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王家の犬

 玄関前には、王家の紋章がついた立派な馬車が停まっていた。

 そしてその前に黒髪の少年が、不機嫌さを隠そうともせず、憮然とした顔で馬車に背を預け立っている。

 

 少年の名はルカ。

 レイノルド様が、王立学園入学前に私につけてくれた護衛だ。

 私と同じ17歳なのだが、小柄な上に童顔なので、とても幼く見える。しかしその腕は確からしい。

 


「おはよう、ルカ。待たせて悪かったわね」

「……遅い。何か問題でもあった?」


 舌打ちでもしそうな勢いのルカに、今日も相変わらずだな、と思う。


 レイノルド様曰く、『口は悪いが武術と剣術の腕は間違いない』護衛。

 今日も今日とて、口ばかりか態度も悪い。


 そんなルカに、少しばかり大袈裟に額に手を当て、溜め息をついて見せた。


「ええそうなの、実は問題が……。私、今日はとっても体調が悪いのよ!」

「………………はあ?」

「今日は学園をお休みして、一日ゆっくり寝ることにするわ。だから護衛は結構よ」


 ……なんだその目は。

 あからさまに怪しんでいるわね。


 卒業前最後の登校日に休むなんて、よっぽどの事がない限り避けるべきだし、私は自らの足でここまで説明しに来たのだから、体調不良も大したことはないというのもバレバレだろう。


 それでも今日は、どうしても屋敷に残って確かめたいのだ。

 妙な違和感の、その原因を。


 そして学園で、明日のパーティーについて話題にのぼるのも恐怖であった。

「アメリア様は殿下と出席されるのでしょう? 羨ましいわ」なんて言われたら、どう返せばいい。

 「いいえ」と言えば大騒ぎになるし、「はい」と言えば明日の笑いのネタを増やすだけではないか。



 しかしそんな私の思いを、ルカが汲み取ることは一切ない。


「嘘つけ。元気そうじゃねーか。いいから早く馬車に乗れ」

「お断りよ。頭痛と腹痛と目眩と耳鳴りと吐き気と、おまけに腰痛まであるの。一刻も早くベッドに潜り込んで眠りたいわね」


 つらつらと仮病を並べ述べれば、ルカは酷く面倒臭そうに顔を顰めた。


「あぁもうだるいって! 頼むから今日は学園に行ってくれ」

「まあ! あなたが私に頼むだなんて珍しいわね。びっくりして熱も上がっちゃうわ」

「何なんだよ! そんな口きく元気があるじゃねーか!!」

「嫌だわルカ。大きな声を出したら頭痛が酷くなるわ」

「……!! なんっっで今日に限って、めんどくせー事言い出すんだよ、お嬢は……!」

「それはこっちのセリフだわ。どうして今日に限って強引に登校させようとするのよ?」

「それは殿下がっ」

「…………殿下?」


 はっと、ルカが口を噤む。

 しかし手遅れ。はっきりばっちり、聞こえましかからね!


「レイノルド様がなんですって?」


 

 ルカがきまり悪そうに目を逸らす。

 ただし私は絶対にルカの顔から目を離してあげない。


 私がこういう時は口を割るまでどこまでもしつこく問い詰める性格だということを重々承知しているルカは、諦めも早かった。

 渋々といった様子で口を開く。


「今日だけは、確実に学園に送り届け、放課後もまっすぐ王城に連れてこいと言われてる」


 

 どういうつもりだ、レイノルド様め。

 

 私には顔も見せずに、ルカにわざわざ私を見張るように指示していたのか。 



 今日何かしら動かれては困るということ?

 何か、見られてはまずいものでもあるとか?

 

 例えば……聖女様との密会……なんて、ね。


 

 先程の義妹との会話が頭をよぎる。


 まさかレイノルド様は本当に、聖女様を婚約者として求めているんだろうか。



 聖女様の存在が知られてからというもの、学園でそういう声が聞こえてたこともあったけれど、聞き流してきた。

 レイノルド様は、いつも私に誠実だったから。


 ──けれど、二年もほぼ会えずにいたのだ。

 今や彼の考えていることは、私にはさっぱりわからない。


 とにかく、そっちが私に黙ってコソコソするというのなら、こっちだって好き勝手させてもらおう。 



「私は今日一日、屋敷から一歩も出ないから安心してちょうだい。レイノルド様にもそう伝えて。絶対に絶対に、学園をお休みするから!」


 きっぱり言い切ると、ルカは大きな溜め息をついた。


「お嬢、大人しそうな顔して言い出したら頑固だからな……。オレが殿下に怒られるってわかって言ってる?」

「大丈夫よ。レイノルド様は、ルカのことをとても優秀な護衛だと認めているもの。私の我儘だと説明すればいいわ。もしもの時は、後で一緒に怒られてあげる」

「そういう話じゃねーんだよ…………」


 ルカはがっくりと項垂れている。

 王家の忠実な犬である彼は、王太子殿下の命に背くことにかなりの抵抗があるようだ。


 

「レイノルド様がどういうお考えで私を見張るように仰ったのかはわからないけど、私は決して邪魔をしないわ。本当に屋敷内で大人しくしていると約束する。だから、お願い」


 深い藍色の瞳をじっと見つめて言うと、ルカはとうとう諦めたようで、力無く頷いた。


「ありがとうルカ! 明日からはなるべく言う通りにするわね!」


 とは言ったものの、レイノルド様が婚約者を取り替えるつもりなら、ルカも私の護衛ではなくなるでしょう。

 

 ルカのことは、生意気だけど話しやすくて気楽な相手だと思っていた。

 三年もずっとそばにいて安全を守ってくれていただけに、少し淋しい気もする。


 レイノルド様との婚約期間はもう十年になるけれど、この数年で彼より身近な存在に取って代わったことは間違いない。



 私を乗せないままに出発した豪華な馬車を見送って、屋敷内に戻る。


 たまたま玄関に居合わせた執事長が、私を二度見して驚いていた。

 それもそうか。

 王家の馬車で学園に向かったはずの私が、戻って来たのだから。

 


 壮年の執事長は、去年雇い入れたばかりだ。名前はなんだったか……数えるほどしか顔を合わせたことがないので、さっぱり思い出せない。


 とにかく、準備は必要よね。

 執事長にも不調をアピールしておきましょう。


「なんだか気分が優れないから、今日は休むわ。ゆっくりしたいから、誰も近付けないでね」

「承知しました」


 

 あと屋敷に残っているのは、義母と叔父か。

 ──さて、どうしましょう。

 

 

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