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卒業パーティー


 朝から講堂にて行われた王立学園卒業式は、厳かな雰囲気のまま幕を閉じた。

 そして夕方、場所を学園内で最も広いホールに移し、卒業パーティーが開かれる。


 朝とは異なり皆が華やかに着飾り、開放感たっぷりの煌びやかなパーティーである。

 新たな門出を互いに喜び合い、ダンスに軽食に音楽にと存分に楽しむ、学生最後の思い出づくりの場だ。


 そんな王立学園前に王家の馬車で乗り付けた訳だけれど、本日最も注目を浴びるのは間違いなく私たちだろう。



「行こうか、リア」

「うっ……。……はい……」


 差し伸べられたレイノルド様の手を取った。


 

 今日の彼はちょっと眩しすぎる。目が潰れそうで直視出来ない。

 普段からもちろん素敵だけれど、今日は特別麗しい。


 私へ贈ってくれたドレスの色に合わせて、白地に金の装飾が施された衣装を身に纏ったその姿は、王子様そのものだった。輝きすぎて目に悪い。

 エスコート役のはずなのに、主役感が凄い。



 会場に足を踏み入れれば、当然注目の的となる。

 

 軽いざわめきが起こった。

 レイノルド様という方は、その仕草も気品に溢れているので、歩いているだけでオーラが桁違いなのだ。

 性別問わず全員が見惚れている。


 レイノルド様のお姿を間近で目に入れてしまったご令嬢たちが顔を赤く染め、あちこちで小さな悲鳴を上げている。

 ただそこに居るだけで、なんと罪深いお方だ……。



 隣に立っていると、誇らしいより居た堪れない気持ちになってくる。

 王子様にエスコートされているのが絶世の美女じゃなくてごめんなさい、と叫ばせて欲しい。


 のこのこ出席してしまったことを後悔するばかりだ。

 


 きっとその憂鬱さが顔に出てしまっていたのだろう。

 レイノルド様が心配そうに覗き込んできた。


「リア? 気分が優れない?」

「いえ、そうではなく。視線が痛いですね」

「イルヴァーナ伯爵の起こした事件を知っている者は、ここには殆ど居ないと思うよ。もし居たとしても、私がそばに居る限り何も言わせないから安心するといいよ」


 

 そうじゃない。

 今までその高い攻撃力を持つ顔面と共に生きてきて、よくもそこまで無自覚な発言が出来たものだ。


「もしそれでも視線が気になるなら、君に見惚れているだけだよ。今日は特別綺麗だから。そのドレスもとても似合っているし、悩んで選んだ甲斐があったよ」


 絶対に違う。


 いつもながらレイノルド様の口から自然に零れるお世辞には感心する。

 今まで婚約者としての義務で言っているのだと思っていた。

 何しろ彼は、どんなに美しい女性を前にしても、ドレスや宝石を褒めこそすれ、本人に言及することは一切ないのだ。

 それこそ婚約者である私への義理だとばかり思っていた。


 だというのに、義理も義務も発生しないはずの今の私を当たり前に褒めてくれるのは……。

 もしかして、お世辞じゃなくて本心だと思ってしまってもいいのだろうか。



 …………この美しい顔面の持ち主が?

 私を、綺麗だと??



 考えたら恥ずかしすぎて堪らなくなった。

 何でもいいので何か話していないと耐えられない。

 必死で話題を絞り出す。

 

「……レイ様って、ご自身の卒業パーティーの時は、どうされてたんですか?」


 どういう訳か、入場時に必ずエスコートが居ないと恥をかく女性と違い、男性は特にパートナーを必要としない。

 二年前の彼の卒業時、私は共に出席した訳ではないので、きっと一人で参加していたのだろう。

 もし私以外の女性を伴っていれば大騒ぎになっただろうが、何も耳に入っていないのだ。


「ダンスしていたよ。ずっと」

「…………ずっと?」

「そう。一度も踊らずに済ませる訳にもいかないからね。誘われて一人と踊ったら、ダンス待ちの列が出来てしまったんだよ。途中で終わりだと切り上げることも出来なくて、結局最後まで踊りっぱなしだった。本当に大変だったよ」

