枷が外れたから
ルカとは彼が護衛になってからというもの、一日たりとも顔を合わせなかった日はない。
入学に先立ってかなり早めにマリアナージュへ来た時も、馬車からずっと一緒だった。
護衛として最後の仕事も兼ねて見送りをしてくれるんだと思っていたら、まさかのルカも同じ新入生だった訳だけれど……。
一週間も会わなかったのは、これが初めてなのだ。
久しぶりすぎて、ルカの姿が愛らしい犬に見えた。
そんな想像をしていると知られたら、怒られるのは確実だ。
雑念を振り払うように、慌てて立ち上がった。
「どうしてあなたがここにいるの? 謹慎が明けて、今は授業中のはずでしょう?」
後ろめたさから、若干責めるような口調になってしまった。
一言も「犬」とは口にしていないのに、ルカの表情は怒りに満ちている。
全身の毛を逆立てて、威嚇している幻覚が見える……。
何だかわからないが、めちゃくちゃ怒っている……!!
「そっちこそ、何でこんな場所にいるわけ? すげー探したんだけど」
「探した? 私を?」
「やっと謹慎明けたと思ったら、今度はお嬢が謹慎だって訳わかんねーことになってるから! サボって女子寮に忍び込んだら居ないし、どういうことだよ!」
「あなた何してるのよ!? せっかく登校出来るようになったっていうのに授業をサボって、その上女子寮に忍び込んだですって!? 非常識にも程があるわよ!!」
「お嬢にだけは言われたくねーんだけど! オレでも一週間は寮でじっとしてたからな!!」
正論すぎて反論の余地もない。
ルカは全くの無実でありながら、一週間耐えたのだ。
自分の堪え性のなさを痛感した。これでは気が短いと言われても仕方がない……。
「心配かけたわね……」
「だいぶな。何があった?」
「シリルに魔術を当ててしまったわ」
「…………………………あいつ、死んだの?」
深刻な顔でルカが言った。
何故だ。
何がどうなってそんな風に話が飛躍したというのか。
「お嬢の魔力、えげつないもんな……。あいつにキレて全力の魔術当てたら、死んでもおかしくないか……」
「死んでないわよ! キレて当てたわけでもない! 大体私、魔力コントロールには自信があるのよ!」
「は? たった一週間で上手くなるわけねーし」
「ふっ。舐めてもらっちゃ困るわね。メイソン先生の指導は素晴らしいのよ。一週間みっちり個別指導を受けて、かなり成長したと思うわよ?」
「今、なんて言った?」
ルカの目つきが再び鋭くなった。
私の傍らに座るメイソン先生を、その視線で射殺しそうな勢いで睨みつけている。
一週間で、態度の悪さに拍車がかかっている!!
「ちょっと! メイソン先生には、物凄くお世話になったんだから、失礼な態度はやめてちょうだい」
「ふーん。つまり、何? オレがいない間にコソコソ会って、すっかり仲良しになったって? それでこうして二人っきりでベタベタしてたわけ?」
「コソコソもベタベタもしてないけど!?」
酷い誤解をされている。
何故浮気を問い詰められているような状況になっているんだろう。
やましいことなどひとつもないし、ルカに責められる謂れもない。
きっと一週間一人ぼっちで、余程寂しい思いをしていたに違いない。
「全く……ルカってば、本当に寂しがり屋ね。誰と仲良くなろうと、私はあなたを捨てたりしないわ」
「だから、そうじゃねーって!!」
私とルカのやり取りに口を挟むことなく眺めていたメイソン先生は、どんなにルカの態度が悪かろうと、気分を害する様子もなく微笑んでいる。
…………大人の余裕だ…………。
しかしルカにはそれが面白くなかったらしく、目が合う度にどんどん眉間の皺が深くなっていく。
このままでは悪い予感しかしないので、ルカの体をぐいぐいと扉の向こうへ押しやった。
「私は寮へ戻るから、あなたも授業を受けに行きなさい! メイソン先生、お邪魔しました。今日は失礼します」
「謹慎が明けたら、またゆっくり来ればいい。待っている」
「今後一切お嬢に触んなよエロジジイ!!!」
態度ばかりか口まで余計に悪くなっている……!!
絶対に聞こえているので手遅れではあるが、急いで扉を閉めた。
真昼とは思えない薄暗さの図書館に戻ると、寮を抜け出して来たことに対して、少しだけ罪の意識に苛まれてくる。
息をついて振り返ると、ルカは変わらず苛立った様子で文句を言っていた。
「有り得ないんだけど。あのジジイ手が早すぎる」
「もうわかったから! 落ち着きなさい」
「わかってねーだろうが! 二度と二人っきりで会うなよ!?」
ルカは何目線でものを言っているんだろう。
けれど一週間寮に籠りきりで寂しかったであろうルカを思えば、あまり反論するのも不憫な気がした。
「あなたが居てくれれば、そういうこともないわ。一週間も会わないのは初めてだったわね。ずっと、ルカに早く会いたいと思っていたのよ。私も寂しかったわ」
「…………あっそ」
素っ気ない返事ではあるが、絶対照れている。
あさっての方向を向いたルカの耳は、赤くなっていた。
その様子が可愛らしくてにこにこ笑っていたら、またしても睨まれた。
「お嬢はここに来てから、好き放題やり過ぎじゃない? シャパルにいる時は、もうちょっとマシだった」
好き放題はルカも同じだ。
けれど指摘されて改めて思い返せば、マリアナージュに来てからの私は、枷が外れたような気はしている。
王太子殿下の婚約者として、の自分はいつも気が抜けなかった。
どんな目で見られているか、どのような評価をされているか。
そういうことが何より重要だった。
入学以来トラブル続きでろくでもないことばかりが起こっているけど、私を守る盾も縛る鎖も、どちらもここにはない。
それは決められた道を進むのとは違い、酷く足場が不安定だけれど、ちゃんと自分の足で歩いていると実感出来る。
私はもしかしたら少しだけ、この自由さに浮かれていたのかもしれない。
「……そう、かもしれないわね。婚約解消がなければ、きっとこんな風に振る舞えなかったでしょうね」
そしてこういう生き方こそ、私がしてみたかったものなのかもしれない。
だからこそあの時、レイノルド様のお話を全て断ってここまで来た。
「シャパルにいた時のお嬢は可哀想だったし、自由にさせてあげたいけど、無茶はすんなよ」
「…………可哀想だったの? 私」
「束縛されまくっても頑張り続けて、その分オレに散々愚痴ってたじゃねーか。ここなら殿下も手を出せないけど、だからって変な男に近付くのはやめろ」
「ねぇ待って、束縛って何?」
「……。殿下はお嬢の前ではかっこつけて何も言わないからな……。いいよ、知らなくて」
全く聞き捨てならないが、ルカはそれだけ言うと、さっさと歩き出してしまった。




