婚約破棄された令嬢が、「仕返しに元婚約者の彼女を寝取る」と言っておりますが、いやどうやって?
ぽか──ん。
開いた口がふさがらないとは、まさにこのことだった。
居合わせた僕は、突然の出来事に硬直する。
「カロリーナ・ファサンテ伯爵令嬢! お前との婚約を破棄し、俺はこのヴァンナ嬢と結婚する! 返事は不要。なぜならこれは決定事項で、決して覆すつもりはないからだ!」
紫陽花が、彩り豊かな絵皿を広げる六月。
王都、ガルディ伯爵邸で開催されたパーティーで、伯爵家長男ジュリオ・ガルディが婚約相手に言い放った言葉は、和やかな会場の季節を一気に冬へと変えた。
ジュリオ殿の傍には見かけぬ女性。
淡い桜色の髪をした小柄な娘で、ドレスや装飾品から下位貴族ではと推測する。
しきりとジュリオ殿を見上げ、事態に困惑しているようだ。
部外者の僕も困惑している。
(合意じゃないのか? に、しても……)
とんでもないなぁ。
婚約相手をエスコートするどころか、別の女性と現れ、さらにこんな場所で婚約破棄を宣言するなんて。
対するカロリーナは小刻みに肩を震わし、懸命に耐えている様子。
ガルディ伯爵は息子の暴走を知っているのか?
(いや、無理だな)
伯爵家のパーティーにも関わらず、夫妻は挨拶の後、席を外したまま戻っていない。秘かに流れてきた話では、王宮からの急な呼び出しという。はて。
会場では大勢の招待客が見守る中、ジュリオ殿は「"真実の愛"を知った」だの、「お前のような生意気な女はごめんだ」など、好き放題、カロリーナに暴言を投げかけている。
止める者がいないようなので、割って入ることにした。
カロリーナは、僕の幼馴染。
そんな彼女が侮辱されるのを、これ以上見ていられない。
「失礼ながら、場所を選んで話されたほうが良いのではないでしょうか?」
「むっ、誰だ」
「ストラーニ侯爵が次男、アルド・ストラーニ。王室近衛隊に所属しています」
「王室近衛……、侯爵家の……」
肩書が効いたのか、ジュリオ殿が躊躇う素振りを見せる。その隙に、カロリーナに退出を促した。
カロリーナは俯いたまま、素直に誘導されるつもりのようだ。
会場を後にして、控室へと向かう。
様々な視線と潜めた声が纏わりつくが、非難される謂れもないので堂々と歩く。
ああ、でも。
この時間が怖い。
周囲の囁きより、頭一つ分低い位置から聞こえてくるか細い声が、心底怖い。
"きっと後悔させてやる"とか、僕の隣で怨嗟が生成されていく。
控室に入り、扉を閉めた途端。カロリーナは爆発した。
「ふっざけんじゃないわよ、あのバカどら息子──!!」
(ああ……)
そうだよね。きみはそうだ。よく我慢したなぁ。
即、馬車に向かわなくて良かった。発散しておかないと、御者が大変なことになっていたかもしれない。
「父様に言われてたから、大人しくしてたら調子に乗って! アイツ一体何様のつもり?!」
それは僕も思うよ。怖いもの知らずな青年だなって。
美しい見た目に反して、カロリーナは苛烈だ。
「何が"真実の愛"?! それがどんなに薄っぺらいものか、見せてやるわ! ヴァンナとか言ったあの女を寝取ってやる!」
「は?」
斜め上の言動が来た。
「彼女を私に夢中にさせて、"お粗末な愛でしたね?"って、嘲笑ってやるから!」
「ま、待つんだ、カロリーナ、寝取るって、どうやって? 意味わかって言ってる?」
「意味はわかるわ。方法はわからないけど。とにかく、男性にはすごく不名誉で屈辱的なことなのでしょう?」
「う? うーん? ちなみにどこ情報?」
「幼い頃、兄様から教えていただいたの。兄様のご友人が、恋人を寝取られたのですって」
