4 頑張りたいけど、大丈夫だろうか
続きも読んでいただき、ありがとうございます。
次の日は良い天気で、昨日の失態の記憶も少し和らいで朝食をとることができた。
父親と母親、そして兄弟達は当然ゲームに出てくる人物を実体化させたような容貌で、今朝、鏡を見てびっくりした時と同じ気持ちになった。
『本当に私、ここでやっていけるのかな…あのまま教会にいたほうが良かったんじゃ…』
不安になりながらも出される料理が美味しくて、自分で思っていたよりも食が進んでしまう。もちろん叔母さんのお店のものもすっごく美味しいんだけれど、こういうザ・高級料理!なものは時々しか食べなかったのだ。
『うう、このパン美味しい。ただ柔らかいんじゃなくて、なんだろう、いい匂いがする。小麦の香りっていうのかな?あ、このお野菜を固めたものも美味しい。コンソメ味?朝からこんなにすごい食事になっちゃうの?夜はどうなっちゃうの?』
「…ジェシカ、今日はよく食べるのだな」
「…」
「ジェシカ?」
「え?あ、はい、とても美味しいです!こんなに美味しいものを食べられるなんて、幸せです」
顔を上げて、ハッとする。いつの間にかフォークとナイフを握る手に力が入っていたようだ。
そっと姿勢を正して見回せば、私と同じ黒髪ストレートで茶色い目の両親の呆気にとられた顔、そしてこれまた同じ色味の兄弟の恐ろしいものを見るような顔…。
もしかして、もしかしなくても、やってしまったのでは?お嬢様なのにモリモリ食べ過ぎた?夢中になりすぎ?
「え…と、その…」
「ジェシカが料理を褒めるだなんて、珍しいこともあったものだ。シェフが喜ぶな」
「ホント、お姉様は好き嫌いが多くて食事には文句ばかりだったのにね」
兄弟がフンっと笑いつつ食事を再開する。なるほど、ジェシカは好き嫌い、と言うか食べ物に関して文句が多かった、ということか。
「なんてことレオ、アーロ、意地悪な言い方しないでちょうだい。そうでもないのよ、ジェシカはここのところ以前よりもよく食べるようになっていたの。ね、ジェシカ?」
これはおそらく豊浦さんもこの美味しさについ食べてしまっていたということだろう。そりゃそうだよね、だってとっても美味しいんだもん。
「ええと…身体のためには何でも食べることが大切だと習いましたし、それに…今まで当然だと思っていたけれど、うちの料理はとても美味しいです。これまで文句ばかり言ってごめんなさい」
これから先、美味しく食事をするためにも、ここは反省を見せておく必要があると思った私がそう言うと、驚いた父親のフォークの先からさっきのゼリー寄せみたいなのが落ちた。
兄弟をたしなめてくれた母親もびっくりしている。レオとアーロと呼ばれた兄弟は先程よりも驚愕の表情を浮かべてこちらを見つめている。
私はマリアの『あまりにゲームとかけ離れた行動を取るとどうなるかわからない』という言葉を思い出したが、いくらなんでも食事の好みが変わったくらいでは大きな変化はないだろうと思ったので、家族の驚きを横目に食事を続け、お茶を飲むと挨拶をして部屋に戻った。
「ジェシカ様、今日はどのドレスにいたしましょう」
部屋で休んでいると、私よりはやや年上に見える侍女?メイド?が来てそう言ったので
「え?どこにも行かないし、着替えないわよ」
と答えたが、彼女は驚いた様子で、
「え?でも、先程のは朝食用のドレスで…」
と言ったので今度は私が驚いた。
「朝食用のドレス…じゃあ着替えるとしたら?」
「お部屋用のドレスですけれど…」
「その後で出かけると言ったら?」
「外出用のドレスに…」
どれだけお金持ちなのかと気が遠くなりかけたが、ここで暮らしていくなら確かめておいたほうがいいだろう。
「あのね、確認なんだけど、こうしてしょっちゅう着替えるのは、私だけ?それとも他の家の女性も?」
「…ええと、その…」
「いいのよ、正直に話して頂戴」
「…お嬢様のお着替えは、他の方よりは多いかもしれません…」
言いにくそうな彼女を止めて、伝える。
「ありがとう、わかったわ。私もこれからは他の家の子たちと同じくらいの着替えにしようと思います。だから、ええと…あなたが適切だと思う時に、着替えを提案してちょうだい。ここは着替えるのが当然だという時には、そう言ってくれると嬉しいの」
「は、はいっ!承知いたしました」
「じゃあ、今日はこのままでいいわ。もし何処かへ出かけるとなったら、その時は考えます。私はしばらくここでゆっくりするから、あなたも、自分のことをしてちょうだい」
驚いている彼女に、部屋を出るよう促すと、恐る恐るといった様子ではあったが姿を消した。
そうだよね、急にあんなこと聞いたら、どこか悪いんじゃないかって思うよね…ごめん。しかし、この時間に豊浦さん、いや、マリアに聞いたジェシカの日記帳を読んでおこうと考えた。
マリアが言っていたように、ゲーム補正というもののおかげか文字の読み書きはできそうだし、意識しなければそれなりにお嬢様っぽい動作が身についているようだ。
豪華な机の引き出しから見つけた日記帳の文字が読めることからそう考えた。
長椅子にゆったりと座って読み始めたものの笑ってしまったのは内容があまりに幼く自分本位だったからだ。
どうもジェシカはだいぶ我儘なお嬢様だったようだ。それでも両親や兄弟に対してはそれなりに感謝の気持ちや家族としての思いがあったようで、読んでいて羨ましくなったのが正直なところだ。
そして、ジャスティンについての記述には顔が赤くなってしまった。
ジェシカはジャスティンが好きで堪らなかったようだ。
容姿についてはもちろん、いろいろな話をしてくれるのは自分のことが好きだからではないかとか、この前お父様がしてくれた申込みが受け入れられてきっと婚約できるとか、成人したのだから早くジャスティンと閨を共にしたいとも。
…これは随分と夢見がちだ、と思ったが、同時に可愛いなとも思った。財のある貴族の令嬢だもの、これくらい自分に自信があるのも仕方のないことなのだろう。
マリアの話では、ジャスティンはジェシカではなくマリアを好きになるのだ。
それを良しとしないジェシカはマリアとジャスティンの邪魔をするだけでなく、マリアを虐める。でもそれが酷すぎると良くないことが起きるって言っていたから、程々に、だっけ。
ゲームの進行上ジェシカがマリアの邪魔をするのは必要みたいだったから、適度に嫌味を言うとかだろうか…難しそうだなと思ったけれど、それがマリアにとって必要なら…頑張ろうと思った。
お読みくださり、ありがとうございました。