夢うつつ
遠い遠い昔の夢をみた。
「私」は、確かに幸せだった。
「彼」が居たから。
だから、そんな顔をしないで欲しい。
一緒に死ぬなんて言わないで欲しい。
「私」は、「彼」には生きて欲しい。
「私」の巻き添えになんてならずに、自分の人生を生きて────。
「彼」の瞳から涙が零れた。
その輝く金の瞳には、沢山の希望を灯して、明るい未来を映して欲しい。
だからもう泣かないで、ここから逃げて────。
◇◇◇
目を開けて最初に飛び込んできたのは、綺麗な空色の瞳だった。
「リア。良かった、目が覚めて」
その瞳を細めて、安心したようにレイノルド様が微笑んだ。
……………………レイノルド様!!?
「……っレイ様っっ!!!」
慌てて半身を起こしたものの、酷い目眩がして、しばらく目を閉じたまま動けなくなった。
「……リア。大丈夫?」
「……っはい…………」
ようやく目眩が治まり目を開ける。
そこに居たのは、やっぱりレイノルド様だった。私が横になっていたベッドのそばの椅子に座り、心配そうにこちらを覗き込んでいる。そんな表情も相変わらず美しい。小さなランプがひとつ灯されただけの薄暗い室内でも、その美貌は一目瞭然だった。
ここは学園の医務室だと思われる。
例のシリルとの一件の後、土まみれだったこともあり、怪我の確認の為に一度だけ訪れたことがあった。
しかし、何故……。
「どうしてレイ様がここにいらっしゃるのですか?」
ここはマリアナージュだ。
いくらレイノルド様といえど、卒業した今になって入れるはずがない。
レイノルド様は、何でもないことのように首を傾げた。
「実はゾイド王国に滞在していたんだけど、少しマリアナージュのことが気になってね。ここにはリアが居るし、シャパルに帰るにしても、マリアナージュを通った方が早いから寄ってみたんだ」
「ええと……そうではなく」
「そうは言っても、夜になってしまって、すぐにリアに会えるとは思っていなかったんだけど。気になっていた教会に寄ってみたら、随分危ない目に遭っていたから驚いたよ。寄り道して良かった」
そう言ってにっこりと微笑んだレイノルド様は、やっぱり惚れ惚れする程美しい。再会する度に、笑顔の破壊力が増している気がする……。
「レイ様……。助けてくださって、ありがとうございます」
あの時レイノルド様が来てくれなければ、間違いなく火だるまになっていただろう。
はっきりと攻撃の意思を込めた魔術を向けられ、本当に恐ろしかった。
お礼を言ったら、記憶と共にその恐怖心まで蘇ってきてしまい、背筋が冷える思いがした。
「どういたしまして。もう少し休んだらどう? 夜明けまで、まだ時間があるよ。疲れただろうし、この部屋には誰も入らないようにしてあるから、ゆっくりするといい」
顔を強ばらせた私を気遣ってくれたのだろう。
けれどこの状況でゆっくり休める気もしない。
「でも、レイノルド様は?」
「そうだな……。隣のベッドで眠ろうかな?」
「だっ……駄目です! レイ様ともあろうお方が、こんな固いベッドで眠るなんて! 何より二人きりで朝を迎えては、レイ様の醜聞になります!」
「面白いこと気にするんだね、リアは」
レイノルド様は可笑しそうに笑っている。が、ちっとも面白くない。まともなことしか言っていないはずだ。
「私のことは気にせず、横になって。顔色が良くない。さっきもうなされていたよ? 怖い夢でもみた?」
「いえ、レイ様……」
「ほら。手を握っていてあげるから」
強制的に再びベッドに横にされ、手を繋がれた。
何これ何この状況。
おかしいったらない。
もしかしたら、これも夢かもしれない。
……いや、そうに違いない。だって現実ならば、レイノルド様がここに居るはずがないのだから。
そう思ったら、繋いだ手の温もりが私を安心させた。
もう怖くない、と。
こんなことは以前にもあった。
あれは、両親が馬車の事故で亡くなったその晩だ。あの日もこうして、レイノルド様が手を握っていてくれた……。
一人ぼっちで途方に暮れるしかなくて、世界が真っ暗闇に感じた。そんな中で、レイノルド様の手は温かかった。たったひとつの希望のように、私の胸に優しい光を灯してくれた。
ただ、そばに居てくれただけで。
────夢でも、今日会えて嬉しい。
「レイ様」
確かめるように名を呼ぶ。
「何? 眠れない?」
「……怖かったです」
「うん。もう大丈夫だよ。君を襲ったハンナは、あの後ちゃんと白星塔の責任者に引き渡されたから」
あの女性はハンナという名前なのかしら……?
何故レイノルド様が知っている? やっぱり夢だ。
「近くで倒れていたリロイも、今頃ちゃんと手当を受けているだろうしね」
夢の中のレイノルド様は、赤星塔職員の名前までご存知である。
さすが都合のいい夢。きっと何を聞いても答えてくれる。
「では、シリルは……?」
「シリルとは、エデル伯爵家の? 彼が学園からジェイコブ先生を連れて来てくれたんだよ。お陰で後のことは全て先生方にお任せして、君の介抱に専念出来たよ」
「そうですか……。あ、ルカに会っていませんか? 待たせていたのに、すっかり遅くなってしまって」
「君のことをあちこち探し回っていたようだよ? 図書館に居るはずなのに、閉まっていたから行き先がわからなくなったそうだ」
「まぁ……! 悪いことをしてしまったわ……」
「悪いのはルカだよ。リアのそばを離れたんだから。そのせいで肝心な時に君を守れなかった。ちゃんと叱っておいたからね」
大変だ。
いつも優しいレイノルド様に叱られなんてしたら、ルカがどれ程落ち込むか……。
「レイ様。ルカを叱らないでやってください。あの子は悪くないんです。私が……」
そう言いながらも、強烈な眠気が襲ってきた。
レイノルド様の言った通り、私の体は酷く疲れていた。彼と話していたら、本当にもう大丈夫なんだとわかったし、繋いだ手が殊更気持ちを落ち着かせてくれる。
「もう眠るといいよ。起きたら続きを聞くから」
「でも……」
起きたら、きっともうレイノルド様はここに居ない。
まだ話したいし、顔を見ていたい。
それなのに私の頭の中で、睡魔がぱっくりと口を開けて眠りへと誘う。
抵抗を試みるも、ずるずると飲み込まれていく感覚がする。
「おやすみ、リア」
優しいその声を最後に、私は再び夢の中で眠りについた。




