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その求婚は謹んでお断りします、王太子殿下  作者: 玖珠ゆら


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卒業パーティー2


 私の体を引き寄せたのは、もちろん隣に立っているレイノルド様だった。

 彼に腰を抱かれるような体勢になっている。

 近い。近過ぎる。


 こんな距離感でエスコートされたことなど一度もない。


 驚いて見上げると、うっとりするような笑顔がそこにあった。

 慈愛に満ちた瞳に、別の意味で居た堪れない。

 破壊力が凄すぎて、飲み込まれそうだったはずの負の感情が全て吹き飛んだ。


 そしてそれは私ばかりではなかったようで、周りから悲鳴が上がった。

 

 ……わかります。私だってレイノルド様との距離がここまで近くなければ、うっかり大きな声で叫んでいた。

 


 レイノルド様は私をぴったりと抱き寄せたまま、ホール全体を見渡した。


 

 何も言わずともそれだけで、その場はしんと静まり返ってしまう。

 お得意の、有無を言わせぬ笑顔だ……。

 一言も発することなく笑顔だけで人を黙らせるなんて、優しい顔して恐ろしいまでの威厳も持ち合わせている。王族って怖い。



「こんなものかな……」


 ぽつりと頭上で声がした。

 不思議に思ってレイノルド様の顔を伺い見るけれど、笑顔のまま首を傾げている。

 やっぱり有無を言わせない。

 こういうところが、何を考えているのかわからないのだと、そう思っていたら、耳元に口を寄せられた。


「嫌な思いをさせてしまったね。私の隣に居れば、一生こうして守ってあげるからね」

「ひぇっ……!」


 そんな距離で美しい声で囁かれては、悲鳴しか出ない。

 近過ぎる距離感に、周りにいた卒業生たちが赤くなっている。


 一番恥ずかしいのは私ですからね!?

 そんな風に照れて目を逸らされたら、余計に恥ずかしくなる。


 レイノルド様はただ一人、優雅な笑みを絶やさず平気な顔をしていた。

 

「何か食べる? 喉はかわいていない?」


 そう問われて、首を振る。

 何も喉を通る気がしない。

 

 レイノルド様は私を周りの視線から隠すように向きを変え、ホールの隅へ移動した。

 もちろん隠し切れるはずもなく、視線はずっと追いかけてくるのだけれど。



「……今日のレイ様は、なんだかいつもと全然違いますね」

 

 気遣いは普段からしてもらっていたが、近過ぎる距離感も、甘い言葉も、初めてのことばかりで頭が沸騰しそうだ。

 こんなレイノルド様は、知らない。


「物凄く後悔したんだよ。重いから気持ちは伝えるな、距離を保てというディランの言葉を真に受けて、無難な態度でいたことをね」

「ディラン様が、そんなことを……?」


 そう言えば、ディラン様は昨日もそんなことを言っていた気がする……。

 一体私に何の恨みがあって、そんな酷いことを言ったというのか。重いって何。

 人の良さそうな仮面を被って、私たちの仲を引き裂こうとしたディラン様が憎い。


「だから、もう我慢するのはやめることにした。今更と思われるかもしれないけど」


 ……それで、急にあの甘い言葉と態度?


 今までとのギャップがあり過ぎて、もう耐えられそうにないんですけど。


 

 しかし意外なことに、レイノルド様がそのまま向かって行ったのは出口の方だった。


「今日は付き合わせて悪かったね。そろそろ帰ろうか」

「まぁ……。もうよろしいのですか?」

「うん。一曲だけ、どうしても一緒に踊りたかっただけだよ。リアはもっとゆっくりしたい?」

「いいえ、全く」


 もともと気乗りはしなかった。

 案外楽しめたし、これ以上は心臓が持たない。


 もう充分だ。

 レイノルド様のお陰で王立学園の学生として卒業が叶い、その上最後の思い出まで出来たのだから。


 


 外へ出ると、空には星が瞬いていた。

 火照った頬を、夜風が撫でて気持ちがいい。

 夜の帳が降りた見慣れた街並みも、しばらくお別れと思えば特別に見える。



 明日の早朝に、この国を発つ。

 昼間のうちに、ルカと家族に挨拶は済ませていた。

 

 叔父には会えなかったけれど、黒幕がわからない以上、沢山の聞き取りもあるとのことで、処分は先延ばしだ。即処刑なんて恐ろしいことにならなくて良かった……。さすがに寝覚めが悪すぎる。

 義理の家族は平民となることにも、予想以上にあっけらかんとしていた。ミリルなんて、これで恋愛結婚が出来ると喜んでいたわね。

 父親が仕出かしてしまったことに思うところがあるはずなのに、微塵もそれを感じさせない本当に強い子だ。

 義母も案外元気そうだった。義弟だけは憔悴し切った様子で、なんだか叔父を彷彿とさせて胸が傷んだけれども。

 

 その後ひょっこり現れたルカに傷の具合を尋ねると、「余裕」と笑っていた。余りにもいつも通りで安心した。


 

 私がこの国に残って出来ることなんて、もう一つも残っていない。


  

 物思いにふけっている私の手の平に、小さな箱が乗せられた。


「卒業おめでとう、リア」


 これは、もしかしなくても……お祝いのプレゼント、というやつか。

 さすがレイノルド様は寸分の隙もない。


「ありがとうございます。開けてみてもいいですか?」

「もちろん」


 中に入っていたのは髪飾りだった。

 学生が身につけても不自然でない華美過ぎないものだけれど、この方からの贈り物なのだから、決して安いものではないだろう。

 繊細な銀の装飾の中央に、青いごく小さな宝石が嵌っている。


「素敵です!」 

「良かった。本当は、指輪を贈るつもりだったんだけどね。結婚出来ないと言われてしまったから」

「うっ……」

「毎日使ってくれる? 私のこと、忘れないでね」 

「忘れるはずがありません。大切にします」


  

 賑やかな声が漏れ聞こえる学園を背に、星空の下で今は二人きり。


 きっとこの先二年、今日のことを何度も思い出すだろう。 



 自分でもレイノルド様への感情をどう表現するのが一番正しいのかわからない。

 好き……だったと自覚し、その気持ちを捨てたのはつい昨日のことだ。


 それでも待っていると言われれば嬉しかったし、そのために頑張ろうと思っている。



 髪飾りを大切に胸に抱き込む私を見て、レイノルド様が目を細めた。


「……ねぇリア。私はやっぱり君のことになると、どうにも冷静じゃいられないようだ。一番大事なことを言っていなかったよね」

「大事なことですか?」

「大好きだよ。二年後、必ず私のところへ帰って来て」

「……!!」


 

 不意打ちが過ぎる。


 十年の付き合いで、初めて聞いた言葉だった。




 衝撃が大きすぎて、多分数秒呼吸が止まっていたと思う。

 酷い目眩と動悸と火照りだ。

 この方は、発する言葉だけで私の命を奪ってしまうのではないだろうか。攻撃力が有りすぎる。

 


 息も絶え絶えの私は、ただただ頷くことしか出来ない。

 


 満足そうに微笑むレイノルド様に手を引かれ、学園の前で待つ王家の馬車へと二人で乗り込んだ。

 

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