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その求婚は謹んでお断りします、王太子殿下  作者: 玖珠ゆら


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番犬は不在です


「ルース!」


 シリルが魔術を放つと、地面がボコボコと盛り上がり、一メートル程の高さの位置にある的に当たった。

 的は壊れることなく、そのまま盛り上がった土を全てを吸い込んでしまう。

  この的は、魔術練習用の魔道具なのだ。



 見事に土属性の魔術を使用してみせたシリルは、離れた場所から見学していた私を見やり、得意げにふふんと鼻を鳴らした。


 本当にいけ好かない男だ。

 ただでさえ鬱憤が溜まっているのだ。うっかりシリルを的代わりにしてしまう前に、態度を改めて欲しい。



 魔術実技の授業が始まったけれど、私の隣にルカはいない。


 教会での事件の翌日、私とルカは寮での待機を言い渡された。

 白星塔と赤星塔の魔術師たちによる調査が入り、あの場で風魔術が使用された痕跡があると判明した。


 ルカも風の属性持ちだ。

 完全に状況証拠だけでルカが犯人とされ、一週間の謹慎処分となってしまった。


 もちろん私は猛抗議した。しかし教師たちは全く聞く耳を持ってくれなかったのだ。


 ルカのように興味本位で魔術を使用し大惨事になる前に、という理由で、予定を大幅に前倒しして一年生にも魔術実技の授業が開始されたのだが、全く納得がいかない。



 いつもならば、理不尽なことには私以上にルカが怒ってくれた。

 その態度や口の悪さを咎めてばかりいたけれど、こうしてルカが居ないと苛立ちばかりが募る。

 彼の存在の大きさを心の中で再確認しながら、授業の進行を眺めていた。



 

 学園の裏手、森をぽっかりと切り開いた形で、この魔術練習場はつくられている。

 危険がないよう教師の指導のもと、一人ずつ順番に実技を行う。


 シリルの次は、エリーの番だった。

 酷く顔色の悪いエリーに、シリルは「思い切り力を込めれば簡単だ」などと上から目線のアドバイスをしている。


 エリーはシリルの言葉も教師の説明も、まるで耳に入っていないように的をじっと凝視し、泣きそうな顔になっている。

 皆に注目され、期待の眼差しを向けられ、町でのトラウマを思い出すなと言う方が難しいだろう。 

 遠目にも、左耳のピアスに触れるエリーの手は、震えているように見えた。


 しばらくそのまま動けずにいたエリーは、しかし意を決したように指先を的に向ける。



「…………ルース」



 消え入りそうなか細い声だった。



 光魔術と言うくらいだ。

 きっとその魔術は、光を発生させるのだろう。

 どんな色なのか。眩しく輝く光か、それとも穏やかな優しい光か。


 的に注目が集まる。

 

 その希少な魔術は、どんな奇跡を見せてくれるのだろう。

 



 ────けれど。


 何も、起こらなかった。



 森の中は静かで、遠くから鳥の囀りが聞こえてくるばかりだ。



 エリーの魔術は失敗したのだ。


 彼女は両手を口元に当て、立ち尽くしている。今にも倒れそうな程に真っ青になっていた。

 シリルが真っ先に駆け寄って肩を抱き、ゆっくりと見学席まで連れて行った。



 威力の大小あれど、皆が魔術を成功させていた。

 たった一人失敗したのがよりにもよって聖女とあって、何とも言えない気まずい空気が漂っている。


 しかも次は私の番だった。最悪だ。



 名前を呼ばれ、仕方なく見学席を立つ。

 シリルとエリーの前を横切る時に、シリルの足がさっと伸びてきた。


 また私を転ばせようとしたのだろう。馬鹿の一つ覚えか。

 わざとその足を軽く蹴飛ばしてやったら、物凄い形相で睨み付けてきた。


「貴様! 令嬢に有るまじき足癖の悪さだな! 殿下に愛想をつかされ婚約破棄されるのも納得だ!!」

「…………」


 足癖が悪いのはどっちだ。

 ついでに王家の正式発表で、婚約破棄ではなく解消となっている。無知め。


「ふん。駄犬がそばに居ないと静かだな! いっそあの犬、二度と顔を見せずに退学にでもなればいい」



 ルカはずっと男子寮の個室から出られないでいるため、謹慎が決まってから一度も会えていない。

 でも、彼が言うであろうことはわかり切っている。

「オレがいない間は、絶対に大人しくしてろ」だ。


 ルカが疑われてしまうことになった責任は私にある。

 せめて心配だけはかけないよう、ちゃんと大人しくしているつもりだ。


 シリルの相手になんか、なってやらない。


 ──そう、決めたのだけど…………。



 練習場の中央に立った。

 的までの距離は、五メートルほどだ。



 とにかく私はムシャクシャしていた。

 色々気に食わないが、何より一番に、自分自身に腹が立って仕方がないのだ。

 ルカが傷付くのも悪く言われるのも、いつも私のせいだ。



 的を睨み付けるようにして、左耳のピアスに触れた。

 指先に感じる魔力が、今日は炎のように熱い。


 苛立ちをぶつけるつもりで、勢いよく的を指さす。


 

「ルース!」



 魔力解放の呪文を唱えると、的の前方に巨大な滝が現れた。


 轟々と唸るような音をたて、噴き出した水が的に吸い込まれていく。



 初めて魔術を使った時と同じ…………ではなかった。

 水の勢いは見る見るうちに増し、的へ真っ直ぐに向かう水柱は、直径三メートルほどになっている。

 その水量の多さに、的はぶるぶると震えながらも辛うじて全てを飲み込んでいる。



 

 ……これはちょっと、やりすぎかもしれないわね……?


 そんな考えが頭を過ぎった、その瞬間。


 耐え切れなくなった的が真っ二つに割れ、吹き飛んだ。

 吸い込まれる先を失った大量の水が、その奥の森へと噴出し、勢いの余り木々を薙ぎ倒していく。

 

 鉄砲水が起こったら、きっとこんな感じだろう。

 森の奥、かなり先までこの一帯を荒れ地へと変貌させ、水は止まった。

 


 

「………………」


 

 どうしてこうなった。

 

 ルカに、魔力コントロールの方法を教えてもらっておくべきだった。



 後悔で、森でなくなった元森の現状をぼんやりと見ていた私は、ふと強い視線を感じて振り返った。


 もちろん予想通り、全員が私と元森を、信じられないというような顔でみている。

 そして。


 

「あ…………あ…………アメリアああああ!!!!!」




 魔術実技担当教師の怒号が、森の中で響き渡った。

 

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