「へえ……」
何番目の兄上かな。カロリーナはきょうだいが多いから、うっかり妹に聞かれたんだろうな……。
「──とりあえず、淑女はそんな言葉使うのやめとこうか」
「淑女、淑女って、淑女してたらこのザマよ?! なんで私が、あいつに捨てられるみたいな構図で馬鹿にされなきゃなんないの?! 家同士で決めた契約関係で、ミジンコほどの愛もなかったのに!!」
「微塵の愛もないから、こんなことになった気もするけど、まあ、確かにあれはなかった。礼を失してるにも、ほどがある」
「でしょう? だから彼女を私に靡かせてやるのよ! こう見えて私、女の子にモテるんだから!」
スレンダーなカロリーナの背は高め。面倒見が良く快活な性格で、そういえばよく同性から告白されていた、ように思う。
赤みがかった金の髪も、気の強そうな目元も、眩しいくらい生気に満ちている。
「すぐ計画を立てなきゃ。まずは身元調査から……。でも彼女、どこかで見た気がするわね」と呟きが漏れている。
それはジュリオ殿の周辺で見たのでは。
「一旦落ち着こう、カロリーナ。そもそもなんで相手の女性をターゲットにするんだよ。そこはジュリオ殿よりいい男を捕まえて、見返してやれば良いじゃないか」
「いやよ! ヤツに大ダメージを与えてやりたいもの! それにロクでもない男に振り回されるのは、もううんざり!」
荒れ狂ってらっしゃる。
「顔しか取り柄のないあんな男、こっちから願い下げだわ。それに顔ならウチの幼馴染の方がずっと──」
(ずっと、何?)
目が合うと、ふいにカロリーナが顔をそらした。
さっきの興奮が残っているのか、彼女の首筋が少し赤い。
「ッ、なんでもない。アルドはいま、王室直属の騎士なんだっけ?」
「うん、王太子殿下の近衛だよ」
「王太子殿下は文武に優れた素晴らしい方と評判よね。難しい関門を突破したなんて、さすがだわ」
今日はじめて、カロリーナが穏やかな笑顔を見せた。
(可愛い……!)
そんな彼女に誇らしく胸を張りたくなったのも束の間。
「蜂にすら泣いて逃げてた子が、立派になって……、ううっ」
黒歴史を引っぱり出された。
「何歳の時の話をしてるのさ」
「あら、私が守ってあげたの、忘れたの?」
「覚えてるよ」
だって、だから僕は騎士になろうと決意したから。
不甲斐ない自分が恥ずかしくて、今度はきみを守れる立場になりたいと決意して。
七歳の春に、未来を描いた。
子だくさんのファサンテ伯爵が、さっさとカロリーナの嫁ぎ先を予約してしまうなんて、あの頃は予想出来なかった。
(彼女がガルディ家と婚約したことを知った時の衝撃ったら、なかったな)
なぜもっと早く申し込まなかったのかと後悔しまくった。たとえ僕が次男で、家を継げないからといって。身を立てるまで黙っているのではなく、意思表示をしておくべきだった。
過去を辿っていると、カロリーナからの視線を感じた。
雨に煌めく花みたいに、澄んだ青紫の瞳が僕を見ている。やっぱり好きだ。
(はっ! もしや今、絶好の機会なのでは?)
カロリーナの先約は無くなった。
つけ込むようなこのタイミングで言ってしまうのは、卑怯かも知れない。それに積年の思いを告げるには、あまりにも場所が悪い。
けど。
チャンスを逃すのはもう嫌だ。
胸の鼓動が速くなる。
僕が告白したら、カロリーナはなんて言うだろう。
「あ、あのさ。聞いて貰いたいことがあるんだけど……」
「なぁに? 改まって」
ふわりとカロリーナが先を促した。まさにその時。
"きゃああああ"
つんざくような悲鳴が聞こえた。
「パーティー会場のほうから?!」
"魔物が出たぞ──!!"
