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その求婚は謹んでお断りします、王太子殿下  作者: 玖珠ゆら


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王太子殿下側近の憂鬱【ディラン】


 我がシャパル王国の麗しの王太子殿下。

 頭脳明晰で魔力も高く、完璧王子と名高いレイノルド・ルーファス様が、しかし今日は執務室の机に向かったまま呆けている。

 


「殿下、いい加減にしてくださいませんか。随分仕事が滞っていると、僕のところにまで苦情が来ております」

「苦情なら私のところに直接寄越せばいいだろう。私は何も聞いていないのだから、お前の勘違いだよ、きっと」

「そんっっな訳ないでしょうが!!!」


 アメリア様が出立したのは二日前。


 愛する婚約者に捨てられた殿下に皆が同情し、例え仕事に手をつけないでいても何も言えないでいるのだ。

 やんわりとお仕事が、と切り出した者もいたらしいが、「すまないね」と寂しげに微笑まれて撃沈したそうな。必要以上の美貌は悪だ。

 

 しかし黙っていれば仕事は溜まる一方。

 なんとか殿下を励まし、働いていただけないかと、僕のところにまで大量の苦情が寄せられている。

 殿下に直接言うのが心苦しいからって、勘弁して欲しい。


「アメリア様にフラれてショックなのは重々承知しておりますが、そろそろ立ち直ってください」

「ディラン……。お前あの場にいながら何を見ていたんだ? 誰がフラれたって?」

「そうじゃなければ、殿下の愛が重すぎて逃げられたんでしょう」


 殿下はその美しい顔を不機嫌そうに歪ませている。

 しかし覇気はない。本気で落ち込んでいるな、これは。

 

 魔術学園卒業後の一週間、殿下はそれはもう寝る間も惜しんで働き続けた。

 アメリア様のために彼女の周辺を調査し続けていたことで、とんでもない事件が発覚してしまったのだから。 

 しかし殿下らしからぬ、完璧とは言い難い事件の幕引きではあった。

 

 重要な情報を握っていると思われるイルヴァーナ伯爵家執事長に逃げられ、証拠となるはずだった契約書も燃えてなくなった。

 執事長に母国ゾイドにでも逃げられてしまえば、それ以上追うのは難しいだろう。


 ちなみに執事長を取り逃した件に関しては、僕とヒューゴは相当絞られた。


 僕には、イルヴァーナ伯爵が読めないゾイドの文字で書かれた契約書を交わすには、誰かの助言があったからこそ。それがゾイド出身のあの執事長であることは予想出来たはずだ、と。

 そしてヒューゴには、イルヴァーナ邸に居る者全員王城に連れて帰るよう命じたのに、執事長を拘束することなく目を離したのは迂闊すぎる、と。 


 いつもの殿下ならばそもそも些細なミスも起こらないよう立ち回ってみせるのだが、何しろ時間がなかった。

 アメリア様の卒業が翌日に迫り、強引にでもあの日全て片付けるしかなかったのだ。


 陛下は、殿下がアメリア様の名前をチラつかせれば必死で働くとわかっていて、わざと無茶な条件を出して事件の早期解決を図ったように思う。


 

 陛下は聖女様を守り切った殿下を評価し、アメリア様は殿下の婚約者の立場を追われずに済む…………はずだった。


 あれだけ必死になってもぎ取った成果だというのに、あっさり断られたのだから殿下には少しばかり同情はする。


 

 何しろ、殿下の愛は重いのだ。

 

 あの人は確かに普段は完壁王子で、どんなミスも笑顔でフォローしてみせるタイプだ。

 しかしアメリア様が関わると人が変わる。

 それはもう、余りの執着心に恐怖を覚えるほどだ。


 


 僕が知る限り殿下の頭がイカれ始めたのは、アメリア様の王立学園入学後からだ。


 それまでは順調に仲を深めており、微笑ましい距離感のお二人だった。

 関係は悪くないが、恋とか愛とか多分生まれてなかったと思う。


 入学後の殿下は、あの顔面と人当たりの良さでいつも人に……特に女性に囲まれていた。

 誰にでも優しいから勘違いする女性が続出し、周りでは争い事が絶えなかった。

 ご本人としては立場上当然の振る舞いだったのだろうが、最も殿下にお近付きになれるのは誰だとかいう壮絶な争いが繰り広げられていた。

 ……いや、婚約者いますけどね?


