のため預かっておくわ」
「あ……!」
ピアスをとられた。
そう気付いたけれど、縛られた手のままでは為す術もない。
やられっぱなしで、いい加減に黙っているのも嫌になった。被害者面は性にあわないようだ。
「塔のトップともあろう方が、証拠なくこんな横暴な真似をしてよろしいのですか? 後に問題になるのでは?」
「あら。証拠ならつくるから大丈夫よ」
「まぁ、なんてことを……! 白星塔が腐敗していたなんて、メイソン先生が知ったらどうなるか……。その覚悟はおありなのですね?」
「口の減らないガキね。レイノルドの前では大人しいふりして、やっぱりとんでもない性悪じゃないの。こんな女にレイノルドが騙されたなんて、忌々しいわね! それならこっちも容赦しないわ」
服のスカートの裾を、ヒールで踏みつけられる。
スカートで良かった、と変なところで安心した。足を踏まれたら痛かっただろうし。
「明日には確固たる証拠を準備して、犯罪者としてこのマリアナージュから追放してあげるわよ!」
そう言うと、グレースは勢いよく扉を閉めて、部屋から出て行った。




