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マリアナージュ魔術学園


 マリアナージュ魔術学園。


 大陸三国──シャパル、ディアナ、ゾイドの境には、広大な森が広がっている。その中心部にあるのが、マリアナージュだ。

 許された者しか足を踏み入れることが出来ないよう、巨大な結界が張られている。


 内部は学園だけでなく、図書館、教会、飲食店や服飾店なども揃っており、ここだけで全てが完結する学園都市となっている。



 マリアナージュにやって来て、約一ヶ月。


 入学式を前日に終え、いよいよ今日から本格的に魔術学園での生活がスタートする。

 王立学園にはなかった制服を身に纏い、左耳には前日の儀式で新入生全員につけられたピアスが光っている。

 このピアスはつけている本人の魔力に合わせて色が徐々に変化するらしく、今はまだ透明のままだ。


 侍女に世話を頼むことも出来なくなった今、自身で姿見を使い全身の確認をして、割り当てられた寮の個室を出た。



 眩しい朝日に照らされ、女子寮の前には見知った顔が待っていた。

 寮の壁に背を預け、腕を組み立っている。私と揃いの紺色に白いラインの入った制服がよく似合っていて、幼い顔立ちもぐっと大人びて見える。


「おはようルカ」

「おはよう」



 ここへ来て一番驚いたのが、なんとルカもマリアナージュ魔術学園の入学許可を得ていたことだった。そんな話は一度も聞いたことがなかったというのに、いつの間に。

 

 正直、ルカと一緒にこれから二年間共に学園に通えるのはとても嬉しい。

 全てを失ってしまった私には、気を許せる彼の存在はかなり心強い。

 これからは友人として、新たな関係を築き、付き合っていけたらきっと楽しい。


 ──そう、思っているのだけど……。


 

「ねえルカ。それ、私の二歩後ろを歩くの、そろそろやめてくれない?」

「この位置が、一番お嬢のまわりを警戒しやすいから」

「いつまで、何から守ろうとしているのよ!? あとそのお嬢呼びだけは本当にやめて! もうお嬢様でもなんでもないのに、恥ずかしいことこの上ないわ! アメリアと呼んでちょうだい」

「えっ無理」


 勘弁して欲しい。

 このままでは私は、平民のくせに貴族に憧れて下僕を従えるイタい女だと思われてしまう。


 今年度の新入生は、たった18人しかいないのだ。

 ぜひ残り16人と仲良くなって、楽しい学園生活を送りたい。

 …………まあ、仲良くするのが難しそうな相手もいるのだけど。



 ルカをどう説得しようか思案しているうちに、あっという間に学園前まで到着してしまった。


 マリアナージュ魔術学園の校舎は、生徒数の割にはかなり大きい。

 城のように古くとも豪奢な造りで、本校舎の奥には三つの塔までそびえ立っている。


 それぞれ魔術研究用の白星塔、魔道具研究用の黒星塔、マリアナージュ全ての結界維持管理用の赤星塔と名付けられている。

 学園卒業後はマリアナージュに残り、塔の中で研究管理を担う者も多いそうだ。

 大陸三国平和同盟により、国が魔術師を抱え込むことや、目的問わず魔術の研究を行うことは禁止されているため、魔術師としての人生を送りたいならば、マリアナージュで暮らすしか選択肢はないのだ。


 一方でマリアナージュで開発された魔道具は、三国に平等に販売、流通している。その莫大な利益は更に新たな研究の資金として利用される。

 マリアナージュなくしては三国とも立ち行かなくなる程に大いに恩恵を受けており、それ故に学園でありながら『マリアナージュ魔術国家』と揶揄されている。

 


