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その求婚は謹んでお断りします、王太子殿下  作者: 玖珠ゆら


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教会に眠るもの2


 淡く輝く透明な石の中で眠る男性────。

 それは一見すると、芸術品のように美しかった。

 

 ……まさか、教会の中に人が居たなんて……。

 

 信じられないものを目にし、その光景から目が離せない。

 自分でも気が付かないうちに、教会の壁に空いた穴へと近付いていた。



 瞳を閉じたまま動かない男性は、私より少し年上のように見える。見たこともない変わった服を身に纏っている。

 透き通るような白い肌に白い髪。

 

 そして、────金色の目。


 

「……え!?」


 思わず声が出た。

 

 男性の瞳は変わらず閉じたままだ。

 それなのに何故私は、その瞳の色が金だと思ったのだろう。



 ……知っている。

 初めて見るはずのその男性を、私は知っている。


 そう思ったら、酷い目眩がした。

 立っていられなくなり、その場に膝をつく。

 水の溜まった地面に跪き、制服が泥だらけになるけれど、とても立ち上がれそうにない。

 ぐらぐらと視界が揺れて、目が回る。



 倒れ込みそうになるのを必死で堪える私の背後から、魔力放出の呪文が聞こえた。


「ルース!」



 はっとして振り返ると、もう炎が目前に迫っていた。


「……っ!!」

 

 炎を前にして、死を覚悟するのは二度目だ。私は炎に呪われているのかもしれない。


 頭はくらくらするし、今すぐ魔術放出しても、とても間に合わない。


 為す術なく炎に飲まれると思った瞬間、大きな土の壁が地面からむくむくと盛り上がり、炎を遮った。


 

「し……シリル……?」 


 土属性魔術を使うのは、シリルだ。

 戻って来るには早すぎる気がするが……。それに普段彼が放つ魔術は、こんなにも大きなものではなかったはずだ。


 炎から守ってくれた土壁が、役目を終えぼろぼろと崩れ落ち、視界が開けた。



 そこには、二人の人影があった。


 暗闇に目を凝らす。

 一人は、見覚えのある人物だった。昨日この教会で会った、紫髪の赤星塔職員の少年だ。


 もう一人は、知らない女性だった。頭からローブを被っていて顔ははっきり見えないけれど、私より遥かに年上のようだ。胸元に白い星のついたバッジをつけている。魔術研究専門、白星塔職員の証。



 何が何だかわからない私は、治まらない目眩のせいもあり、ぼんやりと二人の姿を見詰めることしか出来ない。


 紫髪の少年は、女性と私を見比べて口を開いた。


「どういうことか、説明してもらえますか?」


 こっちが聞きたい。

 そう思いながらも、半分目が塞がりそうな程気分は悪く、顔を上げているのがやっとだった。


 そんな私とは対照的に、女性は慌てたように紫髪の少年に縋った。


「リロイ様! この女学生が、教会を攻撃したんです! 私は止めようとして反撃を受け、命を守るために仕方なく彼女に魔術を向けました!」


 

 どういうことでしょう。


 つまりは、私に先程火属性の魔術を放ったのが、この女性ということ……?

 そうなると、土属性魔術で守ってくれたのが紫髪の少年なのだろう。


 何故教会を攻撃したのが私だという話にされているのかはわからないけど、それよりも今は目眩で気持ちが悪いが勝る。



 リロイ様、と呼ばれた紫髪の少年は、相変わらず無表情で、はぁ、と小さく溜め息をついた。


「キミが嘘をついているのはわかっています。ボクはメイソン様に留守番を頼まれて、その図書館の二階から見ていましたので」

「み……見ていたんですか!? 何を……」

「キミが教会に向かって魔術を放ち、辺りを火の海にしてしまったところを」

「!!」


 女性が言葉を失う。

 紫髪の少年が、こちらへ向かって来て、女性から私を庇うように間に立った。


「この女生徒はたまたま居合わせて、鎮火に尽力してくれたようですね。キミは、メイソン様が居ない隙を狙って、結界の破壊を試みたんですね? 名誉ある白星塔職員でありながら、危険思想の持ち主だとは……。残念です」


 紫髪の少年に冷たい眼差しを向けられ、女性は我に返ったように声を上げた。

 

「……っ! 私は、どうなるんですか!?」

「ボクは知りませんけど……。魔術を封印されて、マリアナージュ追放、だけで済むといいですね」

「そんな……!」



 女性の表情が絶望に染まる。


 しかしすぐに辺りを見回し始めた。もちろん、誰も居ない。


 私たち三人の他に人は居ないと確認した彼女は、恐ろしい考えに至ったようだった。

 左耳に指先を当て、再び魔術を使用したのだ。


「ルース!!」

 

