教会に眠るもの
私はうっかりしていた。
昨日のテオドール様の話で改めて認識したが、魔術師の中には、ごく稀に複数の属性魔術を使える者がいるのだ。
思い返してみれば、レイノルド様が正にそれだった。
彼は私に魔術を見せてくれた時、こう言った。
『得意なのは水と風』────と。
つまりレイノルド様は、少なくとも水属性と風属性の魔術を使えるということだ。彼のピアスだって、青とも緑とも見える色だったし。更にその口ぶりから、得意ではないものの、他の属性魔術も使える可能性が高い。
……なんて万能なんだろう。恐ろしい……。
それにしても、こんなにも重要なことに今まで思い至らなかったことが悔やまれる。
非常に可能性は低いかもしれないが、エリー以外に、実は光魔術を使える魔術師は存在していたりしないのだろうか……?
レイノルド様のように、ピアスは得意属性の色になっているとして、実際は光属性も使えたり、なんてことは……。
もしくは、後天的に他の属性魔術を使えるようになった魔術師は、今まで存在しなかったのだろうか?
もちろんどちらにしろ、聖女の魔力には敵わなくとも、傷が少しでも癒せればいい。何しろ私の目的は、ルカの怪我を治すことだ。
このことにもっと早く気付いていれば、メイソン先生にすぐに答えを教えてもらえたはずなのに……!
残念ながら先生不在の現在はそれも叶わず、図書館に収められている大量の魔術書を漁るしかない。
「おいアメリア。いい加減にしたらどうだ」
「えっ?」
顔を上げると、シリルが頬杖をついてこちらを見ていた。
「やっと俺の声が耳に入ったか。貴様、いっそ呆れる程の集中力だな」
「もしかして、待たせていたのかしら」
「ああ。随分前から何度も呼んでたんだがな。そろそろ戻らないと、夕食にありつけない。……いや、もう手遅れかもしれん」
「なんですって!?」
いつの間にそんなに時間が経っていたのだろう。ここはもともと薄暗いので、全く気が付かなかった。
「大変だわ……! ルカが寂しがっているかも!」
慌てて立ち上がり、読みふけって積み上げてしまっていた魔術書を、本棚へ戻していく。
「全く……。何をそんなに必死になって調べていたんだ? 結界のことではないのだろう?」
「うっ……」
バレている。
シリルが盛大な溜め息をついた。
「悪かったわ、シリル。どうしても調べたいことがあって……。課題のためにここへ来たというのに、全く別のことで頭がいっぱいだったわ……」
「ならばはじめからそう言え。付き合わされて迷惑だ。あの犬に貴様を連れ帰ると言った手前、置いて帰る訳にもいかなかったからな」
「……ごめんなさい」
素直に謝ったが、シリルは顰め面のままだ。
「それで、探していた資料は見つかったのか?」
「……いえ。多分……私の期待通りの答えは得られそうにないわね」
一抹の望みをかけて資料を漁ったが、やはり光魔術は希少すぎる。
これまでもそんな例はないようだし、都合良くサブ属性として使える魔術師など、そう簡単に見つかりそうもない。
「全く時間の無駄ではないか! 貴様いい加減にしろ!!」
シリルにめちゃくちゃ怒られて図書館一階へ下りた。
しかし一階は真っ暗だった。
閉館時間を過ぎ、閉じ込められてしまったようだ。誰もいない暗闇の図書館内は、薄気味悪いったらない。
「貴様…………このことは一生忘れないからな」
シリルが怒りに震えている。
「悪かったわよ! とにかく、中から鍵を開けて出ましょう」
──そう。何も出られない訳ではない。
夕食抜きなのは確実だろうけれど。
正面入口の鍵を開けて出るのは躊躇われ、裏口の扉からこっそり出ることにした。
なんだか、凄く悪いことをしている気がする……。
裏口の扉をそっと開けて外へ出た。
そこには……。
「え…………!?」
裏口の真正面には、教会があった。
そして教会の周りの木々が、めらめらと激しく燃えている。
「うわっ……! 火事ではないか!!」
シリルが驚いて大声を出した。
しかし図書館も閉まって真っ暗なこの場所に、他に人はいない。
静かな夜の中で、ぱちぱちと炎の爆ぜる音だけが響いている。
見たところ教会には火は移っていない。恐らく結界の効果なのだろう。
けれどもその周辺は激しく燃え盛り、夜だというのに炎により辺りは煌々と照らされていた。
このままでは、図書館へ火が燃え移るのも時間の問題だ。
「シリル……! 人を呼んで来て! 学園まで戻れば、誰か先生が残っているかもしれないわ!」
「ああ! ……いや、貴様は?」
「消火するわ!」
左耳のピアスに触れる。
その様子を見て、シリルは頷いて走って行った。
「ルース!」
広範囲に、沢山の水が降り注ぐように魔力を放出した。
雨よりも強く、滝ほどは激しくないように。
強すぎる魔術によって、教会の結界を壊してしまう訳にはいかない。
調整した大量の水が空から落ちてきた。
闇を照らしていた炎が、水をかけられ小さくなっていく。
……まだだ。もう少し、完全に火が消えるまで。
しばらく魔力を放出し続けていると、火の勢いは徐々に衰え、やがて見えなくなった。
「…………はぁ……。疲れたわね……」
火が消えたことにほっとすると、一気に疲労感が押し寄せてきた。
場所が場所だけに、調整には酷く気を使った。
おまけに大量の魔力を放出し、体がぐったりしている。
煙だけがもくもくと上がり、息苦しさに腕で鼻と口元を覆う。
煙が立ち込める中目をこらすと、教会の裏手に、小さな赤い光が見えた。
まだ火が燻っているのかもしれない。
これ以上教会に魔術を当ててしまわないよう、裏手にまわり、再度消火を試みることにした。
以前壊された教会の塀に沿って歩みを進める。瓦礫は撤去されているので、教会の敷地と周りの森の境界が曖昧になっている。
暗闇の中、一人ぬかるんだ場所を歩いていると、ふいにとてつもない不安が襲ってきた。
────何故、この場所は燃えていたのか……。
こんなところに火の気はない。
誰も居ない時間を狙って、誰かが火をつけた……?
炎は、教会を中心にその周りに上がっていたのだ。
教会を────教会の結界を、壊すために魔術が使われた……?
昨日テオドール様が話してくれた、『危険思想者』という単語が頭に浮かんだ。
ルカが疑われた、教会を襲った風魔術使用の犯人も、もしかしたら……。
教会を見上げてみると、火事により燃えた形跡もなく、夜の闇の中に不気味にそこにある。
相変わらず屋根には穴が空いているし、壁もところどころ崩れている。
いつも正面からしか見ていなかったが、側面には一際大きく壁が崩れ、穴が空いている箇所があった。
通りざまに中の様子を窺ってみる。
もちろん暗闇の中、何も見えはしない。
────はずだと、思ったのに。
教会の内部には、薄らと淡い光を放つ、水晶のように透き通った巨大な石の塊が置かれている。
そしてその中に閉じ込められるようにして、一人の男性が膝と手をついた格好で、彫刻のように瞳を伏せて固まっていた。




