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危険な魔術


 部屋に突然、陽気な声が響いた。


  

「これは驚いたな! 屋敷中が水浸しだ! 一体どうやったんだか知らないが、酷い有様じゃないか」


 戻ってきたヒューゴ様だった。


「ヒューゴ様! 義母は?」

「大丈夫だ。避難させた上で、執事長と共に他の騎士に頼んで来た。他に屋敷内に人はいなかった」

「良かった……。ありがとうございます」

「礼には及ばない。しかし、まぁ……火が消えて良かったが、これではどちらにしろ仕事どころじゃないな」


 その言葉に、ディラン様が思い出したように辺りを見回し、深い溜め息をついた。


「そうでしたね、仕事…………。はあ、確かに書類の確認なんて到底無理ですね」


 部屋に溢れ返っていた書類の多くは焼け焦げて灰になり、炎を免れたものでさえ水に濡れ、とても読める状態ではなさそうだった。


 

 ヒューゴ様とディラン様が何故このイルヴァーナ伯爵家を訪れたのか疑問だったけれど、どうやら仕事で何かしらの書類を確認したかったということか。

 この二人が動いているということは、間違いなくレイノルド様の差し金だ。

 そして最も信頼を寄せる手下をよこしたのだから、只事ではないはずだ。


 

 二人のやり取りを聞いていた私の訝しげな視線に気付き、ディラン様が少し困ったように説明してくれた。

 

「実は、ある事件の証拠や詳細がわかる書類を探してこちらを訪れたんです」


 ────事件。

 心当たりしかない。



「ディラン様。つかぬ事をお伺いしますが、事件とは、聖女様に関するものでは……?」

「! 何故それを」


 やっぱりアレだった。

 残念ながら、見間違いや翻訳間違いではなかったようだ。

 しかもばっちりレイノルド様にバレている。

 完全にイルヴァーナ伯爵家は終わった……。


 

「まさかアメリア様はご存知だったのですか!? いつから!!」

「いえ! ついさっき、正にその書類をたまたま見つけてしまっただけです!!」


 聖女様の暗殺を知っていながら隠していたと思われたなら、私の命はない。全力で否定する。


「そんな書類が本当にあったのか! 確固たる証拠じゃないか!」

「アメリア様! それをこちらへ!」


 ヒューゴ様とディラン様が詰め寄ってくる。必死な形相が怖い。

 そんなもの、渡せるはずがない。


 恐る恐る、告げるしかなかった。


  


「…………燃えてしまいました…………」




 二人の表情が、絶望に染まった。



 ◇◇◇



「つまり、勝手に紙が燃えたと?」


 ヒューゴ様が、疑惑の念がこもった視線を投げかけてくる。

 

「にわかには信じられませんね」

 ディラン様もまた、首を傾げている。


 事の経緯を簡単に説明したのだけれど、二人とも納得していない様子だ。

 

 ええ、わかります。

 私だって信じられない。



 しばらく深刻な顔をして考え込んでいたディラン様が切り出した。


  

「しかしもしそれが本当なら、魔術でしょうね。それもかなり高度な」


「魔術って、そんな事も出来るのですか」


「魔術師として学ぶ機会を得られなかった僕には詳しくは分かり兼ねますが、恐らく。聖女様に危害を加えようというのは、大陸三国を敵にまわすことですからね。証拠となる契約書をわざわざ作成するからには、可能な限りの魔術を施しますね、僕なら」


 確かに、あの不思議な現象は、魔術でもない限り説明がつかない。

 しかし人に害を及ぼすような魔術を使用したり研究したりすることは、三国同盟で固く禁じられている。

 例え魔術師であったとしても、詳しく解明するのは難しいかもしれない。


「契約書が燃えたタイミングを鑑みると、契約内容が無事遂行されたか、もしくは失敗に終われば火がつくようになっていたのだと考えられます。あの火の勢いから察するに、どちらにしろはじめから屋敷ごと焼失させることが目的だったのでしょう」


