遠い昔の夢をみる
聖女が魔術を使えるようになった。
それを祝福するため、白星塔で夕食会を開くとグレースが提案した。
教室で聖女の魔術を目の当たりにした皆も招待する、と。
けれども私は、丁重にお断りした。
なんだかどうしても、お祝い気分にはなれなかったのだ。
レイノルド様と過ごせるはずの時間を、自ら放棄するのは残念ではあったけれど、色々なことが頭の中を渦巻いて、とても笑顔で食事を楽しめるとも思えなかった。
どちらにしろレイノルド様も、あの後ずっとやたら不機嫌だったし。普段温厚で穏やかな方だけに、怖いったらない。
その晩は、『災厄』のことを思いながら眠りについた。
遥か昔に魔力暴発を起こしてしまった、美しい魔術師。
そうして泥のように眠ると、深い夢の中に入っていった。
◇◇◇
それは、遠い遠いいつかの夢。
「私」が「彼」と出逢ったのは、6歳の時。
たまたま城内を歩いていて、目に入ったのだ。
「彼」を一目見て気に入った。
白い肌に白い髪。城内のどの彫刻よりも美しい顔立ち。そして何より、宝石のように輝く金色の瞳────。
「お父様。ソレを私にください」
新しいドレスを強請るように、そう言った。
大陸一の国土と国力を誇るティンブルク帝国の唯一の皇女である「私」。その望みは叶って当然なのだという傲慢な考えのもとの発言だったが、皇帝である父は、容易くそれを受け入れた。
「彼」は子どもながら多大な魔力を持ち、奴隷として高値で取り引きされていたのを、帝国によって買い取られたということは後から知った。
魔術師兵として利用するつもりだったらしい。その頃、ティンブルク帝国とその周辺国の間は諍いが絶えなかった。
「彼」は私の所有物となった。
私よりも幾つか歳が上だと思われる、美しい少年の形をした玩具。
二度目に「彼」を見た時には、その首元に奴隷紋が刻まれていた。
主──即ちティンブルク帝族に逆らえない、契約魔術だ。その大きすぎる魔力が、帝国の害とならないように。
「お前、名は?」
「彼」に問うと、黙って首を横に振った。
名前がないのかもしれない。
そう思ったら、とてもわくわくした。愛玩動物に名を与えるのは主人の務めであり、好みの名をつけそれを呼ぶ行為は、とても楽しい。
「彼」はあまり喋らなかった。
初めは口がきけないのかと思ったけど、そういう訳ではないようだ。
返事が返ってこないのは少しつまらないけれど、見目の良い少年を眺めているだけでも満足だった。
だからいつもそばに置いていた。
皇女として一通り学ぶべきことがあったので、「彼 」を隣に座らせ、同じように覚えさせた。
食事もいつも一人きりだったので、「彼」を向かいに座らせ、同じものを用意するよう指示して食べさせた。
パーティーがあれば、「彼」を着飾りエスコートさせ、見せびらかした。
皇帝である父、皇妃である母、五人の兄たち。家族は沢山いるはずなのに、いつも一人きりだった。
何もかも手に入れることが出来る私は、唯一つ愛情に飢えていた。
「彼」はいつしか私にとって、特別な存在となっていた。本物の家族のかわりのように。
「彼」もまた、愛に飢えていたのだろう。
私たちが強い絆で結ばれるのも、自然な流れだったと思う。
「姫君」
「……!!」
「彼」が初めて私をそう呼んだのは、二年も経ってからだ。
その声があまりに美しくて、何度も聞きたくて、繰り返し呼ぶようにせがみ続け、またしばらく口を開いてくれなくなった。
ちゃんとした会話が成り立つようになったのは、三年後。
初めて笑顔を見せてくれたのは、五年も経ってからだ。
「奴隷の自分を一人の人間として扱ってくださる貴方には、感謝しております。姫君」
ちっとも懐かなかった愛玩動物が、何年もかけてそんなしおらしい言葉を紡いだ時には、愛おしすぎてどうにかなりそうだった。
「彼」は私だけのもの。一生大事にする。
──そう心に誓った。
16歳になってすぐ、珍しく皇帝陛下に呼ばれて訪ねてみれば、
「お前の輿入れが決まった」
と、全く感情のこもっていない声で言われた。
もちろん皇女という立場上、政略結婚は想定内だったが、余りにもあっさりとした突然の宣言だった。
「私、もうすぐ結婚するのよ。シャパル王国の王の、三番目の妃ですって」
「彼」にそう告げれば、顔を歪めて、なんだか泣きそうな表情になった。
「では……このティンブルク帝国を、離れられるのですね」
「当然ではないの。嫁ぐのだから」
「…………そうですね…………」
俯いて悲愴感たっぷりの雰囲気を醸し出している。
尋常ではない落ち込みっぷりに、聞かずにはいられなかった。
「ねぇ。お前はまさか、この私との結婚を望んでいたのではないでしょうね」
「滅相もございません! そんな大それたことを、私の身分で考えるはずもありません」
「それくらいの認識はあったのね。では何故そんなに辛気臭い顔をしてるのよ。祝福の言葉くらい、かけてくれたっていいでしょう」
「お……お祝い……申し上げ…………」
「もう結構よ。下がりなさい」
私とて、望んだ結婚ではない。
可愛い愛玩動物にまで祝ってもらえず、挙句に沈痛な面持ちを向けられていれば、益々結婚に対して鬱々としてくるというものだ。
「申し訳ありません、姫君。弁解の機会をいただきたく存じます」
「許すわ」
「姫君のお傍でお仕えすることこそが、私の何よりの幸福でございます。それがもう叶わぬというのなら、この命はもう必要のないものでございます」
「……………………愚か者」
殺せと言いたいのか。
確かに「彼」は私の、私だけのものではあるが、些か愛が重い。その上、何もわかっていない。
私は跪く「彼」を見下ろし、冷たい声で告げた。
「私がお前を手放すはずがないでしょう。どこまでも付いて来るのよ。一生私に仕えなさい」
「彼」は目を剥いて、そして泣きそうになりながらも、幸せで堪らないというような笑みを浮かべた。