 そんな学園の本校舎に入れば、自然と背筋も伸びる。

 私の願いは聞き入れられないままに、二歩後ろを歩くルカを引き連れ教室に入ると、その一角には人だかりが出来ていた。


「なに、あれ」

「大人気ね。みんな聖女様に挨拶したいのよ。当然だわ」


 中心に座っているのは聖女様だ。

 ミルクティーブラウンの髪に桃色の瞳の、可憐な少女。一度遠目に見ただけだけれど、忘れようがない。


 大陸三国の希望の聖女様にお目にかかれる機会など、通常ならほとんど有り得ない。

 幸運にも二年共に学ぶ級友となれたのだから、皆が親しくなりたいと思うのはごく自然なことだろう。

 級友たちに囲まれて、聖女様は戸惑いながらも笑顔を見せている。



「うわ。あんなに人に囲まれて、よく笑ってられるな。殿下みたい」

「レイノルド様なら、もっと上手く振る舞われるわよ。慣れていらっしゃるから」

「…………ふーん」


 妙に意味深な視線を投げかけられたので、ルカを睨みつける。


「何よ? 何か言いたげね?」

「お嬢は奇跡的に殿下から逃げる方法を手に入れたけど、どうすんのかなーと思って」

「逃げるって……! またそれ? どうして私がレイノルド様から逃げるのよ!」

「だって殿下はどんな手を使っても、一生お嬢を手放す気が無さそーだったし。大陸上で殿下の手が届かないのはここだけだろ? シャパルに帰らずにここにいれば、殿下と結婚せずに済むけど、どーすんの?」

「……!!」


 


 もしレイノルド様が心変わりしたならば、マリアナージュで魔術師としての人生を送るという選択肢もあるんだとは思っていた。

 

 けれど、そもそも帰らないという考えはなかった。



  

「お嬢がここで魔術師として生きるんなら、オレも一緒に残るのも面白いかも」


 そんなことを言って、ルカが笑う。


 

 私は信じられない思いでそんな彼を凝視した。

 

 一体どうしたっていうんだろう。

 レイノルド様の命令ならばどんなことでも聞く犬がご乱心だ。

 何か悪いものでも拾って食べたのかもしれない。


 

「……私は、約束したのよ。レイノルド様のところへ帰るって」

「ふーん。まあ、二年もあるんだしゆっくり考えれば? 未来を勝手に決められることに嫌気が差すかもしれねーし?」

「ちょっと! なんてこと言うのよ? あなた、レイノルド様に忠誠を誓ったはずでしょう?」

「オレはな。でもお嬢は違うだろ。人の気持ちなんて変わって当たり前なんだし」

「10年も婚約していて、今更変わるはずがないわ」

「あの日馬車の中で、殿下を捨てようとしてたのは誰だっけ」



 痛いところを突かれて言葉に詰まる。


 ルカが酷い火傷を負ったあの日、私は確かにレイノルド様に裏切られたと勘違いしていた。

 何年も婚約関係にあっても、私は断片的な情報だけて彼をあっさり疑ってしまった。

 ルカの言う通り、一瞬のうちに何がどう変わるかなんて、わからないのかもしれない。



 そもそもルカには気を許しすぎて、これまでも忙しさとプレッシャーから追い込まれた時に、「私には王太子妃は向いてない」とか「もう全部放り出して逃げたい」とか、散々愚痴を聞かせてきた。

 殊勝なふりをして取り繕ったって無駄なのだ。


 

 反論の仕様もなくなって黙った私を、ルカは満足そうに意地悪な笑みを浮かべて眺めている。

 ……言い負かされたようで、なんだか凄く悔しい。 



 ルカとのやり取りに気を取られていたけれど、ふいに教室内が静まり返っていることに気が付いた。

 

 もう教師が来たのだろうかと教室の入り口に慌てて目をやれば、私たちと同じ制服に身を包んだ、やたら目を引く男子生徒が立っている。

 色素の薄い茶色い髪が、陽に当たり金のように輝き、鮮やかなエメラルドの瞳が整った顔立ちによく映える。

 一目見ただけで、間違いなくこの学園で最も優れた容姿の持ち主だろうと確信した。


 しかしその顔に見覚えがありすぎて、あ、と声が出かかった。



「テオドール様!」


 聖女様を取り囲んでいた生徒の一人が声をあげた。

 きっとディアナ王国出身者なのだろう。


 何故なら突然教室に現れた彼こそ、ディアナ王国第三王子である、テオドール・フォン・ディアナその人だったからだ。

 

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