僕とカロリーナは顔を見合わせると、声に向かって駆け出した。
会場は大混乱になっていた。
逃げ惑う人々。
高い天井の下、シャンデリアを揺らしながら、羽音盛んに複数の魔物が暴れ回っている。
「"黒蜂"!」
「一体どこから入ってきたんだ!」
預けていた剣は、すでに受け取り抜いてある。
「あ、あのご令嬢が召喚した!」
客のひとりが指差す先にいたのは、若い貴婦人。端麗な顔を、怒りに歪めて叫んでいる。
「婚約破棄したら私と一緒になってくれると言ってたのに、その女は何──!!」
魔法陣を足下に、ドレスをなびかせ女性が指差し睨むのは、ジュリオ・ガルディ。と、彼の横のヴァンナ嬢。
(っえええ、まさか)
痴情の縺れというやつか?!
あの最低男、カロリーナという婚約者がありながら、ヴァンナ嬢の他にも別の女性をその気にさせていたのだろうか。
結果、浮気相手は魔術を用い、"黒蜂"を。昆虫型の魔物を召喚した、と。
(問題しかない男だな)
頭痛くなりそう。
「結界は作用しなかったのか」
こういうことが起こらないよう、魔防の結界を施すのが貴族家の習わしのはず。
僕の独り言に、あっけらかんと声が答えた。
「あっ、私が担当してたけど、婚約破棄された時に解けたんだわ」
驚いて隣を見ると、カロリーナが肩を竦める。
「だってそういう術式だったんだもの。"婚約者の家に結界を張る"って組み立てた呪文だったから、婚約が切れた途端、立ち消えたみたいね」
大気中の魔術痕跡を確認しながら、カロリーナが頷く。
「きみがこの、伯爵邸の結界を?」
結界維持には常に魔力を搾り取られる。伯爵邸は広い。通常なら分担して、複数人が受け持つ規模だ。その結界を一手に担うのは、決して軽い負担じゃなかったはず。
嫁ぐ前から労働搾取とか、なかなか非道な婚家じゃないか。
「襲撃なんてそうそう起こらないから、無意味な結界だったのだけど。──起こったわね?」
「自ら招いた、という感じだけどな。他の客が気の毒だ。とりあえず"黒蜂"を潰そう」
「そうね」
僕が床を蹴り、カロリーナが魔術を放つ。
カロリーナの尖氷が鋭く"蜂"を貫く。手近な蜂を切り伏せながら、僕は氷柱を足場に跳び、中空の蜂を叩き落とした。
僕やカロリーナの故郷は、国境に近い。
魔物は隣り合わせの危機として、幼い頃から身近にいた。
"蜂"というのは飛行系魔物の隠語で、"黒蜂"は巨大な上位種。
子どもの頃、僕はてんで弱くて、魔術の天才と呼ばれるカロリーナに助けられることが多かった。
鍛えたおかげで、今はそんな情けない姿を見せずに済む。
伯爵家の警備兵が駆けつけたこともあり、しばらくして"黒蜂"は一掃された。
ぐちゃぐちゃになったパーティー会場の傍らで、先の令嬢が兵に連れて行かれている。
腰が抜けて座り込んでいるジュリオ殿に、僕とカロリーナ……。
それとなぜか胸の前で手を組んで、キラキラした表情をしているヴァンナ嬢。彼女の視線の先は──、カロリーナ? なぜ?
それを目にとめ、慌てたようにジュリオ殿が立ち上がった。
「カロリーナ、貴様っ! 怠慢だぞ! 魔防の結界が機能してないじゃないかっ。こんなに被害を出して、損害を請求させて貰うからな!!」
「はあ? 何をおっしゃるかと思えば。貴方様が私との婚約を破ったから、結界が消えたのです。原因はジュリオ様。私の過失ではありませんわ」
「何ィッ?!」
対するカロリーナの声は、氷のように冷たい。
それはそうだ。酷い思いをした会場に取って返し、魔物を討伐したにもかかわらず、感謝どころか開口一番に怒声とは。
「結界を張る時にきちんと説明しましたよね? この屋敷を守る呪文は、婚約を条件に発動すると。それに、嫁入りが反故なら、労働は有償と約定にあります。なので、今までの結界の対価もお支払いくださいますよう。あと、一方的な婚約破棄の慰謝料もいただきますので、よろしくお願いします」
「貴様、なんて金に汚いんだ。それが本性か!」
「あなたが"請求"云々とおっしゃるので、申し上げたのです」
「やはり婚約を破棄して正解だった。ヴァンナ、これが今まで俺を縛り付けていた女だ。俺にはお前しかいな──い?」
抱き着こうとするジュリオ殿を、ヴァンナ嬢がスッと躱した。
目を丸くする相手を無視し、彼女は興奮気味にカロリーナに呼びかける。
「カロリーナ・ファサンテ伯爵令嬢! あの日私を助けてくださったのは貴方様だったのですね!」
「え?」
(えぇ、次は何が始まったんだ?)
