『災厄』の秘密
「『災厄』の秘密について、教えていただけませんか?」
第二庭園のベンチに座るなり私がそう切り出すと、テオドール様は一瞬で白けた顔になった。
「せっかく君から誘ってくれたというのに……。俺はもっと楽しい話がしたいよ」
「テオドール様は王族ですから、当然ご存知ですよね?」
「だからってそれ、俺に聞かなきゃいけない話?」
「他に教えてくださる方がいませんので」
メイソン先生にもレイノルド様にも、『災厄』の秘密については忘れるように言われてしまった。聞いたところで、答えてはくれないだろう。
「もし他の誰かに聞いて教えてくれなかったんだとしたら、それは優しさだと思うなぁ。知っていいことなんて、ひとつもないよ」
「…………そうかもしれません」
かといって、ここで引き下がっては、何のためにルカにあんな顔をさせてまで、この人と二人きりになったのかわからない。
『災厄』について、知るべきでないのかもしれない、というのも何度も考えたことだ。
何も知らず、ただ聖女に役割を押し付けて我関せずでいれば、きっと楽だろう。けれども特別な力を持つ聖女に嫉妬しておきながら、彼女の義務や抱えることになる重荷から目を逸らしたままでいるなんて、私はそんな自分を恥ずかしく思う。
無知は罪であり、恥だ。
得られるはずだった情報を見過ごし、知らなかったから関係ない、なんて言いたくない。
イルヴァーナ伯爵家で起こっていたことに、何も気付けなかった私は、二度と同じことを繰り返したくはない。
「実は、教会の中に人が居るのを見てしまいました。『災厄』と無関係でないことはわかっています」
「わぁ……。凄いものを見ちゃったね、君は」
「『災厄』の秘密は、簡単に人に話せるようなものではないことは、重々承知しています。でも……」
知りたい。
何の根拠もないけれど、私は知っておくべきだと、そんな気がしている。
一目見ただけのあの男性の姿が、頭から離れない。
確かに私は彼を知っている、と思ったのだ。
その遠い記憶の断片を、どうにかして繋ぎ止めたい。
「お願いします、テオドール様」
「いいよ。君に頼られるのは悪くない」
「……いいんですか……」
あっさり了承を得られて、逆に拍子抜けした。
自分で頼んでおいてどうかと思うが、それはもう高貴な身分の方しか知るはずのない秘密なのである。簡単に口外していいはずがない。
「だって、見ちゃったんだろ? 『災厄』の正体」
「……正体?」
「君が見たのは、『災厄』そのものだ」
いつもの笑みを消してテオドール様が告げたのは、とんでもない事実だった。
「およそ150年前に、魔術師が起こした魔力暴発。それこそが、『災厄』の正体だ」
────魔力暴発。
あの男性こそが『災厄』であり、それはもとは、私たちと同じ魔術師だった……?
「『災厄』は、人が起こしたものだったんですか」
「まるで避けられない天災のように思われているが、実際はそうだ。莫大な魔力量を持つ魔術師の暴走が、ひとつの国を滅ぼす結果となった」
この大陸に過去には四つの国があったことは、歴史で学ぶ基礎的な知識だ。中でも最も栄えていた国は、ティンブルク帝国という。およそ150年前、戦によってシャパル王国に攻め込まれ、滅びたと伝えられている。
「それは……ティンブルク帝国が滅びたのは、戦争のためではなかったということですか?」
「いや、実際にその頃は戦が絶えなかった。その末に、魔力暴発が起きたんだよ。人が何人も死ぬんだから、そういうことも度々あったそうだ。今と違って、魔石のピアスなんてものもなかったしな。そういう時は他の魔術師によってすぐに始末されるか、力尽きるまで戦争に利用される。ただ『災厄』となってしまった魔術師は、稀な光属性を含む全属性が使えた上に、魔力量が桁違いだった」
「国を滅ぼしても尽きない魔力で暴発し続けるその魔術師を、結界に閉じ込めざるを得なかった……?」
「そうだな。しかも光属性は、他の属性魔術を無効化する。同じ光属性魔術による結界しか、効果がなかったということだ」
────それこそが、聖女のはじまり。
マリアナージュの結界がそうであるように、光属性魔術による結界も、同じく経年劣化するのだろう。
だから定期的に結界を張り直せるよう、多大な光属性の魔力を持つ魔術師が求められた……。
