8 自覚してきた
ちょっとずつ進んできました。
目が覚めると自分の部屋のベッドに寝かされていた。
侍女のアイラが気付いてくれて、心配しましたよ、とかお水は飲めそうですか、とか優しくしてくれる。お礼を言って、倒れる前のことを思い出し、動揺した。私、ジャスティンに…
「アイラ…私、どうなったの?」
「お茶の時間に具合が悪くなり、ジャスティン様が運んでくださったのです。覚えていらっしゃらないのですね?」
「…ジャスティン…様が…」
「ええ、とても心配していらっしゃいました。最近お二人はとても仲がよろしくて…うふふ」
アイラが嬉しそうに言うが、私はキスされたことと「君は誰か」と聞かれたことを思い出して赤くなったり青くなったりしていたと思う。
「まあ、お嬢様、まだお顔の色がよくありませんね、もう少しお休みください」
アイラにそう言われて、また布団を掛けられた私は本気で休もうと思って眠った。だって、落ち着いて起きてなんていられないから。
でもマリアとも話したように、これからジャスティンとどうなりたいのか、考えなくてはならないのも事実だった。
次の日、部屋にジャスティンが来た。
心配しているようで、小さな花束も手にしていた。無駄を嫌うという彼がわざわざ花を準備してきてくれたのだと思ったら、嬉しい気持ちになった。
「…昨日はすまなかった、急にあのようなことをして」
申し訳無さそうなジャスティンを見たら、怒る気にはなれないし、そもそも彼との結婚を夢見ていたのはジェシカ、私なのだ。
それを受け入れてくれるというなら、本来は断ることなどあり得ない。それに昨日あれから考えたのだが、マリアになった時に、このままいけば村の誰かと結婚して生きていくんだなと思ったのだから、今、ジェシカとして貴族の娘としてジャスティンと結婚するのも、そう変わりはないし悪い話ではない。
転生して、ここにいて、生きるのに困らないだけでもありがたいのだ。
「いいのです…その…婚約のお話を進めていただければと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。あ…私、こんな座ったままで…」
長椅子に座ってクッションにもたれかかっていたことに気付いて立ち上がろうとした私の側にジャスティンが駆け寄り、跪いて言った。
「いいんだ、座っていてくれ。そして、その…ありがとう、婚約のこと…」
「いえ…先にお願いしたのは私ですし…受け入れてくださったのはジャスティン様で…お礼を言うのは私の方です」
王子様みたいな容姿のジャスティンに跪かれて、アワアワした私がそう言うと、彼は本気で心配している顔で
「うん…でも、それは子どもの頃のジェシカだっただろう?今の、大人になったジェシカも、僕のことを好きだと思ってくれているの?」
と聞いてきた。
それは…どういう意味なのだろう?今のって…ジェシカが大人になったってことでいいんだよね?中身が違う人ってことじゃないよね?いろいろな考えが頭の中をグルグルしていたら、アイラが
「ジャスティン様、そろそろお嬢様はまたお休みしたほうがよろしいかと…」
と言ってくれたので、ジャスティンは慌てて立ち上がり、また来ると言って部屋を出た。
「…アイラ、ありがとう。私…」
「いいんですよ、ずっと想ってらした方でも、ああして本当に求婚されれば悩むのが当たり前です。子どもの憧れと、夫婦となっていろんなことに二人で対処していくのは違いますもの。そういうことにお気付きになって、なおも一緒に居たいと思われるかどうかですよ」
アイラは私を支えながらベッドへと連れて行ってくれた。そして、お布団を掛けてくれながら、
「昨日の口づけがお嫌でなかったのなら、ご結婚されるのが良いと、アイラは思いますよ」
と言ったので、私は口を開けてしまった。
「あ、アイラ…?」
「あら、ジャスティン様が運んでくださったと言いましたが、その場に私がいなかったとは申しませんでしたよ。さ、本当に、少しお休みください」
ニコニコしながらお布団をポンポンとしてくれたアイラは、何度か振り返りながら部屋を出て行った。
私は横になりながらアイラの言った言葉の意味を考えていた。
結婚したいと言い出したのはジェシカで、マリアとジャスティンがくっつかないのなら、このままジェシカとジャスティンが結婚するのは自然だし、逆に断るのは失礼どころの話ではない。
だからと思って婚約の話を進めてくれるよう伝えたが、アイラの言う通り、昨日のジャスティンとのキスは、嫌ではなかった。
それは、私がジャスティンを好きだということなのだろうか?この状況を受け入れるしかないという決断ではなく?どちらでも結果は変わらないのだが、中身が女子高校生の私はやっぱり考えてしまう。
『ジャスティンが好きなジェシカって、どのジェシカ?』
彼は最近のジェシカが気になると言っていたし、これまで素っ気なかったのに急にお茶の時間に現れるようになったし、多分今のジェシカのことを気に入ってくれてるのだろう。
それはつまり私を好きだということで、そんな風に思うと胸がドキドキする。そして、これまでは意識していなかったのに、キスされたら急に気になるなんて我ながら現金だなあと思う。
でも、どうせ結婚するなら、好きな人としたいのが人情というものだろう。そう考えると、ジャスティンとの結婚は…
『うん…嫌じゃない。というか好ましい?』
実のところ、好きな人、ですぐに浮かぶのは蓬莱くんの顔だったけど、考えてもどうにもならないこともある。
『この胸の痛みは、いつかマリアに聞いてもらおう…てか、マリア、いや豊浦さんと蓬莱くんが付き合ってたとかないだろうな…』
さっきまでの乙女チックな気持ちからちょっと離れてギスギスしてしまった。いずれにしても、うん、ジャスティンとの結婚、前向きに考えよう、これ、多分、いや、きっとちゃんと恋心になる気がするし。
…その日の夕飯はいつも以上に美味しく感じられてまたたくさん食べてしまった。
お読みくださりありがとうございました。次話もどうぞよろしくお願いいたします。