「……まぁ……。レイ様らしいですね」

「そうかな?」

「ええ。皆に平等に優しいところが」

「…………。立場上そうあるべきで、それが正しいと思っていたけど、今は少し後悔している」

「まぁ。何故です?」

「一番大切な人に、疑われてしまったからね。これでも結構傷ついたんだよ」

「……っ!」



 痛烈だった。

 嫌味には慣れているはずなのに、言葉が出ない。


 困り果てる私に、レイノルド様はとびきり優艷な笑顔を見せ、手を差し出した。


「一曲、踊っていただけますか?」

「……是非」



 目眩がする。


 この方といると、自分を見失ってしまいそうだ。

 これまで無難な付き合いだけだったはずなのに、今になって本音を垣間見せるなんて狡いと思う。



 ホールの真ん中で、私たちは向かい合って踊る。


 誰も彼もがこちらに視線を送っている。

 羨望の眼差しを一身に浴びているのは気になるが、完璧な彼は当然ダンスも上手いので踊りやすいし、私もダンスは得意だ。

 息を合わせて体を動かせば、少しは釣り合っているように見えるだろうか。


 

 至近距離で見つめ合って踊っていると、婚約解消となったことが信じられない。


「レイ様。私たちの婚約解消について、公表の予定はどうなってます?」

「君がマリアナージュへ発つ明日にでも、王家から正式に発表するよ」

「そうですよね……?」


 こんなに仲睦まじいと思われてしまいそうな様子を晒しておいて、大丈夫なのか気になるところだ。


 レイノルド様の人気ぶりは尋常ではない。

 婚約の解消が知られることとなれば、数多の貴族家当主、そしてご令嬢たちが黙っていない。


 待っている、と言ってくれた。

 彼の言葉に偽りはないと思う。

 それでも……未来のことはわからない。

 心変わりしないなんていう保証はないし、私にはそれを責める資格もない。

 

 


 目の前には、夏の空のように眩しい青。

 その瞳の中に、私がいる。


「リアと離れるのが寂しくて仕方がないよ。半年後の休暇の時には、会いに来てくれる?」

「ええと……王城に、ですか? 私が?」

「私の方から会いに行った方がいい? 国内であればどこでも行くけど」

「いえ! 大騒ぎになりそうなので、やっぱり私が伺います!」

「言質はとったよ。約束だからね?」


 レイノルド様が心底可笑しそうに笑った。

 

 ステップを踏んで、くるくるまわる。



 何度も共にパーティーに参加し、踊ってきた私たちだ。

 

 けれど今まで、こんなに気を張らずにいられただろうか。

 こんなにお互いの顔を見ていただろうか。

 

 これまでのどんなパーティーより、私たちは心も体も近くにいる。そんな気がする。


  

 人の目ばかり気にしていたけれど、一曲が終わる頃には、楽しいとさえ感じていた。


「楽しかったね」

「はい!」


 レイノルド様も同じ気持ちだったのが嬉しい。

 

 笑顔で頷き周りへ目をやると、変わらず注目を集めたままだった。沢山の瞳がこちらにむけられている。


 

 その中に、在学中に親しくしていた令嬢たちのグループを見つけた。

 ずっと周囲に気を配る余裕もなかったので、改めて挨拶しようかと思った、が……。


 そのうちの一人に、さっと目を逸らされた。

 彼女はシルビア。侯爵家のご令嬢だ。

 父親が宰相を務めており、情報の早さは国内随一と言えよう。


 シルビアが扇で口元を隠し、周りの友人たちに何か耳打ちしている。

 何を話しているかなど、考えるまでもない。

 周囲の私を見る目がはっきりと変わった。


 それはさざ波のように静かに、しかしみるみる広がっていく。


 好奇、嫌悪、侮蔑……。

 様々な視線が体に絡みつく。



 隣に立つのが王太子殿下であるからこそ誰も表立って非難しないが、私に向けられる目は厳しい。



 ……ああ、居心地が悪い…………。



 直接罵られた方がよっぽどマシだ。

 

 居た堪れない気持ちで俯くと、ぐっと体を引き寄せられた。  

  

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