ペア学習はあなたと2
心外にも程がある。
レイノルド様との結婚前の遊びのつもりでマリアナージュに入学しただなんて、私の覚悟を馬鹿にしている。とても許せる発言ではない。
「どういうつもりでそんなことを言っているの? 私とレイノルド様の婚約が解消されたことは公になっているでしょう。私は全てを失ってここへ来たのよ。酷い言いがかりだわ」
怒りで僅かに声が震えた。
それがシリルにも伝わったのだろう。彼は怪訝そうに私を見た。
「……貴様、本気で言っているのか?」
「もちろんよ! 私は本気だと言っているでしょう」
「そうか……。さっき、貴様と話をつけておきたいと言っただろう。回りくどい言い方は抜きにして聞くが、マリアナージュ卒業後は殿下と結婚が決まっているのではないのか?」
「は…………?」
レイノルド様との未来は、ただの口約束。
待っている、というその一言だけ。
とても結婚予定、なんて大きな声で言える話ではない。今の私たちがお互いを縛るものは、何ひとつないのだ。
言葉に詰まり、何も言えない。
急に不安定な足場に立っていることを思い出し、焦燥感に駆られる。
エリーの告白を聞いてからというもの、どうにも落ち着かないのだ。
なんとか絞り出したのは、答えではなくシリルへの質問だった。
「どうして……シリルは、そんな風に思ったの? 確かに私たちの婚約は解消されているのに」
「婚約の解消と同時に、貴様がとうにイルヴァーナ伯爵家から籍を抜いているという発表もあったからな」
「………………。はい!?」
「わざわざそれを公にするのだから、何かしら意味があると勘ぐって当然だろう。まして卒業パーティーでの殿下と貴様の様子は、誰がどう見ても愛し合う婚約者同士以外の何でもなかった。アレを見せびらかしておいて翌日に婚約解消したと言われても、簡単に納得は出来ない。初めからそう思わせるつもりだったのだろう?」
「ひぇっ……!」
色々思い出して、恥ずかしくなってきた。
そうだ、シリルもあの場に居たのだ……!
いやその前に、私がイルヴァーナ伯爵家の人間でなくなっていたことを発表してたって何?
確かに作り話は一切発表しない、とレイノルド様は約束してくれた。
そして私があの事件前に平民になっていたことは事実。
つまり、事実を発表しただけ……。
────なんか騙されたみたいで、納得いかないんですけど!?
「殿下との関係が続いていながらそれを隠し、必死に学ぶ俺たち他の生徒を見下していたんじゃないのか。貴様は一人、高みの見物を楽しんでいたのだろうが、エリーの殿下への気持ちは真剣だ。せめて本当のことを教えて、早く諦めさせてやれ。不憫過ぎるだろうが」
シリルが思っている私の性格が悪過ぎるんだが……。道理で嫌われていたはずだ。
「残念ながら関係なんて何もないわ。無責任に一国の王太子殿下との確かでもない仲を言いふらすなんて、出来るはずがないでしょう」
「エリーのためにも散々煽り散らかしてやったのに、貴様はなかなか殿下との関係を暴露しないとは思っていたが……。正気か?」
「そんな思惑があってのあの酷い態度!?」
「俺ははなからマリアナージュへ残るつもりだったから、例え未来の王妃に睨まれようが痛くも痒くもない。シャパル出身の貴族は皆、貴様に王太子の婚約者として接するべきか、それとも罪を犯した家の者として距離を置くべきか、決め兼ねていたからな。入学直後、わざと大袈裟に罵って貴様の出方を待ったのに、何も言わなかっただろう。重要な情報を漏らさない、貴族らしい貴族だと思っていたが、見込み違いだったか」
「あなた、そんなこと考えていたの? まさか、執拗に足を引っ掛けようとしたのにも理由が?」
「それはただ貴様が無様に転ぶ姿を拝みたかっただけだ。貴様のことが気に食わないのも事実だからな」
「…………まぁ、そうよね…………」
もともと悪い印象しかなかったシリルの意外な一面を垣間見ただけで、うっかり善人だと勘違いしそうになった。そんな訳なかった。
「大体貴様は、王立学園在学時と変わらずあの王家の犬に守られているだろう」
「…………ルカは、護衛としてここに入学した訳ではないと思うわ」
「そんなはずないだろう。奴は平民だろうが。もとより入学する意思があれば、三年前に入学したはずだ。殿下の指示に決まっている」
「そ、そう……?」
それに関しては、考えたことがなかった訳ではない。だってルカはずっと護衛のように振舞っていたし。
でも……それが本当ならば、魔術師としても才能あるルカを、私のために今まで護衛として温存させていたみたいではないか!
