マリアナージュ魔術学園2
突然現れた如何にも高貴そうな見目好い男子生徒に、教室内全員の視線が向けられている。
痛いほど注視されているというのに気にした様子もなく、当の本人であるテオドール様はふっと微笑んだ。
その軽薄そうな笑みで、高貴なオーラは霧散する。
一気に台無しにしてしまうこの感じ、本当に勿体ない。
「聖女様って、どの子?」
「え……!? わ、私です……!」
テオドール様に問われ、躊躇いがちに聖女様が返事をした。
彼の正体を知らない聖女様が、不安げに周囲に視線を送ったので、その中の一人が答える。
「ディアナ王国の第三王子、テオドール様です」
「えっ! 王子様!?」
驚く聖女様の前までやって来たテオドール様が、満足そうに彼女を見下ろした。
「そう。二年生。君の名前は?」
「エリーです! よろしくお願いします」
「うん。聖女としてのエリーの働きに期待しているよ。何か困ったことがあったら、俺を頼るといい」
「あ……ありがとうございます」
他国の王子に声を掛けられ、聖女エリーは恐縮しきりのようだった。
平民だった彼女には刺激が強そうだけれど、入学早々王族まで挨拶にやって来るとは、さすが聖女様。
「俺のこと、よく覚えておいて。エリー、またね」
テオドール様は気安くエリーの肩に手を置きそう言うと、踵を返した。
エリーは驚いて何も言えずに、赤くなっている。
…………軟派なのよね、テオドール様は…………。
テオドール様と会ったのは、ただの一度きり。
レイノルド様の公務に付き添って、隣国ディアナを訪れた時のことだ。
共にパーティーに参加した時に、簡単にご挨拶をさせてもらった。
『テオドール、紹介するよ。私の婚約者、アメリア・イルヴァーナだよ』
『わぁ! レイノルド様の婚約者だけあって、とてもお美しいね。今夜女神に巡り会えた幸運に感謝しよう。一曲俺のダンスの相手をしていただけないだろうか?』
『悪いけど、慣れない他国でのパーティーに彼女も疲れているんだ。君と踊りたがっている他の大勢の女性たちに譲らせてほしい』
息をするように賛辞の言葉を述べられびっくりしたけど、レイノルド様があしらってくれた。
その後もテオドール様は、視界に入った女性全てを褒め讃え、次々とダンスに誘って踊っていた。
あの時、ほとんど言葉を交わしていない。
なかなか強烈なお方だったので、しばらく目で追ってしまい印象に残っているけれど、向こうはきっと私のことなど覚えていないだろう。
けれど、その方が好都合だ。
私の目標は、とにかく平穏無事にこの魔術学園を卒業すること。
王立学園在学時は、立場的に嫌でも目立って仕方がなかったぶん、ここでは目立たず、揉め事に関わらず、静かに学園生活を送りたい。
────と、思っていたのだけれど。
すれ違いざまに、テオドール様と目が合った。
なんとなく目を逸らしたのが不味かったのか、彼は私の目の前で足を止めた。
…………まさか。
たった一度のパーティーで、ほんの少し対面しただけだ。
彼はあの晩何十人もの女性に声を掛けていたのだから、いくらレイノルド様の婚約者として紹介されたとはいえ、平凡な私の顔を覚えているはずがない。
そう思いながらも、背中に嫌な汗が流れた。
知らんぷりしてルカに話しかけて誤魔化そうとした時、とうとう声を掛けられた。
「ねぇ、君」
「なっ……なんでしょう?」
「君は、どこかの国の姫君ではないだろうか」
テオドール様がおかしなことを言い出した。
大丈夫かこの人。
「は、い……? まあ、ご冗談を。私はただの平民です」
「本当に? 信じられないな! いつかのパーティーで会ったことがあると思うのだが」
恐るべし。
大正解だ。なんという記憶力。
「私は正真正銘平民ですので、きっとテオドール様の記憶違いでしょう。お声をかけていただいて、光栄でした。ありがとうございます」
「いや、平民とはどうも思えないな。それに君のように美しい女性には、一度会えば忘れることが出来ない。きっとどこかで会ったはずだ」
「やっすいナンパだな。だっさ」
口を挟んだのは、もちろんルカだ。口が悪すぎる。
私の後ろに立つなら、王族相手に喧嘩を売るのはやめて欲しい。平穏無事な学園生活を守る気概が全く足りない。
「ルカ! やめなさい」
「は? オレは思ったことを言っただけだけど、何をやめろって?」
「不敬なのよ! あなた王族にもそんな態度なの? いい加減にしなさい」
「敬いたい相手には、ちゃんとそれなりの態度とるからいーんだよ」
ちっとも良くない。
ここはシャパル王国ではない。
最低限自国の王族にはそれなりの態度というやつをとっていたが為に許されていたルカだけれど、まさか他国の王族にまで態度を変えないとは思わなかった。
確かに入学式で、魔術学園在学中は身分差を気にすることなく生徒同士交流し、切磋琢磨するようにと話があった。
それにしたって限度というものがある。
冷や汗が止まらない私だけれど、テオドール様は可笑しそうに笑っている。
「へえ。騎士まで連れてるなんて、やっぱりお姫様そのものじゃないか」
「彼はそんな大層なものではありません! その…………犬です! 犬のようなものです!」
お姫様を否定したいが為に、思わず常日頃思っている本音が漏れた。
ルカはとてつもなく低い声で「は?」と言っているが、私は間違ったことは言っていない。王家の犬め。
「ははっ。姫君、飼い犬の躾がなっていないようだね。良ければ俺がいつでも指南しよう」
「まあ……! テオドール様のお手を煩わせるほどのことではございません。お気遣い感謝します」
「そうか。君の名前を聞いても?」
「…………………………アメリアです」
「アメリア、ね。覚えておくよ」
全然全く覚えておいていただかなくて結構です。
テオドール様が颯爽と教室を後にしたため、残された私は同級生たちの刺さるような視線を一身に浴びた。
…………目立たないという目標は、早くも叶わずに終わったようだ。
さらに数日後、私は致命的ミスに気付く。
同級生からのルカの呼び名が、『犬』になっていたことを知るからだった。




