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その求婚は謹んでお断りします、王太子殿下  作者: 玖珠ゆら


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ランチタイムの罠


 シリルに、足を引っ掛けられた。


 そう理解した瞬間には、もう体は倒れかかっていた。

 食事用のトレーが手を離れ、目の前に机の角が迫る。


 

 ────あ、ぶつかる。


 

 思わず目をきつく閉じると同時に、思い切り手を引かれ、今度は体が後ろへ傾く。




「ルース」



 ルカの呟くような声に驚いて目を開けると、後ろから抱き止められていた。

 ルカが引っ張って助けてくれたのだとわかり、お礼を言おうとして、息を飲む。



 手を離してしまったために、床に落ちるはずだったトレーや食器が、ふわりと不自然に浮かんで、テーブルの上に綺麗に並んで静かに落下した。


 

 ────風の魔術だ。



 その有り得ない光景を見れば、他に考えようがない。

 私だけでなく、呆然としているシリルも、周りにいた生徒たちも、皆そう思っただろう。



「…………信じられない…………」


 シリルが目を見開いてぽつりと零した。



 それもそのはずだ。私だって、信じられない。


 一年生は、まだ一度も授業で魔術の使用を許されていない。それなのに、ルカはいとも簡単に魔術を使ったように見えた。

 

 魔力のコントロールは難しいはず。

 現に私が初めて魔術を使ったあの日、バケツの水をイメージしながら洪水を起こしてしまった。


 ルカが使った魔術には、繊細な魔力コントロールが必要なはずだ。

 入学したての一年生が咄嗟に出来るような行いではない。



 体にまわっていたルカの手を解き慌てて振り返るも、彼は平然としている。


「お嬢、怪我は?」

「…………ないわ。お陰様で」

「そう」


 ルカは頷くと、私の体から離した手で、今度はシリルの胸倉を乱暴に掴んだ。

 

「お前! 平民のガキでもやらねーような幼稚な嫌がらせを誰にやったかわかってんのか? 万一怪我でもしてたら殺すとこだ」

 

「ひぃっ……!!」


 

 まずい。ルカが本気で怒っている。


 プライドだけは無駄に高いシリルが公衆の面前で謝罪するとも思えないし、ルカがシリルに手を出してしまったら大問題だ。



「ルカ! よしなさい」

「…………また『待て』かよ。オレは、お嬢の犬になった覚えはねーんだけど」 

「わかってるわよ! あなたは優秀な護衛だわ。守ってくれてありがとう。だからこそ、私もあなたには問題なく卒業してもらいたいのよ。こんなことで騒ぎを起こしていては、あなたの主人に顔向け出来ないじゃないの!」

「…………こんなこと?」

「いいから行くわよ! ルカ」

「……………………………………わん」


 


 犬扱いしたことを相当根に持っているようだが、トレーを持って歩き出すと、大人しくついてきた。


 多くの視線を感じながら食堂から出ようとすると、一人だけ面白そうに笑みを浮かべるテオドール様と目が合った。



 


 人目を避けて、学園内の第二庭園へやって来た。

 第一庭園はとても広く、花壇に沢山の花が咲き、所々にガゼボもあるため、いつも賑わっている。

 一方第二庭園は、ただ芝生が広がっているだけの上に陽当たりもあまり良くないので、全く人気がない。


  

 庭園の片隅の、たった一脚ぽつりと置かれたベンチにルカと並んで座る。

 ルカは仏頂面のままだけど、シリルと離れたことで、激しい怒りはおさまったようだ。空気感でそれが感じ取れた。



「ねえルカ。本当に感謝しているわ。あなたが助けてくれなかったら、怪我をしていたかもしれないもの。いつもありがとう」

「…………オレはお嬢の護衛だから。やっぱ物理的にも、守る必要があるってわかった」

「こんなこと、もう二度とないと思うけどね」

「どうだかな。お嬢から目は離せねーよ」


 先ほどルカのことを護衛だと言ってしまったことを後悔した。

 せっかく少しづつ友人同士としての付き合いが出来るようになるかと期待しかけたタイミングだったというのに……。

 学生であるはずのルカを、いつまでも護衛として縛り付けてしまっている。


 

 そして、それもこれも全てあの男のせいだ。

 シリル・エデル、許すまじ。


  

「そう言えば、あなた魔術を使ったの、これが初めてではないでしょう? 驚いたわ。凄いじゃない」

「そりゃ…………すげー練習したから」

「自己流で? そんなことって出来るものなの?」

「出来ねーよ。殿下に仕込まれたんだよ」

「でっ…………!」


 なんか今、聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする……。



「お嬢の護衛になる時に、ちょうど15歳になって魔力測定受けて、魔力量が多いのはわかったから。魔術で攻撃受けた時でも対応出来るように、ってすげーしごかれたんだけど。あの人おかしくない? お嬢が魔術師に狙われるって、どういう状況? 有り得ねーだろ」 

 

「まっ……待って待って待って!!!」



 ツッコミどころが多すぎないか。


 つまり、三年前だ。

 あの頃、レイノルド様は学園の勉強と王太子としての執務で、ルカは私の護衛として付きっきりの上に武術・剣術の鍛錬で、共にとんでもなく忙しかったはずだ。

 どこにそんな暇があった。


 そもそも、魔力安定のピアスなしでの訓練で魔力放出を実現し、更に繊細な魔力コントロールを可能にしてしまうなんて、ルカの能力が高すぎると思う。

 武術・剣術に長けていて、更に魔術も自在に操ってしまえば、もう最強だ。私の護衛なんかには勿体なさすぎる。


 何より、三国平和同盟。

 一国の王太子殿下が魔術師を個人的に抱え込んで、しかも魔術の指導までしていたら、完全にアウトなはずだが……。

 


「ほんとにまって……レイノルド様が、同盟違反だなんて……」

「あ、それ? オレは魔術学園に通ってないから魔術師じゃない、だから問題ないって殿下が言ってたけど?」

「大丈夫なはずないわよ! 揚げ足とるみたいな理屈ね!? それ本当にレイノルド様が言ったの!?」

「……お嬢ってさ、殿下のこと何だと思ってんの? あの人、結構いい性格してるからな」


 

 いい性格って、どういう意味だ。


 疑問に思ったけれど、呆れたようなルカの目を見たら、これ以上聞くのが怖くなったのでやめておいた。

 

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