流れるようにヴァンナ嬢が語り出す。
「先ほどの巧みな氷魔法で、確信しました! 数か月前、私が街で絡まれた時、颯爽と助けてくださった方がおりました。その方はガルディ伯爵家の馬車に乗り込まれたので、こちらに縁ある方とずっと探していたのです。それでジュリオ様と出会いまして……」
続く話は、こうだった。
恩人を探すためガルディ家に来たら、門の前でジュリオ殿と出会ったこと。
以降「捜索に協力する」との約束で、何度か彼と会ううちに、"今日のパーティーではサプライズがある"と誘われたという。
「お前が喜ぶ話だから着飾って来い」と言われたので、"ついに探す相手が見つかったのだ"と期待していたら、婚約破棄が始まり、驚きのあまりに言葉も出なかったらしい。
(それであの時、狼狽えていたのか)
婚約破棄を告げるジュリオ殿の隣で、所在なげに困っていたヴァンナ嬢を思い出す。
カロリーナがぽんと手を打った。
「ああ! どこかで見たと思ったら、雑貨屋の前で会った!」
「そうです。御礼を申し上げたくて、ずっとお探ししておりました」
声を弾ませるヴァンナ嬢。
「じゃあ、ジュリオ様が"結婚する"って言った話は……」
「万に一つもありません! プロポーズもされてませんし、そんな関係じゃないし、そもそも好きじゃありませんもの!」
「なっ、ヴァンナお前! "人探し"は俺に会いたいがための作り話じゃなかったのか!?」
(……わぁ~~)
これは探してもなかったな。そして自惚れが痛すぎる。
ジュリオ殿を見る目が、ひときわ残念なものになってしまうのも仕方ないと思う。
カロリーナに至っては、ゴミ虫以下の目で、元婚約者を眺めている。
つまりは全て、ジュリオ殿の頭の中だけで進行していた恋愛劇だったらしい。
カロリーナを見つめるヴァンナ嬢に、嘘は感じない。瞳いっぱいに憧憬の念を乗せている。
「勘違い男、サイっテぇ……」
カロリーナの声は氷点下だ。
「あの……、カロリーナ伯爵令嬢……、私のこと怒っておられますよね? だって私のせいで婚約が……」
「あなたは巻き込まれただけなんでしょう? いいのよ、私、せいせいしてるし。彼は話を聞かないから、大変だったわね」
涙目で尋ねたヴァンナ嬢に、カロリーナが理解を示す。そして思いついたように提案した。
「そうだわ。私たち友達になりませんこと?」
「ええっ、いいんですか? そんな破格な待遇! もちろん喜んで、お友達になりたいです!」
「良かったわ。これからぜひ交流を深めましょうね。ジュリオ様抜きで」
勝ち誇った目をジュリオ殿に向けながら言うカロリーナ。
僕に向けてはこっそりと、"勝利のサイン"を出してくる。魔物討伐で使う、計画がうまく行った時の手信号だ。
(ああ、はい。"寝取ってやる"って言ってた件ね)
まったくちっとも寝取れてないけど、カロリーナが満足したなら良しとしよう。
蚊帳の外にされたジュリオ殿が、顔を真っ赤にして怒鳴り出した。
「ま、待て! なんだそれは! そうか貴様ら、グルだったんだな、俺を笑いものにしようと企んで騒ぎを起こしたんだ!」
「何を根拠に」
「そうですよ。言い掛かりも甚だしいです」
手を取り合っているカロリーナとヴァンナ嬢は素っ気ない。
僕はそっとジュリオ殿に耳打ちした。
「ジュリオ殿、それよりも伯爵夫妻が戻られてからのことを、心配したほうが良いのではありませんか? 会場は惨憺たる有り様。家長が決めた婚約は独断で破棄。それら全ての原因が、ジュリオ殿の浮気にあるようですが」
おっと、つい低すぎる声が出た。
真っ赤だった彼の顔が、さっと青く変わる。
やっと状況に気付いたか。