「しかし国がひとつなくなったからね、その後魔術師は危険だという思想が蔓延って、魔術師狩りなんてものが起こった。『災厄』の結界が永久的ではないとわかり、それもしばらくして収まったんだけど、魔術師はその数をかなり減らしたんだ」
「……魔術師狩り……」
アルロとルカの課題テーマだ。
まさか、『災厄』が関わっていたなんて思いもしなかった。
残虐な話だけれど、大きすぎる力は、それを持たざる者にとって恐怖の対象でしかない。
国を滅ぼすに至る程の魔力暴発を目の当たりにしては、魔術師そのものが厭忌されるようになっても仕方がなかったのかもしれない。
「二度と魔術による戦争が起こらないよう、残った三国で平和同盟を結び、『災厄』を閉じ込めた場所を、魔術師のための学園都市・マリアナージュとした。どの国も魔術師の力を独占することのないように、また魔術師の教育管理という目的も兼ねて。『災厄』の結界を維持するために、魔術師は必要不可欠だからね」
「それではまるで……魔術師を利用しておきながら、マリアナージュに閉じ込めているようです」
「実際そうなんだろ。魔術師は憧れられながらも、その力はマリアナージュでしか使うことは許されないんだから」
確かにそうだ。
魔術師として生きると決めたならば、自国との繋がりはどうしても希薄になる。
「それでも王族は、魔術師の血を濃くしたがる。何故なら万一『災厄』が再び起こった時、対抗する術は魔術しかないからだ。高位貴族は、それに倣って同じように魔術師と縁を結びたがる。本当に純粋に、魔術師は憧れの対象かな?」
「……魔術師が尊敬されているのは、紛れもない事実です。魔術師にしかなし得ないことが沢山あるのですから」
「うーん……魔術の恐ろしさを知らなければ、そうかもな。本当のことを知れば、すぐに手の平を返すよ」
「そんなことは……」
ない、と言い切れるだろうか。
「あるかもしれないからこそ、元魔術師の存在は秘匿され、得体の知れない『災厄』という名が残ったんだ。現在は一部の人間しか知らない秘密だよ」
「……そ……そうですか。話してくださって、ありがとうございます」
『災厄』の秘密どころか、マリアナージュの秘密まで知ることになった……。
ただの平民でしかない私が、絶対に知るはずのない事実。後戻り出来ない、嫌な感覚がした。
自分で聞いたというのに……。
──いや、待って。
マリアナージュの秘密についてなんて、聞いた覚えはない。
テオドール様は、もういつもの軽薄な笑みを浮かべている。
「大変だな。秘密を全て話してしまった。君はもう、王族にでも嫁ぐしかないんじゃないか?」
「えっ」
「君に大きな貸しが出来たよ。どうやって返してもらおうかな? 楽しみだ」
テオドール様が無邪気に笑っている。
しまった。聞く相手を間違えた。
面倒な相手に、とんでもなく大きな借りをつくってしまった……!!
テオドール様にまたも気安く手を伸ばされ、身構える。
────けれど。
私とテオドール様との間に、突如現れた氷の壁が、それを阻んだ。
指先が氷に触れたテオドール様と私は、共に驚いて顔を見合わせる。
こんなことは有り得ない。絶対に魔術が絡んでいる。
そして……。
水魔術を使って、それを凍らせてしまうお方なんて、私の知る限り一人しか居ない。
「レイノルド様!」
庭園を入ってすぐの場所に、予想通りのお方の姿を確認した。
後ろには、ルカも居る。
色んなショックで深く考えていなかったが、私は昨日襲われた直後なのだ。いくら付いてくるなと言ったところで、ルカがはいそうですかと放っておいてくれるはずもなかった。
しかしまさか、レイノルド様まで……。
「テオドール。私のリアに、気安く触れるのはやめてくれるかな」
「おかしいな。婚約は解消されたのでは?」
「形式上は、一時的にね」
不愉快そうに美しい顔を歪ませるレイノルド様に対して、楽しそうなテオドール様。テオドール様のメンタル、強靭すぎないか。
黙って見守っていたら、不意にレイノルド様と目が合った。
顔が怖い!めちゃくちゃ怒っていらっしゃる……!!
「……ねぇリア。君が喜ぶと思って聖女の相手を引き受けたんだけど、君は何をしてるのかな?」
「もっ……申し訳……ありません」
自然と謝罪が口をついて出た。
ちょっとお話していた、それだけなのに……。




