7 一歩前進?
二人の仲、進展です。よろしくお願いします。
家に帰った私は、もう一度日記を読み返した。
最初に読んだ時に可愛いと感じたジェシカの恋心を確かめたかったのだ。今回もやっぱりジェシカのジャスティンへの気持ちは読んでいて微笑ましかった。
記憶がだんだんと蘇っているので、私もジャスティンのことは嫌ではない。それなりに優しくしてくれたことや紳士的な態度を覚えているのだ。
でも、結婚したいほどかと言われると、どうだろうかと思う。
確かに彼は美しく、貴族としての地位も高く、人気があるのも頷ける。
でも元々そういうところに興味がない私は『そんな人と結婚したら家が大きいだけに苦労もすごそう』と思ってしまうのだ。どちらかというと堅実で親切な人が…と考えたところで蓬莱くんを思い出す。
さっきマリアにあんな話を聞いたせいだ。『時々お店に来ていたなんて、知らなかったな』と思う。お店で働く私は蓬莱くんからはどう見えたのだろう。何度も一緒に学校の仕事をしたけれど、そんな話が出たことはなかった。優しい、気遣いのできる人だったから、私が隠していると思っていたのかもしれない。
『そういうわけじゃなかったんだけどな。特に言う必要がなかっただけで、幸司兄の友達はみんな知ってたし、お店に来た時には声をかけてもらってたし…』
そこまで考えて、今更そんなことをとおかしくなった。どうせもう会うことはないのだ。
そして、あの時、事故にあったあの初詣の時、豊浦さんと一緒にいる姿を見て胸がギュッとなったことを思い出す。
『もう少し話してみたかった』
部活にも入らず、必要以上に他の人と仲良くしようとしなかった自分を振り返って、やっぱり自意識過剰だったかもと自省する。
もっといろんな人と話したり、部活に入ったり、カラオケに行ったりしてみればよかった。しなくてはならないことがある、と構えて人と距離を取っていた自分を思い出して、私は、この世界に来てから初めて泣いた。
パーティーのためのドレスやお客様の確認は思っていたよりも大変だった。お茶を飲みながら、出席者が書かれた名簿を見るが、思っていたよりずっと分厚い冊子だ。おぼろげな記憶を頼りに当日挨拶をするなんて、到底無理だとテーブルに突っ伏して落ち込んでいたら、ジャスティンが来た。
「どうしたの?」
「…お客様の顔が…」
「うん?」
「…思い出せないの」
「え、君が?」
「そうよ、何か?」
「いや、だって、その名簿…」
「なあに?」
「それ、レオ様のご友人が多いよね?」
「そうよ、だから?」
「だって…」
状況がツライ上に、煮えきらない態度を取るジャスティンの様子にちょっとムッときて口調が厳しくなる。
「はっきり言ってくれないとわからないわ。お兄様の友人が多ければ何だというの?」
ジャスティンは言いにくそうにしていたが、私の剣幕に逃げられないと思ったのか
「君はレオ様のご友人の何人もに甘えていただろう?名簿にある方々の中にはその人たちも多い、なのに覚えていないのかなって」
と名簿を確かめながら言った。
私は驚き、そしてとても恥ずかしくなった。ジェシカ、あなた、ジャスティンに夢中だったんじゃないの?なんてことを!
心の中で口に出せないような悪態をついていたらジャスティンが心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫?顔が赤いけど…」
「だ、大丈夫よっ!そ、そんな、甘えるなんてことがあったかしらと思って、考えていたの。こっ子どもだったから、常識に欠けていたようねっっ!!これからはそんなことはしないわ!」
あまりの恥ずかしさに、声が上ずってしまったが、そんな言い訳にジャスティンはプッと小さく吹き出した。
「あはは、ジェシカ、君がそんなことを言うなんて、本当に…大人?…くくっ…大人になったんだな。最近様子が変だから、何かまた妙な作戦…ふふっ…でも立てているのかと思っていたんだけど」
「な、変な作戦って…」
途中に笑いが入るのが気になる。ジェシカ、何してた?
「前にも、私の気を引こうと街場で流行っている短いドレスを着てみたり、役者の台詞を真似して誘惑してきたり…くっ…いろいろしたじゃないかっ…フッ…」
「っっ!!」
もうっ、もうっ、ジェシカったら、何をやっているのよ!と心の中で叫ぶ。恥ずかしさでますます顔が熱くなり手がプルプル震える。なのにジャスティンはますます楽しそうだ。
「ふふっ、ジェシカが…ふふっ…恥ずかしがってる…くくっ」
「もうそんなことしないし!それは、ほら、若気の至りっていうか…とにかく、これからは妙なことであなたを困らせたりしないから!」
それでも堪えきれないのかアッハッハと笑い声をあげ始めたジャスティンの口を咄嗟に塞ごうとしたら、急に抱きしめられたので息が止まりそうになった。
「ハァ…ジェシカ、最近のジェシカはどうしたの?どうしてこんなに素直になったの?まるで…」
「…あ、あの…?」
「まるで君は他の人になってしまったようだ…君は一体誰なの?」
急に抱きしめられてドキドキしていた心臓が、別な意味で止まりそうになった。
「誰って…そんなの…」
ジャスティンに何か気付かれた?ジェシカがこれまでと違いすぎるから?バレたら私どうなるの?
「…ジェシカ・ランドレンに、決まっているでしょう…」
声が震えてしまった。いや、でも女子が急に好きな人に抱きしめられたら焦るのは普通のはず、と思う。
「…急にこんな、恥ずかしいです」
焦りながら、両手でそっとジャスティンの胸を押して俯く。
「あ、ああ…すまない…その…」
彼は私を抱きしめていた腕の力を抜いて、手を降参するように挙げ、一歩後ずさった。ホッとしたが、そのまま動かないのでそっと顔を見上げると、真っ赤になったジャスティンがいた。
「その…ジェシカ、私は…いや、僕は、最近どうも君のことが気になって仕方がないんだ。急に素直になった君が、可愛くて…」
びっくりしている私の頬を両手で包んだジャスティンは、そのまま私にキスをした。そして息を止めて固まっている私に、恥ずかしそうに言った。
「婚約の話を、進めてもらおうと思っている。いいよね?」
私の意識はそこで途切れた。
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