夕闇に染まる教会で
図書館を出た時には日が暮れ、空は夜の色に染まり始めていた。
「遅くまで付き合わせてしまったわね、ルカ。ありがとう」
「別に。オレは、お嬢の行くとこについてくだけだ」
知っている。
だから、来なくていい、とも、付き合ってくれ、とも一々言わない。
結局マリアナージュにいても、ルカはずっと護衛のように振舞っている。
「ルカって、マリアナージュが世界一安全な場所だって言われてるの、知ってる?」
結界に守られ、限られた者しか入れないのだ。
だからこそ王子であるテオドール様も一人で行動しているし、レイノルド様でさえ護衛なんてつけられずに二年間過ごしたはずだ。
「オレがお嬢を守ろうとしてんのは、物理的な攻撃からじゃなくて悪い虫からなんだけど」
「は……?」
「だからさ、いい加減にしてくんない? あの軟派な王子といい学園長といい、変な男にばっかりちょっかいかけて興味持たれんの、迷惑なんだけど」
酷い言いがかりだ。
私はちょっかいなどかけていないし、仮に彼らから興味を持たれていたとして、ルカに迷惑がかかることはない。
「あ! もしかして、ルカって人見知り? 大丈夫よ。あなた口は悪いけど優しいから、慣れれば絶対に私以外とも仲良くなれるわ」
「……………………そうじゃねーんだけど」
ルカは不機嫌そうに眉根を寄せている。
不思議に思いつつも、学生寮へ向かって歩き出そうとして、足を止めた。
「ねえ! 最後にもう一ヶ所、寄り道していい?」
「好きにすれば」
図書館のすぐ奥に、とても小さくて古い教会が建っている。
通りからは隠れて見えないから今までその存在に気が付かなかったのだけれど、メイソン先生の部屋の大きな窓から、その教会が目の前に見えた。
誰の目にも触れない場所にひっそりと建っていることがなんとなく気になって、寄り道してみたくなったのだ。
教会の前まで来ると、夕闇の中でそこだけまるで幽霊でも出そうな佇まいだった。
何しろ朽ち果てかけている。誰からも忘れられたかのように、修繕された形跡が全くない。屋根に穴が空いているので、きっと雨漏りが酷いだろう。
敷地内は草が生い茂り、建物全体にもツタが絡んでいる。
不釣り合いな高い塀に囲まれた教会は、入り口の扉と門の扉それぞれに、いくつもの南京錠がぶら下がっていて、立ち入ることが出来なくなっていた。
「え、寄り道ってここ? 肝試しでもしたくなったわけ?」
どこへ行くにも文句を言わないルカが口を挟むほど、おおよそ寄り道には相応しくない場所に見えたのだろう。
「お嬢って、たまに何考えてんのか全然わかんねー時あるよな」
「そうよね。私も、わからないんだけど」
「は? やば」
ルカが変なものでも見るような目で見てくる。
自分でも、どうしてこんな古びて朽ち果てそうな教会に来てみたいと思ったのかがわからない。
ただ、どうしても足を運ばなければいけない気がした。
足を進め、教会の門のすぐ前に立つ。
無意識のうちに胸の前で手を組み、祈りを捧げるようにしていた。
何を祈るわけでもないのだけれど、しばらくの間そのままの形で閉じていた目を開け、ルカに向き直る。
「さあ、帰りましょうか。あまり遅くなると、寮の夕食を食べ損ねてしまうわね」
「もういいの?」
「ええ。明日また来るわ。出来れば毎日来たいんだけれど」
「はぁ……。ま、いーけど」
溜め息をつきながらも、ルカはどんなことでもちゃんと付き合ってくれることを知っている。
いつの間にか二歩後ろではなく、並んで歩いてくれるようになったルカと共に、星が輝き始めた空の下、帰路へついた。
◇◇◇
数日後。学園内の食堂で、今日も今日とてルカと二人で昼食をとる。
何しろ私は他の生徒たちから避けられている。未だ友達は一人も出来ていなかった。ルカがいるから別にいいけど。
向かい合ってルカと座って食事をとっていると、ふとそのピアスが目に付いた。
「ルカ、ピアスの色が変わったわね。綺麗な緑色だわ」
黒い髪に藍色の瞳という暗めの色が多いルカの顔周りに、鮮やかな緑がとても映えている。
魔力属性によって色が変わるというピアス。
水が青、火が赤、土が黄色、そして緑色は風属性の証だ。
「お嬢のはやっぱり青なんだな」
私の水魔法を思い切り浴びた被害者なので、青いピアスを見て納得の表情である。
ちなみに光属性の聖女エリーのピアスは、白く変色していた。光が当たると虹色に輝く、とても美しい色だと話題になった。
そのエリーは、今私たちの近くの席でテオドール様とランチ中である。
初対面での印象通り、魔術学園でも女性との浮き名が絶えないと有名なテオドール様は、現在聖女様に夢中だと専らの噂だ。
テオドール様はにこやかに話しかけているようだが、エリーは笑顔を見せながらも相変わらず戸惑うような様子だった。
わかる。
私もテオドール様は苦手だ。
あの女慣れし過ぎている感じが、どうにも合わない。思ってもいないお世辞での褒め殺しなんて対応に困る。
食事を終えようとした頃、すぐ側に誰かがどっかりと座った。
乱暴に食事用トレーを置いた仕草に驚いて見ると、シリルだった。
…………どうしてわざわざ、ルカの横に座る?
シリルは明らかにいらついている。
全身で不機嫌を表している。
エリーをテオドール様にとられた八つ当たりでもしに来たのかもしれない。いくらシリルでも、王族には食ってかかれないだろう。
そんなシリルの傍で食事をすれば、せっかくの料理も不味くなりそうだ。ほとんど食べ終わっていて良かった。
シリルは感じ悪く、私とルカを一瞥した。
「アメリア・イルヴァーナ、お前は相変わらずその躾の足りない犬といるのだな。犬はここでなく、外で食事をさせろ」
なんて失礼な男だ。ルカは犬は犬でも、シャパル王家の犬だ。その辺の野良みたいな扱いは許せない。
大体、言っていることはテオドール様の受け売りではないか。嫌味くらい自分の頭で考えられないのだろうか。
「おい、無視か? さっさとその犬を連れてどこかへ行け!」
「…………まぁ。余りにあなたの発言が愚かで思考停止していたわ。私たちが気に入らないなら他所へ行ってちょうだい。他にいくらでも席は空いているわよ? それにルカは、とてもお利口なの。ここで食事をしていて、何か周りに迷惑をかけていて?」
「目障りだと言っているんだ! その顔を見ているだけで、食欲が失せる!」
全くもって話の通じない男だ。
相手をしたことを後悔した。
「それはこっちの台詞だわ。ルカ、行きましょう」
トレーをもって、席を立つ。
シリルの脇を通り過ぎようとした時、足が何かに引っかかり、体がぐらりと傾いた。




