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その求婚は謹んでお断りします、王太子殿下  作者: 玖珠ゆら


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魔石のピアス3


 左耳のピアスに触れ、シリルと対峙する。

 

 シリルの頭を冷やさなければ。

 頭を、……冷やす?

 

 私が思い付いたのも、今出来るのも、たった一つだけだ。

 



 人に向かって魔術を使ってはいけない、という決まりが頭に浮かび、直ぐさま消えた。


 そんなことを言っている場合ではない。

 シリルの命に関わる。

 

 

 深く考える前に、体は動いていた。



 

「ルース!!」



 シリルへ指先を向け、魔力を放出する。


 シリルの頭上から、水が勢い良く降り注いだ。



 メイソン先生との特訓のお陰で、魔力コントロールは完璧だった。

 想像した通り、バケツをひっくり返したような水がばしゃりとかかり、すぐに止まった。

 

 



 シリルが大きく目を見開く。

 そして次の瞬間にはその瞳が閉じられ、倒れてしまった。

 気を失ったようだ。

 

 同時に、地面の小さな揺れも地形の変化も、ぴたりとおさまった。


 ボコボコの魔術練習場が、しんと静まり返る。

 


  

 ──シリルの魔力暴発を、止められた……?


 

 安心して力が抜ける。

 私自身もその場に倒れ込みそうになりながら、ぽつりと呟いた。


「……良かった…………」



「何が良かったんだ?」



 ぞっとするほど冷たく低い声に驚き、振り返る。


 そこにはアルロと共に、鬼教師ジェイコブ先生がゴミを見るような目で私を見下ろしていた。



 …………アルロ…………。

 どうしてよりにもよってジェイコブ先生を、しかも最悪のタイミングで連れて来てしまったのか……。


 

「アメリア。シリル・エデルに向かって魔術を放ったように見えたが?」


 そしてちゃんと現場を見られていた。

 

 ジェイコブ先生は、歳若き生徒に対して侮蔑の表情を隠しもしない。どうかと思う。


 

「自分が何をしたか、わかっているんだろうな」 

「シリルに魔術を当てたことには間違いありません」

「認めるのだな。退学の覚悟は出来ているな」

「退学!?」


 そんな覚悟は出来ていない。

 退学は困る。レイノルド様との約束が果たせない。


「この魔術学園へ入学するにあたり、最も重要なルールをお前は破った。罰を受けるのは当然だ」

 

 確かにそうかもしれない。

 けれど……。


「では先生にお伺いしますが、それは何のための、誰のためのルールですか?」

「……何?」

「生徒に危害が及ばないようにするためなのではないですか。私が魔術を使ったのは、シリルを守るためです。あのままではシリルが危ないと思ったからです。ルールを守って何もしなければ、それこそ私は自分を恥じたでしょう」

 

「それは結果論だ。たまたまシリルに怪我がなかったから良かった、では済まない」

 

「…………そうですか。先生のお考えはわかりました。何もしない方が遥かに危険だったとしても、ルールの方を優先すべきなのですね」


  

 ジェイコブ先生に冷ややかな視線を投げた。


 我ながら可愛げの欠片もない。

 こんな言い方をすれば余計に反感を買うとわかるのに、私ときたら何故こうなんだ。


 退学を回避しなければならないのに……。



 案の定、ジェイコブ先生は益々不愉快そうに私を睨むと、吐き捨てるように言った。


「お前のように、ルールを守らず自分が正しいと思い込むような者こそ、危険思想者となる」

「……危険、思想者?」

「お前の処分は追って通達する。もう二度とその顔を見ることもないだろうがな」 



 ………………終わった。



 ◇◇◇



 


