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その求婚は謹んでお断りします、王太子殿下  作者: 玖珠ゆら


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番犬は不在です2


 放課後、図書館の二階にある、メイソン先生の部屋を訪ねた。

 急にやって来た私を、メイソン先生は機嫌よく迎え入れてくれた。


「よく来たな、アメリア。ちょうど話がしたいと思っていた」


 前回とは違い、小さな丸椅子と紅茶まで用意してくれる。

 椅子に座り、メイソン先生と向き合った。



「話は聞いている。魔術実技の授業で、魔道具の的を壊したそうだな? 前代未聞だ。やはりお前は、並外れた魔力の持ち主だな。素晴らしい」


 メイソン先生はなんだか嬉しそうだ。

 魔術実技担当の教師は、こんな風に褒めてくれなかった。


「魔道具を壊したことを怒られました」

「あれはかなり高価だからな。魔力コントロールの練習をした方がいいだろう。感情と魔力のコントロールは、密接に関係している。特に強い怒りの感情は、魔力暴発の切っ掛けになり得る。ピアスをしていても、気を付けた方がいい」

「…………怒ってましたので」

「俺が魔力コントロールの仕方を教えよう。お前の魔力は大きすぎる。恐らく、しばらく魔術の使用を禁止されるだろうからな」


 メイソン先生だけは、他の教師と違い私に優しい。

 私の魔力量が多いことが証明されて、更に株が上がっている気がする。



「メイソン先生。私、そういう話をしに来た訳ではないんです」

「ああ。…………ルカのことか」


 固い表情を崩さない私を見て、メイソン先生も笑みを消した。


「ルカは教会を攻撃したりしていません。たまたまあの場にいて、風魔術が使えるから犯人だと決めつけるのは、乱暴すぎると思います」

「そうだな。俺も、ルカがやったとは思っていない。あいつはそんな考え無しではないだろう」

「だったら謹慎を取り消してください」

「すまないが、俺には生徒の処分に口を出す権限は無い」

「…………学園長というのは、ただの飾りですか?」


 思わず、苛立ちのままにはっきりとした皮肉が口から零れた。

 メイソン先生はその灰色の瞳を少しだけ見開き、苦笑いした。


「お前は、顔に似合わず物言いがきついな」

「よく言われます。きっと育った環境のせいでしょう」


 評判が良すぎる王太子の婚約者なんて、大人しくしてたらやっていられないのだ。

 けれどメイソン先生は、その言葉を違う意味に捉えたようだった。


「そうか……。俺はマリアナージュの外のことには興味もないし、疎いからわからないが……。お前は平民なのに、立ち振る舞いは貴族そのものだからな。きっとここに来るまでに、大変な苦労があったのだろう」

「まあ……そんなものです」


 私の身の上話をするのは面倒なので適当に頷いておいたが、メイソン先生は私を憐れみと熱のこもった瞳で見つめてきた。

 なんだか私に対する妙な感情を上乗せさせてしまったのかもしれない。失敗した。



「お前のために何でもしてやりたいが、ルカのことは力になれなくてすまない。俺があの時ここに居れば、教会を誰が攻撃したのか、はっきりしたんだがな。運悪く、仕事で留守にしていた」


 そう言って、メイソン先生は窓へと目を向けた。

 大きな窓からは、瓦礫の中に建つ教会が一望出来る。


 

「本当に……ただの飾りだな、俺は」


 ぽつりと呟いたメイソン先生の表情は、険しいものだった。

 酷く何かを悔いているような。

 

 だから私は、わざと責めるように口を開いた。

 


「メイソン先生のお仕事は、教会を見張ることですものね。一番大事な時に居なかったとなれば、飾りと言われても仕方がありません」

「!? 何を、馬鹿な……」


 ずっと、気になっていた。


 何故マリアナージュ最強と言われる魔術師であるメイソン先生が、学園長でありながら学園から離れた図書館の、こんな小部屋に篭っているのか。

 目の前には教会。無関係なはずがないのだ。


 メイソン先生ほどの魔術師が見張る必要がある、その理由がこの崩れそうな教会にあるとするならば────



「『災厄』は、この教会に関係があるのですね?」

「……!!」



 メイソン先生のその表情に、正解だと確信する。


「やっぱり……。強い風魔術を受けてもこの古い教会に被害がないのは、結界が張られているからですか?」


 事件の翌日、魔術研究専門の白星塔ばかりでなく、結界維持管理専門の赤星塔の魔術師まで調査に来ていたと聞いて、不思議に思ったのだ。


 そして恐らく、結界はもとは何重かに重ねてかけられていたはずだ。


 風魔術を受け、一つ目の結界が壊されたのだ。

 あの時教会の近くにいた私だから知っている。

 風魔術とは関係のない何かが割れるような音と、空に上がった強い光。

 あれこそ、結界が壊されたためのものだったのだろう。



 残る結界が幾つなのかは確かではないけれど、あと一つになってしまったとしよう。

『災厄』は、結界が二つとも壊れれば、起こってしまうものだとしたら……?



「もしかして、聖女の役割こそ、光魔術による特殊な結界を張ることなのでは……? 教会に結界を張り、『災厄』を防ぐために」 


 だからこそ、一年生の魔術実技を急いだのではないか。ルカの二の舞いにならないように、なんてただの口実だ。

 本来の目的は、エリーが光魔術に慣れ、結界を張れるようにすること──。

 

 でも彼女は、魔術を使えない。


 

 『災厄』が起こる未来が、もう目前に迫っているかもしれないのに、だ。

 


「結界の残りは一つですか!? 大変なことになって──」

「アメリア!!」


 メイソン先生が、私の言葉を大声で遮った。



 我に返り、思考の海に溺れていたところから浮上する。


 恐ろしい想像をしているうちに、いつの間にか全身が強ばり、背中に嫌な汗をかいていた。

 


 

 メイソン先生が立ち上がり私のそばまで来て跪き、そっと背中を撫でてくれた。


「アメリア、お前は賢すぎる。知らなくていい、知ってはいけないこともある。これ以上は聞かないでくれ。そして忘れろ。この役目はお前ではない、俺がやるべきことだ」


 きっとメイソン先生の言う通りだ。

 知ったところで学生の私には何も出来ない。


 それでも、気付いてしまったことはなかったことにはならないし、当然簡単に忘れることなど出来ない。


 

「先生…………」

「そんな顔をするんじゃない。もう、今日は帰った方がいい」


 メイソン先生が、渋い顔をしながらも優しく手を取り、私を立ち上がらせた。

 そしてそのまま、扉まで手を引かれる。


 部屋の扉を開けたメイソン先生は私だけを部屋の外へ出した。

 繋いだ手に力が込められる。それは一瞬のことで、すぐにメイソン先生の手は離れていった。

 


「いいか。もうこの話は終わりだ。だが、また明日ここへ来るように。魔力コントロールは、俺がお前に教えたいんだ」


 扉を閉める間際、なんだか切実な様子でそう言われ、私は頷くことしか出来なかった。

 

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