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その求婚は謹んでお断りします、王太子殿下  作者: 玖珠ゆら


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マリアナージュ魔術学園4


 光魔術を見せて欲しい。

 

 そう言っただけなのに──。


「ご……ごめんなさい……!ごめんなさい……!」


 エリーは真っ青になり、謝罪を繰り返している。


「ちょっとエリー、落ち着いて? 何故謝るの?」

「ごめんなさい……! 私、魔術を使えないから……!」

「…………魔術が、使えない?」

「……っ、ごめんなさい……!」 


 

 教室に残っていた生徒たちが、何事かと視線を送ってくる。

 今日は何かと注目を浴びる日だ……。

 しかも、これはかなり具合が悪い。傍からは、私がエリーを虐めているようにしか見えないだろう。

 なんとか宥めなくては。


  

「エリー、大丈夫よ。マリアナージュに入学出来たのだし、何よりあなたは聖女と認められたのよ。魔術が使えないはずないわ」

「でも……! 聖女なのに、役立たずで……! 町のみんなもがっかりして……」

「………………町のみんな、ね」



 なんとなく理解出来た。


 平民のエリーが聖女様だとわかったならば、きっと町中大騒ぎになっただろう。

 そして聖女様が回復治癒魔術を使えるというのは知られているから、皆その力の恩恵を受けたいと思うのは当然だ。恥ずかしながら私も、真っ先に思い立ったのはそれだった。


 親しい人、顔見知りの人ばかりでなく、知らない大勢の人々までもが、彼女のもとを訪れ、魔術を受けたいと願い出たならば。

 望みに応えようとしたものの、何の知識もない彼女が魔術を使えず、心無い言葉を投げかけられたならば。 



 エリーの自信の無さも、この怯えた様子も、納得だ。

 きっと辛い思いをしたのだろう。

  


 軽率な言葉で傷付けてしまった。

 勝手な都合を優先して考えが及ばなかった自分自身に腹が立つ。


 

 そしてそれ以上に、エリーは悪くないのだから、謝らず前を向いて、自信を持って欲しい──。



「エリー、私が悪かったわ。あなたはまだ、今日入学したばかりなのだから、魔術を使えるのはこれからよ。誰が何を言おうと、たった一人の聖女であるあなたに代わる者はいないのだから、胸を張って……」

「アメリア・イルヴァーナ!!!」



 私の言葉は、大きな声に遮られた。



 今はもう名乗れない、イルヴァーナの名を呼ぶその声に、嫌な予感しかしない。



「…………シリル・エデル」


 教室の入り口に立ち、その顔に怒りを滲ませているのは、伯爵令息のシリル・エデルだった。

 彼とは王立学園で同級生だったが、あまり仲は良くなかった。

 彼の姉がレイノルド様に懸想しており、婚約者の座をしつこく狙っていたせいか、私は随分敵視されていた。


 

 入学式の時からその存在には気付いていたけれど、最悪なタイミングで絡んできたわね……。



「貴様どういうつもりだ! 聖女様を脅したのか! 恥を知れ!!」

「急にやって来て、随分な言いがかりね。根拠なく人を貶めるなんて、そっちこそ恥を知りなさい」

「よくもそんな生意気な口がきけたな……!」


 全く人の話を聞かないシリルに、溜め息が漏れる。

 この男はこれだから、相手をするのが疲れるのだ。


「エリー、大丈夫か!? この女には二度と近付かない方がいい」

「ちょっと。今、私がエリーと話をしていたのよ?」

「何が話をしていた、だ。こんなに怯えているじゃないか! やはりイルヴァーナ家の人間だな。悪党の血が流れる女は恐ろしい!」

「…………は?」



 レイノルド様の描いたシナリオに乗っかって、私だけが罪から逃れることは私が拒否した。

 卒業パーティーでのあの様子からも、叔父の行いは社交界にしっかり広まったのは間違いない。

 だからこうして非難されるのも想定内、と言えなくもないが……。

 


 

「この女は、聖女エリーを殺そうとしたイルヴァーナ伯爵家の娘だ!!」


 教室内に、シリルのやたら大きい声が響いた。 




 ……あー、終わったわ…………。

 私の平穏無事な学園生活、初日にして全て終わった。


 事情を知る同じシャパル王国出身者から、避けられたり距離を置かれたりは覚悟していたけれど、こんな風に宣言されるとは……。

 配慮というものを知らないこの男を舐めていた。



 教室内が静まり返り、私へと白い目が向けられているのを感じ取り、シリルは気を良くしたようで、更に畳み掛ける。

 

「王太子殿下の婚約者でありながら当主が罪を犯すのを看過し、殿下に捨てられたのだからな!! 平民に落とされただけで済んだことに感謝し、もっと慎ましく振舞ったらどうだ!? 図々しくもエリーと同じ魔術学園に入学し、脅して怯えさせるなど、厚顔無恥にも程がある!!」


「……………………」



 概ね間違ってはいない。それにしても物凄い悪意を向けられている。

 色んな意味で精神的ダメージが大きく、もう小さな間違いを訂正する気力もない。



「……あの…………」


 話題の中心人物でありながら、ずっとおろおろするばかりだったエリーが、ようやく口を開いた。


「あぁ、エリー、この女の正体を知り、恐ろしくなったんだな? 大丈夫だ、今後こんな女は近付けさせない」

「あの……! アメリアが、レイノルド様の婚約者だったって、本当ですか?」

「本当だが」

「……!」



 今聞くべきなのは、そこじゃないのでは?


 そう思ったけれど、エリーの表情を見てはっとした。



 

『婚約者』


 その言葉に、私とレイノルド様が婚約していたという事実に、彼女は傷付いている。

 


 

 考えるまでもなかったのに、今まで気付かなかった私は馬鹿だ。


 平民として暮らしていたエリーが、突然聖女だと言われ、戸惑い傷付き、その上命まで狙われたのだ。

 そこへ助けに現れたのが、見目麗しく優しい王子様だったなら……?

 お城へ連れて行かれて、大切に扱われ、舞い上がらないはずがない。


 何しろ、相手はあのレイノルド様なのだ。

 誰だって恋に落ちる。




 確信を持ってエリーを見ると、目が合った途端、彼女は私からさっと視線を逸らした。


 …………嫌われたわね、確実に。

 自分の命を奪おうとした男の娘であり、好意を寄せる相手の元婚約者と知れば、絶対に仲良くしたくはないだろう。



「行こう、エリー」


 シリルが私をきつく睨みつけ、エリーを連れて教室を出て行った。

 エリーはもう、一度もこちらを見ることはなかった。



「お嬢どーする? あいつ、潰しとく?」


 少し離れた席に座ったまま、ずっと私たちの様子を見ていたルカが、物騒なことを言いながら近付いてくる。

 

「余計なことはしなくて結構よ」


 そう答えながらも、なんだか頭を抱えたくなった。

 

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