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義理の家族


 さて、話は五時間ほど前に遡る。



 王太子殿下婚約者の朝は早い。

 まだ屋敷内の誰もが夢の中にいる早朝、王城からの馬車がやって来る。

 ご丁寧に侍女までよこして、私を起こし身支度を整え、これまた王城からわざわざ用意してきた朝食をいただけば、直ぐさま学園へと出発する。


 はっきり言って、嫌がらせだと思う。


 こんなに早く家を出たところで、毎日学園には一番乗りで、誰もいない教室で護衛を伴い、授業開始まで自習する日々。

 なんの意味があるのか?……うん、嫌がらせに違いない。


 しかし朝早くからやって来てくれている侍女や護衛は悪くはない。彼女たちも大変なのだ。

 だから言われるがまま、屋敷内の誰にも会わないうちに登校していた。

 ちなみに帰りも誰にも会わない。王太子妃教育のため、王城に遅くまで残り、夕食も済ませて帰るからだ。

 我ながらこの地獄のような日々をよく耐えている。


 きっとこれを指示した人は、私にレイノルド様と同等の能力を求めているのだろう。

 平凡な私には不可能だということをそろそろ理解して欲しい。完璧王子には永久に追い付けないまま過労で死ぬ。



 そうは思っても逆らえない、権力に弱い私ではあるけれど、今朝は違う。



 恐れ多くも、侍女に言付けて王家の馬車を待たせているのだ。

 普段であればとうに学園に到着している時間に、屋敷内を悠然と歩く。

 

 すると、廊下で義妹とはちあった。


 イルヴァーナ伯爵家当主となった叔父には妻と、二人の子どもがいる。

 つまり私にとっては義母と、一つ歳下の義弟、そして二つ歳下のこの義妹ミリアだ。


「おはよう、ミリア」

 にっこりと微笑みかけると、義妹は明らかにぎょっとした顔をしてから、笑顔を取り繕った。


「まあお義姉様。こんな時間にいらっしゃるなんて、王家の迎えは来てくださらないの?」

「用があって、待たせているのよ」

「そうですか。てっきり王太子妃教育が必要なくなったのかと思いましたわ。だってほら、聖女様がとうとう見付かったのはご存知でしょう?」

「ええもちろん。とても喜ばしいことね。聖女様はその力で世界を救うと言われているもの」


 私がほとんど屋敷に居ないこともあり、稀に顔を見ることがあっても挨拶しかしたことがない義妹。

 そんな彼女は、意外そうに首を傾げた。


「まあ、本当にそう思っていらっしゃるの?」

「ええ。何故? 聖女様が見つかって、喜ばない人はいないでしょう?」

「そうですけど……。お義姉様だけは例外だと思っていたわ。だって皆、せっかくこの国に聖女様が居ることがわかったのだから、レイノルド殿下の婚約者には聖女様こそ相応しいと言っているわよ?」



 ……ああ……そういうことですか。


 義妹はどうやら私のことを良く思っていないようだ。

 

 それにしてもつい数年前まで平民だった彼女が、貴族らしい嫌味を言うようになるとは。この屋敷にやって来た当初は、屋敷の大きさに驚き、使用人がいることに驚き、それは可愛らしかったのだ。



 が、この程度の嫌味は聞き慣れている。

 私にとってはいいお天気ですね、くらいの世間話だ。


「ミリア、駄目よ? 王家が定めた婚約に口を挟むだなんて、不敬だわ。今回は聞かなかったことにしてあげるから気をつけなさい」

「なっ……! 私が言ったんじゃないわよ! 皆が言ってるの!」

「そう。だったらあなたもイルヴァーナ伯爵家の者として、その皆に注意して差し上げて」


 笑みを深めてそう言えば、あっさりと黙った。

 義妹よ、まだまだだな。


 可愛らしく私を睨みつける義妹の横を通り、そのまま廊下を進もうとすると、呼び止められた。


「お義姉様っ!!」

「まだ何か?」


 振り返って見ると、義妹は仁王立ちで怒りをあらわにしていた。


「毎日毎日朝から晩まで王家の使いに付き纏われて拘束されて、何が楽しいんですか!? お義姉様は王妃なんかになるよりも、その辺のそこそこの貴族令息を婿にもらって、この伯爵家を継ぐべきなのよ!!」


「…………はい?」



 さっきから何を言い出すんだこの義妹は。

 私を王太子殿下の婚約者から引きずり下ろして、一体何がしたいんだ。


 おっしゃる通り、王家による拘束時間は鬼のように長いが、自由時間も充分すぎる程ある。最近休憩中に読んでいる市井の恋愛小説に、こういうのあった。


 ずるいずるいと義理の姉の婚約者を奪おうとする妹! これだ!!


 なるほどなるほど。さっきの嫌味はそういう意味ね。


「あなたの言いたいことはわかったわ、ミリア。けれどいくら私に突っかかって来たところで、あなたの欲しいものは手に入らないわよ? それに伯爵家を継ぐのは私ではなく、あなたのお兄さんでしょう?」


「あのバカ兄貴が当主になんてなれるわけないじゃない! 貴族として育ったお父様でさえ、苦労しているんだもの!」


 …………うん? なんだか、話がそれてきたわね。


「私だって好きで貴族になったわけじゃないのよ! 学園では嫌味の応酬だし、お母様も病んじゃうし、バカ兄は調子に乗ってイルヴァーナの名を汚すようなことばっかりするし、もううんざり。お義姉様、お願いだから王子様は聖女様に譲ってください。王妃になるのは諦めて、この家を継いで欲しいの!」



 ずるいずるいじゃなかった。

 義妹…………苦労しているわね。


 

 亡きお父様お母様。

 イルヴァーナ家は、いつの間にか色々大変なことになっているようです。


 忙しさにかまけ、自分の家がどうなっているかきちんと把握していなかった私は大いに反省した。

 しかし「はい」とも答えられない。


「残念だけれど、それを決めるのは私ではないわ。けれども万一レイノルド様から婚約の解消を求められたら、叔父様と相談の上で考えるわ」


「本当!? ありがとうお義姉様! 大丈夫よ、お父様のことは、私も一緒に説得するから!」


 義妹はうきうきしながら、登校のために階下へ降りていった。


 安心させるために話を合わせたのだけど、義妹の中では私がレイノルド様から婚約解消を言い渡されるのは決定事項のようだった。

 何故だ……。


 

 それでもあながち見当違いとも言い切れないのだ。

 登校を遅らせて今この屋敷にいる理由を思い出し、小さく溜め息をつく。

 


 そして目的地である二階奥の、叔父の執務室の扉を叩いた。 


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