番犬は不在です3
ルカの居ない一週間は、とても長く感じる。
ぼっちの私は、食堂で一人寂しく昼食をとるしかない。話し相手のいない食事は、とても味気ない。
あと三日の我慢よ、と心の中で自分に言い聞かせつつ、黙々と手を動かす。
そうやって食堂の隅で静かに食事をしている私に、声が掛けられた。
「ここに座ってもいいかな?」
食事用トレーを手にしたテオドール様が、目の前に立っている。
正直、良くない。
この人と向かい合ってランチだなんて、酷く気疲れしそうだ。まだ一人ぼっちの方がマシだと思う。
しかし断るのも気が引けて、「どうぞ」と返事をした。
軽薄そうな笑みを浮かべながらも、テオドールのは美しい所作で食事を始める。こういうところは、さすが王族だと感心してしまう。
その顔面は眼福ではあるし、黙っていてくれれば一緒にランチも悪くない。
「ずっと君のことが気になっていたんだよね。よく吠える犬も居ないし、今日はゆっくり話が出来そうだ」
…………この人が、黙っているはずもないのだが。
「まぁ……。てっきりテオドール様の関心は、聖女様にあるのだとばかり思っていました。今日は昼食をご一緒されなくてよろしいのですか?」
テオドール様が毎日のようにエリーと昼食をとっていたところは、それほど広くない食堂内でしっかりと目に入る。
どうにか口説き落とそうとしているのは、誰の目にも明らかだった。
食堂内を見渡せば、エリーは中央付近の席で、シリルを含む数人の同級生たちと楽しそうにランチ中だった。
「エリーね。聖女という肩書きは、とても魅力的だよね。男慣れしてない純情そうな子だから、俺のこの顔と王子っていう地位があれば、ちょっと優しくしただけで簡単に落ちると思ったんだけどな……。ちっともなびいてくれないんだよ」
テオドール様が溜め息をつき、食器を置いた。
どうして私は、この人の恋愛相談にのっているような状況になっているんだろう。
「テオドール様は素晴らしいお方ですもの。簡単にとはいかなくても、想いを伝え続ければ、いずれ彼女にも届くかもしれませんよ?」
「駄目だね、あれは。既にレイノルド様が手をつけている」
「ごほっ」
不意打ちでその名前を出すのはやめて欲しい。
食事を喉に詰まらせて死ぬかと思った。
「シャパル王国は大陸一の国土を誇る大国だろう? しかもその国の王太子ときた。地位でも顔でも敵わないレイノルド様を想っていると言われたら、お手上げだ」
そう言って、大袈裟に両手を上げてみせる。
手をつけただなんて、言い方が悪い。
エリーがレイノルド様に好意を持っているというだけではないか。
抗議の視線を送っていると、突然その軽薄な笑みが消えた。
「──全く、面白くない。君もそう思わないか?」
「…………どういう意味でしょう?」
「君、レイノルド様と婚約していたんだってね。道理で見覚えがあるはずだ。いつかのパーティーで会ったね?」
「……!」
バレている。
それも当然か。何しろシリルが大声で何もかもを暴露している。こんな面白いネタを、貴族の学生たちが放っておく訳がない。
クラス内だけでなく、学園中に知れ渡っていると考えていい。
「聖女を害そうだなんて、とんでもない悪党一家だな。あのお優しいレイノルド様が、そんな君をどんな風に切り捨てたのか興味があるよ。国のために別れてくれと懇願されたのか、それとも罪人だと罵られた?」
テオドール様の顔に、普段と違う無邪気な笑みが浮かんでいる。楽しくて仕方がない、とでもいうように。
しかし話している内容は最低だ。性格が悪すぎる。
「お言葉ですがテオドール様、私はレイノルド様に切り捨てられた覚えはありません」
「君、あんなに大事に扱われていながらあっさり捨てられたのに、まだあの方の肩を持つんだ? 恨んでいないの?」
「レイノルド様のお気持ちがどうであれ、婚約解消は立場上避けられないことでした。それだけです」
きっぱりと言い切ると、テオドール様は不愉快そうにそのエメラルドの瞳を細めた。
「本当に面白くないな……。どいつもこいつもレイノルド様に夢中とはね」
「テオドール様はもしや、その……レイノルド様が、お嫌いなのですか?」
「ああ嫌いだね。非の打ち所がなくて人間味がない。何を考えているのかわからなくて、気味が悪いよ」
「全くもって同感です」
「えっ」
「あっ」
しまった。口が滑った。
気味が悪いは言い過ぎではあるが、私もレイノルド様のことは完璧すぎて怖いと常日頃から思っている。プレッシャーになるので、もう少しだけダメ人間であって欲しい。
あと、婚約中はずっと何考えているのかわからないと思っていた。
そのせいで、彼を疑うという黒歴史を刻んでしまった訳だが…………。
もちろん今は、全面的に信じると心に誓っている。
「散々庇っておいて、そこは同意するんだ?」
「気味悪いとかは思っていませんよ!? 完璧超人すぎて困るっていう話です!」
「ああ……困るよね。君も元婚約者なら、パーティーでの様子はよくわかっているだろ? 女性たちは皆、レイノルド様に釘付けになるんだから。一緒に踊っていても、あの方が近付けばダンスも上の空だ。この学園内でも同じようなことになってね、去年一年は本当に最悪だった」
「まぁ…………」
テオドール様の言うその様子が、ありありと脳裏に浮かぶ。レイノルド様ならば、さもありなん。
ただの嫉妬には違いないが、私が男性だったならば確かに面白くはないだろう。
「結局は顔と地位がものを言うんだと良くわかったよ。皆、上辺だけしか見ていないだろう。聖女にしたってそうだ。レイノルド様が相手ならば、誰も俺を選びはしない」
「それは……違うと思いますが」
否定の言葉がぽろりと零れる。
これ以上言うのは不敬だとは思いながらも、止まらなかった。
「上辺だけしか見ていないのは、テオドール様の方でしょう。レイノルド様は、どんな相手でも一人の人間としてきちんと向き合う姿勢を大切にされるお方です。だからこそ、多くの人に慕われているのでしょう。あなたはエリーと、『聖女』という肩書きを抜きにして、正面から向き合おうとされましたか?」
「……それは…………」
テオドール様が、私の顔を驚いたように見つめている。
それは驚かれるでしょう。
王族に対して、言い過ぎたわね……。
しばらく思案していたテオドール様は、私の物言いに怒ることなく頷いた。
「……そうだな。その通りかもしれない。君、そんな顔をしていながらはっきりものを言うんだ? 驚いたな」
「……。よく言われます」
私は一体どんな顔に見られているんだろう。
最近この件について指摘が多い。大人しくしているつもりなのに。
「ちゃんと向き合えば、俺を選んでくれる女性もいると思う?」
「もちろんです。誰であろうと、他には敵わない唯一無二の良さがあるはずです。レイノルド様も及ばない、テオドール様の良さがあります」
性格が悪いと思ったけれど、少々ひねくれているだけで案外素直な方なのかもしれない。
にっこり微笑んで励ましてあげた。
だからどうか明日からは、私をスルーしてまたエリーと仲良く昼食を食べて欲しい。
「そうか。それなら、アメリア」
「ひゃっ!?」
テオドール様の瞳が、興味深そうに細められている。
そしてその身を乗り出し、両手で私の手を包み込んだ。
「君が俺のことを選んで、それを証明してくれないか」




