番犬は不在です4
とっても面倒な状況になった。
「て……テオドール様。誰彼構わず声を掛けていては、同じことの繰り返しでは……。一人の女性に絞って、真摯に向き合うべきです」
「心外だな。俺はたった一人、君を選んだんだ」
「何故私なんですか!」
「君が言い出した話だろ。責任をとって口説かれてくれないか」
握られた手を引き寄せられ、テオドール様の顔が迫る。
そのエメラルドグリーンの瞳に捉えられ、息をんだ。
もともと美形な彼のいつもと違う真剣な表情は、抜群の攻撃力がある。こんなものを食らったらひとたまりもない。
この人ヘラヘラしてないでちゃんと本気出せば、あっさり誰でも口説き落とせるのではないだろうか。
「……私には、責任が重すぎます。遠慮させていただけません?」
生憎私に限っては、麗しの王子様なんてもうおなかいっぱいなのだ。よそでやって欲しい。
握られている左手とは反対の右手で、テオドール様の両手を少々強引に引っペがす。
「つれないなぁ。発言には責任が伴うものだよ。君も元貴族ならわかるだろ? 俺をその気にさせておいたんだから、逃がしはしないよ」
「ひぇっ……!」
どこかで聞いた話に悲鳴が漏れた。
どこの国でも王子様という生き物は、私を逃がしてはくれないらしい。
嫌味に言い返すことには慣れていても、こういう場合の対処法を私は知らない。何しろ当然のことながら、王太子の婚約者に言い寄る男性など皆無だったのだ。
ルカの不在が悔やまれる。過去一助けて欲しい場面だ。
困り果てた私は、強引に逃げることにした。
まだ半分近く残っている食事のトレーを掴み、席を立つ。
「なんだかすっかりお腹も満たされましたので、私はこれで。お先に失礼します」
「あ、ちょっと」
後ろからテオドール様の私を呼ぶ声が追い掛けて来たが、振り返らず逃亡に成功した。
トレー返却時に、お残ししてごめんなさい、という罪悪感は抱いたけれども。
それにしたって完全に何かが間違っていると思う。
きつい物言いのせいで、テオドール様にとって私は今まで周りにいなかった新鮮なタイプに映ったのかもしれない。
しかし本気の恋をしたいのなら、物珍しいだけの私を選ぶのは絶対違う。
エリーのように可憐で愛らしい女性を相手にするべきだ。
ついでに言葉巧みに女性を褒め称えるスキルを行使しエリーに自信をつけさせ、魔力放出の恐怖心から救ってくれれば言うことはない。
エリーは未だ、魔術を一度も成功させていないのだから。
昼の休み時間はまだたっぷり残っているけれど、行くあてもない私は教室に戻ることにした。
皆昼食の最中だから、誰も居ないだろう。
そう思って扉を開けたのだが、室内には一人、机に向かう生徒が残っていた。
机上に教科書やノートを広げ、黙々と勉強している。
昼休みが始まって、それほど時間は経っていない。大急ぎで食事を済ませたのか、それとも食事もとらずにそうしているのか……。
どちらにしろ、大変勉強熱心である。
そんな勤勉な男子生徒の名はアルロ。
私とルカ、そしてエリーの他に、平民として今年この学園に入学したのは彼だけだ。
今年は異常に多くなっているが、例年平民は一人いるかいないかだと聞いている。
本来珍しい存在なのだ。
同級生から避けられまくっている私は、当然アルロとも言葉を交わしたことはない。
アルロが物音に気付いて顔を上げる。
私の姿を確認すると、明らかに動揺し始めた。
私はどうやら平民仲間にも嫌われているようだ。
まあ考えてみれば無理もない。
聖女暗殺を企てた伯爵家当主の娘であり、魔術実技においては派手に森を荒らしてしまっている。その上、同級生の前でシリルと可愛げのない口論を晒しまくっているのだ。
逆の立場だったら、お友達にはなりたくない。
あなたに危害を加えるつもりはありませんよ、という気持ちを込めて、目を合わせないように静かに席についた。
「…………」
「…………」
都合の悪いことに、私たちの席は隣同士だった。
なんとも気まずい空気が流れる。
アルロの手は完全に止まってしまっていた。
私が入って来たことにより、勉強の邪魔をしてしまったようで申し訳ない。
それにしても、一体何をそんなに必死に学んでいるのだろう。
つい気になって横目でノートを盗み見すると、ゾイド王国の文字がびっしりと並んでいる。
「あ」
うっかり声が出てしまった。
アルロの肩がびくりと跳ねる。あんまり勢いよく驚くので、彼の方へ視線を向けてしまい、その紫色の目とばっちり合った。
彼は怪訝そうに眉を顰めている。
私に話しかけられるのは迷惑だと言いたいのかもしれない。
だが、私は彼の事情を察してしまった。
大陸三国は人の流れも多く交流がとても盛んなため、誰もが三国共通語を話せる。
ただし、文字となると話は別だ。平民の中には、話すことは出来ても読み書きは自国の言葉のみという人もいる。特に田舎の農村部にその傾向は強い。
エリーは王都にほど近い町の出身だが、アルロはそうではないのだろう。
更にゾイド王国は、三国の中でも最も身分格差が激しい。平民が貴族に話しかけることも許されない。
そんな背景もあり、平民として育った彼は誰かに教えを乞うことも出来ないまま、言葉の壁にぶつかり苦労しているのかもしれない。
……嫌がられるかもしれない。
そう思いながらも、放っておけずに口を開いた。
「もし迷惑でなければ、言い回しが難しい部分だけでも教科書を翻訳しましょうか」
「…………えっ!?」
アルロが大きな目を、零れ落ちそうなほど更に大きくして驚いている。
いつも俯きがちな彼のその顔は、よく見れば女生徒と勘違いしそうなほど可愛らしかった。
「…………あの…………でも…………アメリア……様は、シャパル王国の人なんじゃ…………」
「アメリアで結構よ。シャパル出身だけれど、大陸三国で使われている言語は全て習得させられた経験があるのよ。もちろん、私のことが信用出来なければ断ってちょうだい」
「……………………あの。じゃあ、お願いします……」
よっぽど困っていたのだろう。
信用とは程遠い視線を送りながらも、アルロはおずおずと教科書を差し出してきた。
「任せて。ただし専門用語は不安があるから、あなたのその辞書を使わせてもらうわね」
時間には限りがある。
昼休み中に午後の授業で使いそうな部分の翻訳を済ませてしまいたくて、黙々と文字を書き連ねる。
アルロの無遠慮な視線を感じながらも、私はなんとか時間内に全ての作業を終わらせた。