「うわ! ルース!」



 ほぼ同時に二人が魔力放出し、炎が吹き出した直後に、土の壁が現れる。

 

 紫髪の少年が急いで土壁を作り上げてくれたお陰で、またも炎から守られた。

 しかし彼はぜいぜいと肩で息をしていて、ちっとも余裕がない。


「冗談じゃないんですけど……。ボクは戦闘は専門外なんですから!」


 赤星塔と白星塔。

 どちらも多大な魔力を持ち、優秀な魔術師同士なのだろうが、こういう場面では圧倒的に白星塔職員である女性の方が有利なのだろう。

 


「リロイ様。申し訳ありませんが、邪魔をされては困るんです……!」

「本気で『災厄』を起こす気ですか? キミも無事では済みませんよ」

「全ての魔術師のために、世界を正しい在り方にすることこそが、私たちの務めです!」

「ちょっとボクには何言ってるのかわかりませんね」 

「ルース!」

「うわっ! ルース!」



 二人は会話の合間にも、魔術を使用し、攻撃と防御を繰り返している。


 ぐるぐる目が回るけれど、私も左耳のピアスに指先をもっていく。このまま地面でへばっている場合ではない。

 けれど指先には全く魔力が集まる気配がしない。

 何故こんな時に、私は役立たずなのか……。


 

 その時突然、それまでとは全く違う、風の音がした。


 ごう、と強い風が吹いたかと思うと、それは竜巻となって、木々が燃えた後の灰を空高く舞い上げた。


 大きな竜巻は、私たちの背後から突如こちらへ向かってくる。

 不意打ちを食らい、女性と向かい合って戦っていた紫髪の少年がいとも簡単に吹き飛ばされた。


 女性を避けるようにして、竜巻は私をも巻き込もうと目の前に迫る。

 

 今度こそ誰も庇ってくれる人もおらず、正面から竜巻が突っ込んできた。


「……っ!!」



 言葉にならない悲鳴を上げて、目をぎゅっと閉じる。

 体が宙に浮く感覚を待つけれど、それがなかなか来ない。


 そっと目を開けてみると、私が居る場所だけ、ぽっかりと穴が空いたように静かだ。

 暴風が吹き荒れ、竜巻が私を通り過ぎる。

 その瞬間、耳元でぱりん、と小さな音が聞こえた。


 竜巻はそのまま教会に張られた結界にぶつかり、ばちばちと嫌な音を立てながら消えた。



 奇妙な状況に困惑しながら、音がした耳のまわりに手をやると、指先が髪飾りに触れた。

その途端、繊細な装飾で縁取られていた石がぽろりと落ちてきた。小さな青い石は、真っ二つに割れている。

 レイノルド様に貰った髪飾り。

 もしかして、守ってくれた……?



 


「なんで……! 魔術が効いてないの!?」

 

 ふと見上げると、女性が私をまるで化け物でも見るように、驚愕の表情を浮かべ凝視している。



 先程の竜巻は、この女性を明らかに避けていた。姿は見えなかったけれど、仲間が居たのだ。

 絶体絶命というやつか……。

 紫髪の少年はどこかに吹き飛ばされてしまったし、私の目眩はちっとも治まらない。


 私と目が合った女性は、私よりもよっぽど追い詰められたような眼差しで、耳元を掴んでいた手をこちらへ勢い良く向けた。 


「ルース!!」



 炎が向かってくる。

 何度も魔力放出したためか、さほど威力は強くない。それでも炎に飲まれれば、ただでは済まない。

 わかっていても、体が動かない。


 逃げないと。

 魔術で対抗しないと。


 気持ちはそう急くけれど、瞼が重い。体に力が入らない。


 倒れ込みそうになる私に、炎が迫る。



 

「ルース」



 炎の熱を感じるはずの頬に、ひやりと冷気が触れた。

 なんとか目をこじ開けて見ると、確かに炎だったはずのそれが、氷の塊となって空中で留まっている。


 

 

 ────まさか…………。



 聞き間違えるはずがない。

 その美しい声も、そして────。



「リア」


 誰かが倒れ込む私の体を抱き込んだ。

 もう、目を開けることが出来ない。



 それでも、それがここに居るはずのない彼だということは分かりきっていた。

 私をその愛称で呼ぶ人は、たった一人しかいないのだから───。

 


 その声の主をこの目に映したくて抗おうとするけれど、私はとうとう意識を手放した。

  

 

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