 それでは叔父は捨て駒にされたも同然ではないか。

 そもそも、叔父にどれ程のメリットがあってあんな契約を結ぶというのか。


 気弱な叔父の顔が頭に浮かぶ。

 流されやすい人ではあったが、決して大それた事が出来るような人ではない。

 


「ディラン様。叔父はきっと、騙されたのだと思います。契約書はゾイドの文字で書かれていました。内容を知っていながらサインをするなんて有り得ません」


「そうですか……。でしたら、契約を反故にすれば自身や周りの人間に危害が及ぶようにされていたのかもしれませんね。僕ならそうします」


 酷い話だと思う。

 それでも、どこか同情し切れない部分もある。

 契約内容を自分で翻訳するなりして確かめもせずにサインをしたのなら、伯爵家当主としての自覚が無さすぎる。その責任は重い。

 叔父は、伯爵家当主を継ぐべきでなかったのだろう。

 

 誰も幸せになっていない。


「アメリア様。これからきちんと調査がなされるでしょうが……。どんな事情があろうと、聖女様を害そうとした以上、不問というわけにはまいりません」

「わかっています」


 例え実際に聖女様に危害を加えなくとも、それを目論んでいた時点でただでは済まない。


 聖女様は、大陸全土の希望なのだ。

 生温い処分では、国民ばかりでなく他国にも示しがつなかい。

 叔父に未来はないだろうし、イルヴァーナ伯爵家も取り潰しになるとみて間違いない。



 聖女様の命の価値は、国王陛下のそれにも匹敵するのだから。 



 

 そこまで考えて、重大なことを聞き忘れていたことに、ようやく気付いた。


「っ……! ディラン様!! 聖女様はご無事なのですか!?」


 急に大声を出してしまったので、ディラン様が一瞬驚いたような顔をしていたが、すぐに微笑み頷く。

 

「ええ、もちろんです。ご安心ください。きっと失敗に終わったのでしょう。何しろ、レイノルド殿下が聖女様の保護に向かっておりますので」

 

「レイノルド様が…………」

 

「大陸全土の危機とも言える事態ですから、騎士だけでは心許ないと、今回は殿下自ら率先して動いていらっしゃいます。殿下は国内随一の魔術師でもありますからね」



 本当に今日聖女様と密会してた。



 ……いや、密会とか言ったら失礼極まりないか。

 あくまでも保護目的。


 聖女様がご無事なら何よりだわ。

 これ以上喜ばしいことはない。

 ……はず、なのに。

 

 レイノルド様と聖女様が一緒にいると想像したら、何とも言えない嫌な気分になった。

 

 レイノルド様が優しかった過去の記憶を思い出してしまったからかもしれない。

 ────けれど、あの時の彼はもういない。

 


 息をふきかえしそうな恋心なんてものは、さっさと捨てて土に埋めたい。


 

「アメリア嬢? 顔色が優れないようだ。屋敷はこの状態だし、王城に向かった方がいい」

「あー、そうですね。水に濡れてしまいましたからね。馬車が下に停めてありますので、どうぞ」


 ヒューゴ様とディラン様は、当然のように私を気遣い歩き出す。


 お二人はイルヴァーナ伯爵家の犯した罪を知りながら、今でも優しく接してしてくれる。

 捕らえられて、罪人として扱われてもおかしくはないのに。

 私がまだ一応レイノルド様の婚約者だからだろうか。


 

 このまま王城までのこのこついて行けばどうなるか。

 当主が罪を犯した以上、私も知らなかったでは済まされない。レイノルド様にこれ幸いと婚約破棄に持ち込まれるだろう。


 …………もうどうでも良くなってきた。

 ほんの数時間でいろいろありすぎた。

 

 平民としての自分の行く末を考えるべきなのだろうが、水濡れて不快な体では思考もまとまらず、私は考えることを放棄した。

  

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