その後、ガクガクと震えるばかりで動かなくなったジュリオ殿を後に、会場を出た僕は、カロリーナとヴァンナ嬢を送り届けたのだった。
◇
あれから一年。
ジュリオ殿がどうなったかと言うと。
なんとパーティー会場で騒ぎを起こした女性は、王家が隣国から預かっていた留学生だったらしい。
身元を伏せての滞在だったので詳細はわからないが、王家が絡むほどだ。
隣国の重鎮か王族、もしくは我が国の王家血縁者という線もあり得る。何人か向こうに嫁いでらっしゃるから。
そもそも、あの日伯爵夫妻が王宮に呼ばれたのも、その関連だったらしい。
大事な預かり子がジュリオ殿と交際していることに気づいた王家が、伯爵夫妻を呼びつけた。身を引けと釘を刺すためか、あるいは婚約相手を変えろという要請か。
部外者である僕に詳細はわからない。それでも秘密裏の情報が入ったのは、王太子殿下の傍近くに仕える職務上の特権だ。
とにもかくにもそんな重要人物を、ジュリオ殿が気づかず遊びの相手にしていたわけだ。そして弄ばれた彼女(たぶん箱入り)が暴走したことで、さらに話は大きくなった。
くだんの令嬢は早々に国に呼び戻され、他家で魔物を召喚した件を罰せられたが、同時にジュリオ殿に負わされた心の傷も深く、"よくも娘を追い込んだ"と彼女の実家は激怒。王家が連動。
ガルディ伯爵家はきついお咎めとともに、莫大な支払いを課された。
そこにカロリーナの実家ファサンテ家からの抗議と、招待客への謝罪や治療費も加わって、ガルディ伯爵家は各方面に多額の賠償を用意するハメになった。
それは向こう数代、立ち行かなくなるほどの額面にのぼり、伯爵位も売り払ったことで、ガルディ家は事実上、没落となったのだった。
◇
そして僕の告白の行方は。
「御前試合の優勝おめでとう、アルド!」
「ああ、勝利の女神のおかげだよ、カロリーナ!」
飛びついてくる新妻を抱き留め、愛しい彼女の髪に口づけて、幸せを噛みしめる。
玄関ポーチで熱い抱擁を交わしながら、僕は朗報を伝えた。
「優勝賞金に加え、王太子殿下の近衛隊の名を高めたご褒美で、殿下からもお祝いいただけることになったんだ。広い家に引っ越そう。きみの好きな花をたくさん植えるといいよ。庭を季節で満たそうか」
「すごく素敵ね! 生まれてくる子もきっと喜ぶわ。虫が来ても、王都の蜂は小さいから怖くないしね」
「いやいやいや、小さくても刺すから、そこは用心してやらなきゃ」
「私が守るわ。大切な相手には、そうして来たもの」
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婚約破棄事件の後、カロリーナに愛を告げたら、彼女は涙を浮かべてプロポーズを受けてくれた。
「別の相手と婚約させられて諦めてたけど、"初恋が実らない"というのは嘘ね。私、実ったわ」
僕はその時初めて、果敢に魔物を防いでいた少女が実は、"自分を必死に奮い立たせて虚勢を張っていたのだ"という話を聞いた。
カロリーナが"僕を守りたい"という一心で、"蜂"に立ち向かってくれていた過去を。
(カロリーナも僕を想ってくれていたなんて!)
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「これからは僕が守る。大切なきみと、新しい家族を」
腕の中のカロリーナが、ホウッと満足そうに吐息を落とす。
それから顔を上げて、明るく言った。
「そうそう、ヴァンナがもうすぐ遊びに来るの。彼女、良い人が出来たんですって。お相手はヴァンナと同じ男爵位の方だそうよ」
寝取った(?)彼女との友情は、変わらず良好らしい。
初夏の空はどこまでも爽やかに青く。僕たちは肩を並べて家のドアをくぐった。
彩りに満ちた人生に、祝福を!!