 世の中は理不尽で溢れている。



「……という訳で、メイソン先生もご存知の通り、一週間の謹慎処分となりました」

「…………。知っているが、だからこそ聞く。何故ここにいる?」



 私は図書館二階にあるメイソン先生の部屋を訪れていた。

 謹慎期間は今日始まったばかりであり、現在他の生徒は授業中だ。

 教師陣も当然学園内にいるのだから、こっそり寮を抜け出してもバレはしない。



「先生が私の退学について、反対してくださったと伺いました。お陰で謹慎処分で済みましたので、お礼を」

「最も恐れるべき魔力暴発を止めたんだ。退学処分は重すぎる。……しかし、ジェイコブを説得するのは骨が折れたぞ。こういうことに関して権限がないのは本当なんだからな。次はない。礼を言う気があるのなら、一週間くらい大人しくしていたらどうだ」

「ご安心ください。明日からはそうします」

「…………お前…………」

 

 笑顔で返すと、メイソン先生は額に手を当て項垂れてしまった。


「全く反省していないだろう」

「していますよ。退学になっては困りますから。でも後悔はしていません」


 メイソン先生が大きな溜め息をついた。

 随分疲れたような表情をしている。

 実際、私のために管轄外のことで動いてくれたのだから、その苦労は想像に難くない。


「メイソン先生、ありがとうございました。先生には助けて頂いてばかりですので、いつかお返しさせてください。何でも仰ってくださいね!」

「お前が無事に学園を卒業し、マリアナージュに残ってくれればそれでいい」

「…………」


 勢いに任せて何でも、なんて言うんじゃなかった。


「先程の発言は撤回します。無事に卒業出来るよう努力はしますが、母国で待ってくれている人がいますので」

「国に恋人でも置いて来たのか?」

「恋人っ!?」


 驚きすぎて大きな声が出た。

 何その甘い響きの単語。


 レイノルド様と恋人同士になどなった覚えはない。では、どういう関係か……と問われると、元婚約者同士以外の何でもない。

 改めて考えてみたら、ただの他人だった。


「いえ……ええと、10年来の知り合いです」

「そうか。親友というやつだな」


 絶対違う。

 けれど説明の仕様もなく、頷いておいた。


「先生には散々お世話になっておいて、何も出来ることがなくて心苦しいですけど」

「別に俺が好きで勝手にやっていることだ。それに一つ付け加えておくと、お前の退学について反対したのは俺だけではない」


 もしかしてアルロだろうか。

 彼は気が弱いのに、先生に掛け合ってくれたのか。

 だとしたら、今度会った時には沢山お礼を言いたい。


 

「シリル・エデルが、ジェイコブに食ってかかっていたぞ。お前の退学は有り得ないとな。あいつもお前と同じく謹慎一週間だ」


「えっ……えええ!!?」



 そんな馬鹿な。信じられない。

 あのシリルが、私のために行動を起こすだなんて。

 むしろ躍起になって厳罰を求めそうものなのに……。



「本当にあのシリルが、ですか……?」

「あのままでは自分がどうなっていたか、シリル・エデルが一番よく理解しているはずだ。お前が水をかけたから間に合ったが、手遅れになっていたらあいつの命はなかった。魔力暴発を起こせば、魔力が尽きるまで周りを破壊し続ける化け物になる。それを止めるために殺すか、力尽きるまで待つか二択だ」


 なんと恐ろしい……。


「持つ魔力が多い程、暴発のリスクは高まる。だから魔術学園の入学許可を得た者には、このピアスをつけさせるんだ」


 メイソン先生が手を伸ばし、私の左耳に触れた。


「お前は特別魔力が多い上に、気が短いからな。心配だ」


 灰色の瞳が、こちらを覗き込んでいる。

 メイソン先生との距離はとても近い。

 

 なんだか大人の色気を感じる……。

 

 レイノルド様のせいで、私の顔面基準値が高すぎて今まで気が付かなかったけれど、メイソン先生は整った顔立ちをしている。最強の魔術師である先生は、もしかして凄くモテるのではないだろうか。

 



 ────しかしそれよりも、私の頭は別のことでいっぱいだった。

 

 私の気が短い? どこが??



 疑問を口にしようとしたその時、部屋の扉がノックもなく突然開いた。

 あろうことか学園長先生の部屋に、そんな無礼な登場の仕方をするのは────。


 

「…………ルカ!」


 久しぶりに見る、黒い毛並みの愛犬だった。


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