謹慎期間が明けたら
山のような課題と反省文に追われ、謹慎期間の一週間は過ぎ去った。
かなりの量だったので、授業を普通に受けるよりよっぽど知識量が増えたんじゃないかと勘ぐってしまう程だ。
ともあれなんとか全ての課題を片付け、無事に一週間ぶりに登校許可がおりた。
張り切りすぎて早めに女子寮を出てしまったけれど、既に眩しい朝日を避けるようにして木陰で待つルカがいた。
「おはよう! 早いわね」
「おはよう。お嬢、ちゃんとあの後は大人しくしてたんだな」
「当然でしょう。そう言ったじゃないの」
「……。オレがいない間、他に余計なことしてねーよな?」
「余計なことって何よ? 私はずっと大人しくしてたわよ」
ルカに話したいことが色々あった気もするけれど、自らに謹慎処分が下るという大事件のせいで、全てが頭から吹き飛んでいた。
そもそもいくらマリアナージュに来て自由を謳歌していようが、私は別に問題を起こすような行動をすすんでとっているわけではない。
人を問題児のように言うのはやめて欲しいものだ。
時間が早いために、学園までのごく短い通学路に他の生徒は見当たらない。
もしかしたら教室に一番乗りかもしれない。
そうなると謹慎が明けて張り切っているのがバレバレで、恥ずかしいわね……。
そんなことを思いながら歩いていると、学園の立派な門の前で、仁王立ちしている制服姿の男子生徒がいた。
「ひっ……! シリル!」
よりにもよってシリル・エデルだった。
彼も私と同じく謹慎一週間を食らっているので、今日が久々の登校のはずだ。何故そんなにも堂々としていられるのか。
それにそんな場所にいられては困る。避けようがない。
シリルの姿を確認して立ち止まった私たちだが、当然あちらからも見えている訳で……。
思い切り目が会い、睨みつけられた。
「アメリア・イルヴァーナ!!」
恐ろしく元気な男だ。よくも朝一からそんな大声が出るものだ。
メイソン先生が言っていた、シリルが私の処分に物申したという話はきっと何かの間違いだ。この男は、私を心の底から嫌っているのだから。
今だってこれでもかという程に眉間に皺を寄せ、何かしらの因縁をつけようとしているのだ。
うんざりしながらも、逃げられないと観念してシリルの前まで歩いて行く。
シリルは私を見据え、そのままの勢いで、直角に頭を下げた。
…………え? 頭を下げた?
「悪かった! 貴様のお陰で助かった! 礼を言う」
「………………は…………?」
予想外すぎて咄嗟に言葉が出なかった。
なんと言うことだろう。
あのシリルが、私に謝った? そればかりか、礼を言った……!?
命の危機に直面し、人格が変わってしまったのだろうか……。
「あのままだったならば命はなかったと聞いた。感謝している。貴様のことは気に食わないが、助けられたのは事実だからな」
「……まぁ…………」
この余計な一言を足してしまう当たり、紛れもなくシリルだ。
あの一件で、急に別人のように慕われたら怖すぎる。相変わらずで少し安心した。
「あなたが無事で何よりよ。私こそ、あなたのお陰で謹慎処分で済んだと聞いたわ。ありがとう」
「ふん……。義理は通したからな」
そう言うと、シリルはさっさと校舎へと入って行った。
私と話すために早朝からここで待っていたのだろう。
いけ好かない男だと思っていたが、ほんの少しだけ見直した。
私はどうやら待ち伏せには弱いようだ。
「こわっ……。何あれ? なんでお嬢に殺されかけて感謝してんの?」
ルカが隣でドン引きしている。
ルカの中では、私がシリルを殺しかけたことになっているようだ。解せない……。
一週間ぶりの登校は予期せぬ出来事からスタートしたが、シリルの謝罪と感謝の言葉を聞けて幸先がいい。
その後も、早めに登校してきたアルロが満面の笑みを向けてくれた。
「おはようアメリア! やっと今日から登校出来るんだね。嬉しいな」
「おはよう。私も嬉しいわ。私の謹慎中、困ったことはなかった?」
「うん。僕もアメリアに頼ってばかりじゃ悪いし……。共通語の勉強、今まで以上に頑張ったんだ。それとこれ、一週間分の授業ノート、アメリアのためにとっておいたよ」
「まぁ……! ありがとう、アルロ!」
やっぱりアルロの微笑みは天使のようだ。
一人で努力し続けていた健気さも、私を思ってくれる優しさも、全てが眩しい。
感動に打ち震えながらノートを受け取った。
そんな私たちを、ルカは怪訝そうに見ている。
ルカが仲間はずれを寂しがるといけないので、アルロをちゃんと紹介して、二人にも仲良くなってもらおう──。
そう思ってルカの方へ振り向いた時、彼に声がかけられた。
「おはよう。ルカ」
「…………おはよう」
ルカは声の主をちらりと見て、興味無さそうにぶっきらぼうに返事をしてすぐに視線を外してしまった。
しかし私はそうはいかない。
あのルカが、愛想なしで口も態度も悪いルカが、親しげに挨拶をされている……!!
一週間、学園で一人ぼっち生活を送っていたに違いないと勝手に思い込んでいたのだ。
しかも!
ルカに挨拶をしたその可愛らしい声の主は、エリーだった。
「信じられない……! ルカ、お友達が出来たのね……!」
「別にそういうんじゃねーんだけど。向こうが話しかけてくるから答えただけだし」
「まぁ! エリーが?」
また何故、急に?
不思議に思っていると、アルロが教えてくれた。
「エリーはルカが一人でいるのを気にして、毎日声をかけていたんだよ。そういうの、放っておけない子なんだよ」
「さすが聖女様だわ。なんて清らかな心の持ち主なのかしら……。良かったわね、ルカ」
「良くねーよ」
ルカは面倒臭そうにしているけれど、本当に迷惑なら挨拶も返さないはずだ。
私がいない間、寂しがり屋のルカに声をかけ続けてくれた心優しいエリーには、感謝しかない。
エリーに心からの謝意を込めた視線を送る。
気持ちを込め過ぎたのか、すぐに互いの視線が絡み合った。
エリーの大きな桃色の瞳と正面から目が合い、それがとても久しぶりでどきりとする。
ずっと嫌われて、避けられていたから。
彼女の方も一瞬躊躇う素振りを見せたものの、僅かに口角を上げ、形の良い口を開いた。
「……おはよう、アメリア」
「………………お、おはよう……」
初めて挨拶された…………。
今日は意外なことが次々と起こる。
驚きの表情を隠せないでいるであろう私に、彼女はぺこりと頭を下げた。
…………頭を下げた?
「アメリア、今までごめんなさい。少し、話をさせてもらってもいいですか?」
謹慎明け早々、想定外が多すぎる。




