聖女の奇跡2
温かい光だ。
教室いっぱいに広がった光が、全てを包み込んできらきらと輝く。
決して眩しいものではないのに、その奇跡の光景に目を細めた。
光の真ん中で、レイノルド様とエリーが手を繋いでいる。
一度も成功したことのなかったエリーの魔術。
こんなにも温かくて、優しくて、涙が溢れそうになる。
初めて見る聖女の魔術は、胸が痛い程に美しかった。
やがて光が消えると、真っ先に口を開いたのはグレースだった。
「凄いわ!! 今まで生きてて、こんなにも綺麗な魔術を見たのは初めてよ! 魔力量も多いし、やれば出来るじゃないの! さすが聖女ね」
「あ……ありがとうございます。レイノルド様のお陰です」
「エリーの力だよ。凄いね」
レイノルド様とエリーは、繋いでいた手はようやく離したものの、親密な空気はそのままに笑い合っている。
「あ……あああっっ!!!」
突然大声を出したのは、リロイだ。
出会って間もないが、常に無表情で、感情的になっている様子を見たことがないので驚いた。
そんなリロイが、三角巾を乱暴に外し、腕をぶんぶんと振って見せる。
「見てください! 腕! 折れていたのに、治ってます!!」
大興奮である。
それを聞いたアルロやシリルも、口々にエリーを褒め讃えた。
「本当に、怪我が治せるんだ……! エリー、凄いね……!」
「素晴らしいな! 魔術が使えるようになって良かったな、エリー」
そんなお祝いムード漂う中、重大なことに思い至った私は、ルカの前に膝をついた。
「うわっ!? 何、お嬢!? やめろ!!」
私の奇行にぎょっとするルカを無視して、彼の制服のズボンを勢い良くたくし上げる。
冷静に考えたらとんでもなくみっともない振る舞いではあるが、それどころではなかった。
「…………!!」
ルカの足には、傷ひとつない。
とても綺麗だった。
「ねえルカ……!」
「うわ、治ってる……。まじか」
呟いたルカが、私の手を引いて立たせてくれる。
「ルカ、良かったわね! 本当に……」
私のために怪我をしたルカ。それが綺麗に治って、心から嬉しい。
でも……。
それと同時に、胸の奥がちくりと痛い。
…………私は、何を考えているんだろう。
どす黒い嫉妬が、胸の中に広がっていく。
私がどんなに足掻いても、手の届かない力。いとも簡単にルカの傷を治してみせた。
エリーにしか叶えられない奇跡を起こす力を、彼女はとうとう手に入れた。
──レイノルド様の手をとって。
きっと今私は、酷く醜い顔をしている。
「あの二人、まるでおとぎ話みたいだな」
いつの間にか、隣にテオドール様が立っていた。
「…………そうですね」
「これが真実の愛の力ってやつか。この目で見られて嬉しいな」
何も答えない私を見て、テオドール様が小さく笑った。
「レイノルド様はやめておいた方がいいよ。君の言う、皆に真摯に向き合うというあの方は、裏を返せば誰にでもいい顔をして、気を持たせるということだ。君を好きだと言ったその口で、他の女性を平気で褒め称える。俺はそんなことをしないと君に誓うよ、アメリア」
────違う。
レイノルド様は、テオドール様が言うようなお方ではない。
いつだって私のことを、婚約者として気遣ってくれていたのだ。
そう言いたいのに、言葉が出なかった。
そこへ、グレースとリロイが興奮気味に話し込んでいるのが聞こえてきた。
「あとは結界を張れるようになるだけね!」
「この調子だと、案外早いかもしれません」
「レイノルドがついていれば、すぐよ! ねえレイノルド、せめて聖女が結界を張れるまでは、マリアナージュへ残ってはどう?」
────聖女の結界。
そう、それこそが一番の目的だった。
恐るべき『災厄』を、止めるために。
けれど…………。
私が教会で見たあの男性は──?
結界とも『災厄』とも、無関係なはずがない。
もしも聖女が結界を張り直せば、あの石の中の男性は、どうなってしまうのだろう?
何故だか、焦燥感に駆られた。
このまま見過ごしてはいけない、何かがある。
「…………テオドール様」
「何?」
「少し……付き合っていただけませんか?」
躊躇いながらもそう告げると、テオドール様は満面に笑みを湛えた。
「もちろん。君が望むなら」
エリーを中心に盛り上がっている教室を、テオドール様を伴いそっと出る。
皆エリーに夢中で、私たちが居なくなったことに気付きはしない。
そう思ったけれど────。
「お嬢。どこ行く気?」
優秀な護衛の目は誤魔化せない。
「すぐ戻るわ」
「オレも一緒に行く」
当然、そう言うと思っていた。でも……。
「お断りよ。あなたは来ないでちょうだい。テオドール様と、二人きりで話したいことがあるのよ」
「なんで二人きりになる必要があるわけ?」
「あなたに聞かれたくない話だということよ。それくらい察しなければ、護衛として失格よ」
ルカが驚いて足を止めた。
ルカに対して、こんなにもきつい物言いで拒絶
したのは初めてだ。まして、護衛として失格なんて思ってもいないし、絶対に口にすることはなかった。
テオドール様が私の肩に腕をまわす。
「アメリアは借りて行くよ。飼い犬はご主人様の言うことを聞いて、お利口にして待ってなさい」
ルカはじっと私の顔を見ている。
その傷付いたような瞳が堪らなくて、背を向けた。
そのまま歩き出しても、追ってくる気配はない。
体を寄せて歩くテオドール様が、くすくすと笑った。
「いつもそれ位厳しく躾をすればいいんじゃないか? そうすればあの犬も、もっと君の言うことを聞くようになるよ」
「テオドール様。ルカの飼い主は私ではありません。レイノルド様です」
タイミングを失い、訂正出来ずにいた誤解を解いてあげると、面食らったような顔をされた。
「……もしかして、王家の犬ってやつか」
「その通りです」
「じゃあ君は、マリアナージュに居ながらも、ずっとレイノルド様に見張られていたということだ。それは燃えるように熱い愛の形か、それとも醜く汚れた執着の表れかな」
含みのある笑みを浮かべ、こちらを覗き込むテオドール様の言葉に、狂気的なものを感じて背筋が寒くなった。
この人と二人きりになることに一抹の不安を覚えるが、もう遅い。
私たちは、人気のない第二庭園へと足を踏み入れた。