 そして、当のアメリア様といえば。

 二年遅れて学園に入学し、殿下の状況を見て、誰より怒るか諌めるか争いに参加するかと思えば、まさかの無関心だった。


 殿下が誰に微笑みかけようが、どれだけ女性に囲まれていようが、我関せず。

 婚約者の余裕……と見れなくもない。

 そのために、随分女性たちに嫌味を言われたりしていたようだし。


 

 しかし、あれは本当になんとも思ってなかったな……。

 殿下に興味無い女性っているんだ、ってちょっとびっくりしたくらいだ。いや、いて当然なのだけど、それが一番優しく接していたはずの婚約者だというのはかなりまずい。

  


 殿下もその様子が気にかかったようだった。


 自分に素っ気ない態度の人間にこそ関心を持つなんて、生まれながらに何もかもを手に入れてきた高貴なお方の考えは、僕にはさっぱりわからない。


 殿下は自身のせいで敵の多いアメリア様の身を案じ、学園内であるにも関わらず過保護にも護衛をつけた。

 が、年齢も同じで取り繕うことなく接する護衛のルカにアメリア様はあっさり気を許し、本音をぶちまけてしまった。

 

「もう王太子の婚約者なんかやめて逃げたい」



 …………それからだな、殿下が狂ったのは。


 絶対逃がさない、とか笑顔で言っているのを聞いた時には鳥肌が立った。 



 ルカをつけてから判明したことだが、あの大人しそうにしか見えないアメリア様は、行動力の塊でもあった。

 誰にも内緒で殿下へ誕生日プレゼントを用意したいという理由で、ルカを撒いて城下に一人で買い物に行こうとしたと聞いて驚いた。

 

 学園でも、殿下の崇拝者に絡まれて黙って耐えるタイプではなく、思い切り言い返して火種をばら撒きまくった。

 その末にアメリア様の醜聞を狙った崇拝者に、その辺の令息と二人きりで部屋に閉じ込めてしまったこともあった。

 ルカが居たから助けられたものの、まぁ目が離せない。



 殿下はルカを通して婚約者の新たな一面を知り、すっかり夢中になったようだった。

 彼女の危なっかしさからか、殿下の執着心と過保護っぷりはどんどん加速し目に余るものだったから、やり過ぎは嫌われると忠告してあげたのだ。



「心中お察しします。しかし殿下もご自分の行動に行き過ぎがあったことは自覚していらっしゃるでしょう?」 

 

「…………。リアを王太子妃教育と称して、イルヴァーナ家から引き離し過ぎていたかもしれない。リアは今回の件について何も知らなかったことで、自分を責めているようだった」

 

「え、そこですか? それもそうですけど……まあ……。そう仕向けたのは、殿下ですからね…………」


 家に居場所がなくなるかもしれないアメリア様の為に、可能な限り王城で過ごさせたい。

 と殿下の希望で、必要以上に王城に留め置いていた。


 しかし俺は思う。

 あれは多分、アメリア様と一つしか年の変わらない義理の弟に嫉妬していたに違いない。

 殿下は義弟にアメリア様を近づけたくなかったのだ。


 そういうところが怖いんだよ、この人は……。


 しかもそれをやり過ぎて完全にアメリア様が家に居場所をなくし、義理の家族との親交がほぼ無くなり、領地経営の悪化や、当主の怪しい動向を全く察することが出来なかったのだから、殿下の責任は重いかもしれない。


 完璧と評される王太子殿下の、どうしようもない一面だ。


「殿下はアメリア様の周りに、手を回しすぎていたのだと思います。王立学園在学中も、影やら護衛やらつけまくってましたよね。魔術学園入学後はそれも出来ませんし、アメリア様と適切な距離を保つ良い機会なのではないでしょうか」

 

「お前の助言はあてにならない。適切な距離とやらを保っていたら、一切私の気持ちが伝わっていなかったんだが? 今回はリアに護衛も一人しかつけられなかったし、心配でしかないよ」

 

「……殿下、お気は確かですか?」


 心労でとうとう気が触れたのか。お労しい。


 許された者しか足を踏み入れることの出来ない、王族の権力さえ届かない魔術学園に、個人的に護衛を入れることなど不可能だと、在学していた殿下が一番良くわかっているはずなのだが。



「ディランには言ってなかった? ルカも入学許可を得ている。リアと共にマリアナージュへ入学させることにした」

「………………はいぃぃ!!?」

 

「こんなこともあろうかと、一応最低限の魔術も仕込んでおいて良かったよ」


 隙のない笑みを見せる殿下に、震えが止まらない。


 ルカは正真正銘ただの護衛だ。

 どんなことがあろうとも魔術は必要ないはずですけど!?

 

 正に狂気……! 常軌を逸している!!

 


「殿下。念の為お尋ねしますが、そのこと、アメリア様には……?」

「言っていない。執念深い男だと思われたくないからね」

「賢明なご判断です」


 殿下の本性を知られれば、今度こそアメリア様は恐怖を覚え、離れようとするかもしれない。

 尊敬する殿下の失恋は、僕にとって本意ではないのだ。

 しかし……。



 馬車でのルカを思い出す。


 ……あいつ、殿下を裏切ってアメリア様を逃がそうとしなかったか……?



 殿下はルカに信頼を寄せている。

 そしてルカの殿下への忠誠心は僕も認めるところではあるが、アメリア様ともまた、三年かけて仲を深めすぎたのか……。

 


 この先二年、マリアナージュで過ごすことになる二人を思えば、なんだか嫌な予感しかしないのだった。 

 

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