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その求婚は謹んでお断りします、王太子殿下  作者: 玖珠ゆら


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聖女の奇跡


 食堂へと入って来たテオドール様が、自然な動きで私の隣に腰を下ろした。


「テオドール。今、授業中だよね?」


 レイノルド様の言葉に、テオドール様は大袈裟に肩をすくめてみせる。


「それが、今朝から学園内は、レイノルド様を見たという噂で持ちきりなんだ。こんな所でのんびりしてたら、休み時間になればすぐに見付かって大騒ぎになってしまう。俺は忠告しに来たんですよ、レイノルド様」

「そう。ありがとう」

「それにしても驚いたな。本当にレイノルド様がマリアナージュに居るなんてね。滞在の予定は、いつまでですか?」

「明日にはゾイド王国で別れた騎士たちが、マリアナージュを迂回してシャパルの国境を越えるだろうから、すぐに合流して王城に戻る予定だよ」


「……明日……」


 レイノルド様がいつまでもここに居られないことくらい、わかっていた。それでも明確に期限を告げられると、なんだか少し残念な気持ちになる。


「じゃあ、レイノルド。帰るまでは赤星塔に居てください。学園で騒ぎになっては大変ですから」

「ありがとう、リロイ。リアはどうする? 一緒に来る?」

「いえ! 私はこれから、授業に出ます」


 学生の身分で赤星塔に足を踏み入れるなんて、恐れ多い。

 

 それにシリルとは、昨夜図書館前で別れたっきりだ。

 彼には随分と迷惑をかけてしまった……。借りが時間経過と共に膨らみ続ける前に、せめて早く会って感謝と謝罪をしておきたい。


 そう思っての発言だったのだけれど……。

 レイノルド様の顔が曇った。


「離れ難いと思っているのは、私だけかな?」

「えっ……」

「私は、出来る限り大好きなリアと一緒に居たいんだけど、君はどう?」



 卒業パーティーのあの夜、レイノルド様はもう我慢はしないと仰った。

 それて私もまた、変なすれ違いなど二度としないよう、正直な気持ちを伝えていきたいと思っている。

 でも……。


 右隣のルカが真顔でこちらを見ている。斜め前には、口を開けたままレイノルド様をじっと見ているリロイ。そして左隣りには、興味深そうに含みのある笑みを浮かべたテオドール様──。


 これはある種の拷問では…………?



「ええと…………わた、しも、です、けど……」


 言いながら、顔が熱を持つ。絶対に真っ赤になっている……!!

 こういうことには慣れていないのだ。婚約期間の10年間で得た対人関係のスキルは、嫌味の応酬だけだ。

 もう許して欲しい。

 

 そんな私を見て、レイノルド様は満足そうに微笑んだ。



「ねえ、リア。一緒にシャパルに帰る気はない?」

「はい?」


 次から次へと、レイノルド様の口からは全く予想出来ない言葉が飛び出してくる。



「今回のことで、ここも安全ではないということが良くわかった。とても君を置いて帰る気にはなれないよ」

「まぁ! それではレイノルド様とのお約束を果たせません。私は、必ず魔術学園を卒業してみせます」

「……そうだよね。そう言うよね、リアは。帰らざるを得なくするしかないか……」


 レイノルド様が息をついた。

 なんか後半、不穏なことを言ってた気がしますが……。




「それならレイノルド様。安心してアメリアを置いて帰れるように、マリアナージュの安全確保に協力していただけませんか?」


 へらりとテオドール様が笑う。

 皆が彼に注目する中、彼が提案したのは、とてもまともな話ではなかった。


「エリーに会ってくれません? 彼女、レイノルド様に懸想しているようなので、そんな相手に優しく魔術の使い方を教われば、愛の力で習得出来るかもしれないな」


  

「…………本気で言ってる?」

「俺は大真面目ですよ。是非見てみたいなぁ。真実の愛の具現化を」 



 レイノルド様ばかりでなく、リロイやルカも、完全に呆れ返った顔をしている。

 

 確かに馬鹿馬鹿しい話かもしれない。

 ────が、私はこの身をもって、魔術の指導とは、教師の質が如何に重要かを理解している……!!