「でもレイノルド様からそんな話は聞いていないのよね。ルカとは、今後は学生同士の付き合いが出来ると思っていたんだけど……」
シリルは呆れたように頬杖をついた。
「貴様……勘は悪くないのに、自分への感情が絡むと何故そうも妄想が明後日の方向に向かっていくのだ? いちいち全て説明されずとも、殿下のお考えなど分かり切っていそうなものだが」
「それがわかれば苦労しないのよ……!!」
レイノルド様は、私が最もその腹の中を理解出来ないと思っている相手なのだ。
「その様子だと、既に貴様がリンドリン公爵家の養子になったという噂もデマか?」
「それは……! そんな話まで流れているの!?」
「なんだ、これは本当か。平民のふりをして騙して、やっぱり後ろ盾があるんじゃないか。貴様のそういうところが気に入らないんだ」
「後ろ盾なんてないわよ! その話はお断りしたわ」
「………………おい。なんと言った?」
シリルの顔色が変わった。
眉間に大量の皺が寄りまくっている。
「断ったのよ。レイノルド様が根回しした全てを。私は紛れもなく平民で、だからこそ婚約解消するしかなくなったのよ」
「貴様…………馬鹿なのか?」
はっきりとなんて失礼なことを言う男だ。
やっぱり感じが悪い。
「あなたの言いたいこともわかるわよ。でもあなただって、レイノルド様に守られてばかりで何もしない私が気に入らなかったのでしょう? 私もそう。自分の力で、レイノルド様の婚約者の地位を取り戻したいのよ」
「殿下の人気を舐めるな! ちゃんと縛り付けておかないと、貴様如きすぐ捨てられるに決まっている! 今頃どこかの姫君と既に婚約しているかもしれないぞ!?」
「うっ……。わかってるわよ……! その時はその時よ!」
開き直るしかない私に、シリルはさっきまでの軽蔑した目ではなく、哀れみの目を向けてきた。
「俺は勘違いしていたようだ……。貴様は賢いが底意地の悪い女だと思っていたが、ただの愚か者だったか…………」
「どっちにしろ貶しているけど!?」
どうやらシリルの私への誤解は解けたようだが、引き換えに失ったものが大きい気がする……。
あと、別にお互いの好感度は絶対に上がっていない。
「強がりと思うでしょうけど、何と言われようと私は自分の選択を後悔していないわよ。今だから言えることだけれど、全てを決められて管理される生活は、安泰だけれど正直窮屈だったわ。自分で未来を切り開ける自由な今の状況も、案外悪くないと思っているの」
「貴様……今の発言、シャパル王国中の貴族令嬢と爵位を継げない貴族令息を敵に回したからな。無論、俺も含めて、だ」
「あなたを敵に回したところで、そもそも味方だったことなど一度もないじゃないの」
「それもそうだが。やはり貴様、気に食わん」
「お互い様だわ」
どれだけ話し合おうとも、私たちが歩み寄れる未来が訪れることはなさそうだ。
幸先不安ではあるが、私とシリルは仕方なく協力して課題に取り組むことになった。




