緊急会合3
『災厄』に関わる秘密を目撃してしまった────なんて、とても忘れられるものではない。
けれども、眼前にはレイノルド様のご尊顔。唇が触れそうな程近くに顔を寄せられ、その美貌と色気の暴力に、強制的に思考を停止させられた。
何も言えなくなった私の手を引き、共に立ち上がる。
「もういいかな? いい加減、お腹も空いてきたしね」
「待ってください、レイノルド!」
慌てて声を上げたのはリロイだ。
「今マリアナージュが危機的状況だっていうのは、わかってますよね? この際だからはっきり言いますけど、再三魔術による攻撃を受けて、残っている『災厄』の結界も、非常に不安定な状態なんです。こんな時にサミュエル・ポーターが現れたら、どうなるか……」
「私は部外者だからね。シャパル王国王族としても、マリアナージュのことには不可侵でなければならない」
「知ってます! でもレイノルドは、マリアナージュをそのまま放っておけるような人ではないでしょう?」
「私に出来ることは何もないよ。一刻も早く、聖女に結界を張ってもらうのが最善策だ」
リロイが押し黙った。
レイノルド様の言い分はもっともだ。室内には重苦しい沈黙が落ちる。その嫌な空気を、レイノルド様は瞬時に読み取った。
「……何? 聖女はまだ結界を張れないということかな? あれは結構繊細な魔力調整が必要だから、練習量を増やすしかないんじゃないかな」
そんなレベルの話ではない。
メイソン先生が、沈痛な面持ちで口を開いた。
「それ以前にエリーは、まだ魔術を使えない」
「それは、…………困ったね」
さすがのレイノルド様も想定外だったらしく、顎に手を当て考え込んでしまった。
◇◇◇
その後学園の食堂で、私とレイノルド様は向かい合って座り、ようやく遅めの朝食をとることが出来た。
本来この時間は昼食の仕込み中ではあるが、レイノルド様が顔を見せ一言お願いすると、あっという間に立派な食事が準備された。
食堂で働くマダムたちをも虜にしてしまうなんて、やっぱりレイノルド様は恐ろしく罪なお方だ。
完璧な身のこなしで優雅に食事をする王子様を前にしていると、ここがお城の一室のような錯覚を覚えてしまう。
学園でこうして一緒に過ごすなんて、絶対に不可能だと思っていた。
そんなことを考えていたら、なかなか食も進まない。
手を止めたままぼんやりレイノルド様を見詰めていると、彼と真正面から目が合った。
「不思議だよね。リアとマリアナージュで一緒に居られるなんて」
「まぁ……。私も同じことを思っていました」
「考えてみれば、王立学園でも一緒に食事をしたことはなかったね」
王立学園には、レイノルド様専用の個室が用意されていた。
昼食時、彼はいつもそこへ食事を運んでもらい、ディラン様やヒューゴ様など、特に親しいごく限られた友人だけを招いていた。
「何度か君をランチに誘ったけど、断られてばかりだったよね。悲しかったな。一度くらい付き合って欲しかったよ」
「うっ……」
レイノルド様は常に人に囲まれていた。
昼食時は、唯一学園内で気の置けない友人だけと過ごせる、貴重な時間だったはずだ。
それを婚約者としての義務感だか何だか知らないが、私をわざわざ誘って気遣わせては申し訳ない、と遠慮してのことだったが……。
何年付き合いがあろうと、人の気持ちなんて口に出さなければ伝わらない。
もっと早くに確認しておけば、こんなすれ違いも生まれなかったが、今日より早い日はこの先決してやって来ることはない。
それならば、今思っていることを伝えることが、私に出来る精一杯だ。
「レイノルド様。今更ですが……お会い出来て、とても嬉しいです。そして、こうして共に食事が出来ることも」
思い切って伝えると、レイノルド様は僅かに目を見開き、それからうっとりするような笑みを浮かべた。
「私も会えて嬉しい。大好きだよ、リア」
「ひぃ……!」
淑女らしからぬ声が漏れた。
いちいち全てにおいて彼は私を上回ってくる。
そんなに甘い空気を醸し出すのはやめていただきたい。気恥ずかしいったらない。
何しろ現在私たちは、二人きりではないのだ。
隣に座るルカが、真顔でこっちを見ている。
どういう心情なんだかわからないが、本気でやめて欲しい。恥ずかしすぎて死ぬ。
ついでにレイノルド様の隣には、何故かリロイが座っている。彼もまた、まじまじと私とレイノルド様を見比べている。
「レイノルドの大切な人っていうあれ、ガチのやつだったんですね」
「そうだけど、私とリアの時間を邪魔しないでくれる?」
「レイノルド、豹変しすぎじゃないですか? グレースさんも、大分ショック受けてましたよね。レイノルドを溺愛してましたから」
「何故? 大事な婚約者が居るって、ちゃんと伝えてあったはずだよ」
「キミの婚約者は形だけのものだと、女性たちは皆思い込んでましたよ。レイノルドが誰か一人を特別扱いするなんて、想像出来ませんから。グレースさんなんて特に、レイノルドは自分が大事に育てたって常々言ってましたからね。悪い女に引っかかって人が変わってしまったら、その女をこの手で消してやる……だそうです」
「やっば」
思わずといった様子で呟いたのは、ルカである。
グレースの怒りは、明らかに私に向けられていた。
可愛がっていた弟子が悪女に唆されて豹変すれば、腹が立つのも理解出来る……が、全く身に覚えがない。今回ばかりは余計な口を挟まず、大人しく座っていただけだ。
それなのに塔のトップに目をつけられただなんて、頭が痛くなってきた……。
私の平穏な学園生活はどこだろう。
そこへ、呑気な声が響く。
「やぁ、レイノルド様。お久しぶりだね」
例の軽薄な笑顔を顔に貼り付けた、テオドール様だった。