「レイノルド様! 私からもお願いします! エリーに魔術を教えてください!」


 エリーの問題は、魔術使用への恐怖心だ。

 メイソン先生はとても素晴らしい教師役であったが、どうもエリーとは合わなかったようだ。

 しかし優しいレイノルド様ならば、彼女の気持ちもほぐれ、魔術使用も成功するかもしれない。何しろ、あのメイソン先生も認める魔術師である。


 散々エリーが授業で魔術使用に失敗し、苦しんでいるところを見てきた。

 聖女としての役割を抜きにしても、彼女には早く魔術を使えるようになり、自信を取り戻して欲しい。

 

「リアまでどうしたの?」

「レイノルド様程の適任は居ないと思います。是非そのお力をお貸しください!」

「……まぁいいけど。期待に添えるかはわからないよ?」


 

 そうして、レイノルド様によるエリーへの魔術指導が決まった。



 

  ◇◇◇



 結局授業を受けることにした私は、教室に入るなりシリルからの罵声を浴びる羽目になった。

 完全に私が悪いので一方的に言わせておいたら、それが面白くなかったのか、すぐに黙ったけれど。

 言い返される方が生き生きとするなんて、シリルはとんだ被虐趣味の持ち主である。


 こっそりアルロが、 

「シリル様、さっきまでアメリアのこと、すごく心配してたよ」 

と教えてくれたが、何かの間違いだろう。


 何しろエリーに、大事な用があるから放課後残って欲しい、と声をかけたら、

「貴様エリーをどうするつもりだ!? 人目を避けて虐めるなど、この俺が許さないからな!!」

と再び怒鳴りつけてきたのだ。酷い言いがかりだ。

 

 エリーに居残りをお願いしたのは、レイノルド様に頼まれたからなのに……。 

 初めは魔術指導のため、エリーを赤星塔に呼び出そうとリロイが提案した。しかしそんな場所では、緊張も相まって上手くいかないだろうと、慣れた教室で行うこととなったのだ。


 他のクラスメイトも居る前で、詳しく説明する訳にもいかず……。



 放課後の教室には、私とルカとエリーの他に、妙な正義感を振りかざしたシリルが残った。更には、そんな私たちの様子を心配したアルロも居たりする。

 シリルのせいで、教室は変な空気感となっている。


 

 そこへレイノルド様は現れた。

 リロイとグレース、テオドール様まで引き連れて。


 濃すぎる顔触れだ。あと、美男美女が過ぎる。目がちかちかする。

 瞬きする私を、レイノルド様の後ろからグレースが物凄い形相で睨んできたので、目を逸らした。


 学園の教室に、王子様二人と塔のトップ二人が揃い踏み────。

 異常としか言いようがない。


 シリルはレイノルド様を、幽霊でも見たかのような顔で見ている。……不敬……!

 けれどすぐにグレースとリロイのバッジに気付き、アルロと共に、可哀想な程狼狽え始めた。これで二人が塔のトップだと知れば、卒倒しそうだ。

 

 エリーもまた、動揺して魔術どころではなくなるのでは────。



「レイノルド様!」


 そんな心配は無用だった。


 エリーの目には、レイノルド様の姿しか映って

いないようだ。顔を赤らめ、満面の笑みを浮かべている。


「久しぶりだね、エリー」

「はい! お城では、お世話になりました」

 

 レイノルド様とエリーの間に流れるのは、やたら微笑ましい空気感だ。


「レイノルド様と、まさかマリアナージュで会えるなんて思ってませんでした」

「エリーの学園での様子は、学園長先生から聞いたよ。頑張っているんだってね」

「いえ……。私、……魔術が使えなくて。ごめんなさい、聖女なのに……」

「謝ることはない。エリーなら、すぐに出来るようになるよ。試してみる?」


 レイノルド様が、にっこりと微笑む。

 恐ろしく自然に魔術指導へ持っていった……!!


 

 ここに居るのは、よく知るいつものレイノルド様だ。誰にでも優しい。

 

 ……それなのに、何故私は不安になっているんだろう。

 相手がエリーだというだけで、落ち着かない。


 私は一体、どうしてしまったんだろう。

 

 


 レイノルド様がエリーの手を取る。その手を重ねたままに、エリーの耳元のピアスに触れた。


「目を閉じて。何か感じる?」

「…………うーん……。温かい……? です」

「それが君の魔力だよ。目を開けて」

「はい」


 

 レイノルド様とエリーが、手を繋いだまま見詰め合っている……。その絵になることといったらない。

 なんだろう、胃がムカムカする……。


 気付いたらルカの制服の裾を全力で握りしめ、皺だらけにしてしまっていた。


 

「「ルース」」


 レイノルド様とエリーの声が重なった。



 

 ────その瞬間、教室中に光が満ちた。

 

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