義理の家族2
「叔父様。少しよろしいでしょうか?」
返事を待って、扉を開く。
執務用の机を前に、叔父は座って何やら書類を整理しているようだった。
朝日に照らされた室内は、なんだか少し埃っぽい。
「アメリア!? どうしたんだい? 王家の迎えは!?」
私の姿を見た叔父に、物凄く驚かれた。
本来なら屋敷にいておかしい時間でもないんですけどね。いつもが異常に早いだけで。
「叔父様とお話がしたくて、少し待っていただいています」
「そ……そうか。余り待たせすぎても申し訳ないな。話とはなんだい?」
叔父は困り顔で私を見た。
悪い人ではないけれど、気が弱く、流されやすく決断力に欠ける。当主としてはどうも頼りない、というのが私の叔父に対する印象だ。
叔父は、イルヴァーナ伯爵家の次男として生まれた。
次期当主として領地経営を学んで育った兄、つまり私の父とは違い、貴族として生きることに拘らず、自由を愛する人だったと聞いた。
そのため他家の貴族に婿入りすることを選ばず、市井の食堂で働いていた平民の女性と結婚し、それ以来平民として生きてきたのだ。
そういう気楽な生き方が、あいつには合っているんだ。
──そう言ったのは父だ。
父は、イルヴァーナ伯爵家の一人娘である私が王太子殿下の婚約者になってしまったが為に、私の王立学園入学を待って、跡取りとして親戚筋から養子の選定を始めていた。
その矢先に事故で亡くなってしまった訳だけれど、選定の際には叔父や、叔父の息子についての話は一切出ていなかった。
しかし急遽イルヴァーナ伯爵家を継ぐことになったのは、最も血縁関係が近い叔父だ。
本来なら貴族の生活とは無縁だった叔父家族。
義妹の言うように大変な状況に追い込まれてしまったのも、無理もないかもしれない。
「叔父様にお願いがあるのです。明日の私の卒業パーティーの時間に、ご予定は?」
「いや……。しかし、どうして?」
「エスコートをお願いしたいのです」
「えっ」
叔父は、顔を引き攣らせた。
もともと困り顔だが、これ以上ないほどに眉を下げている。
「いや、しかし……。アメリアには、レイノルド殿下という婚約者がいるだろう。殿下をさしおいてというのは、さすがに……」
まあそうでしょう。
そう思いますよね、当然です。
しかし私だって困っている。
「それが叔父様、パーティーは明日だというのに、殿下からは何のお誘いも頂いておりません。それどころか実は、帰国後一度もお会い出来ていないのです」
「ええっ」
最早レイノルド様のエスコートは見込めない。
とはいえエスコートなしでの出席は有り得ない。いい笑いものだ。
婚約者がいない女性は父親に頼むものだから、私は義理の父である叔父に是非お願いしたい。
もちろん、私の婚約者がレイノルド様だというのは周知の事実だから、彼以外にエスコートされようものなら、どちらにしろ笑いものにはなるだろうけれど。それでも一人きりよりは幾分マシだ。
「そんな、まさか……! 殿下が……」
叔父は真っ青になって震えている。
私が婚約解消されることを恐れているのだろうか。王家と縁続きになれる機会を失うかもしれないと考えれば落胆するのもわかるけれど、ちょっと大袈裟すぎる。
「そういう訳で、どうかお願いします」
「いやっ……。いや、アメリア……。悪いけどエスコートは出来ないな……」
叔父は慌てたように視線を忙しなく動かしている。
様子がおかしすぎる。よっぽどエスコートしたくないのだろうか。そこまで嫌われるようなことをした覚えはない。むしろ嫌われるほど、交流していない。
どんなに嫌がられようと、私だってここで引き下がるわけにはいかない。
私の外聞に関わる。ほんの数時間くらい、我慢していただきたい。
「まあ、困りますわ! 父親代わりは叔父様しかいないのですから」
大袈裟に声を上げると、突然叔父の肩がびくりと跳ね上がった。
私を正面から見据え、先程からちっとも合わなかった視線がぶつかる。
叔父の表情には、どこか怯えのようなものが見てとれる。
気のせいだろうか……。
訝しむ私に、突然大声が降ってきた。
「いやいや! 父親代わりなんてとんでもない! 絶対に駄目だ!!」
いや、なんでキレてんの?
「……………………そうですか。つまり私に、一人きりでパーティーに出席し、笑いものになれと?」
「いや、そんな事は言っていないよ……」
「仰っています」
叔父はこれ以上ないほど眉を下げ、冷や汗をかき始めた。
「いや、困ったな……。うーん……。そうだ、誰か、学園の友人にお願いしたらどうだい?」
「……わかりました。もう結構です」
冗談じゃない。
王太子殿下以外の男性を伴って出席すれば、それこそ何を言われるかわかったものではない。
そんなことにも考えが及ばない叔父には、これ以上の交渉は無駄なようだ。
……困ったわね。
このままでは、一人ぼっちで華やかな卒業パーティーに参加する羽目になる。
嫌味には慣れているとはいえ、私は鋼の心臓の持ち主ではない。大勢の好奇の目に晒されるのはかなり辛い。
陰鬱な気分で部屋を後にすれば、扉を閉める間際に、私よりもよっぽど顔色悪く落ち着きのない様子の叔父が目に入った。
…………なんだか、おかしいわね。
執務室の扉の前で、腕組みをして考える。
叔父は明らかに挙動不審だった。
そう言えば、ちっとも使用人の姿を見ない。
普段は私の出発が早すぎるせいだと思っていたけれど、本来この時間ならば忙しく働いているはずなのだ。
掃除だって行き届いていない。
この廊下もそうだけれど、当主の執務室が埃っぽいなんてどうかしている。
前々から叔父の領地経営は上手くいっていないのだろうという気はしていたけれど……。
どうやらいよいよまずいのかもしれない。
更にあの叔父の態度。
何かそれだけではない、違和感がある。
「嫌な感じがするわね……」
そう呟いて、私は玄関に向かった。