2 チェンジ、こちらからお願いします
よろしくお願いいたします。改行の修正してあります。
最初は教会でお世話になりながら暮らすマリアという子だった。ふわふわした金髪に青い目の中肉中背で、タレ目。以前の168cm黒髪ストレートの私とは大違いだ。
牧師さん?が近所の子どもたちを集めて勉強させたり結婚式を執り行ったりしていて、その手伝いをしていたようだったので、そのまま暮らしていた。牧師さんはセオドアさんという人で、私よりはだいぶ年上に見えた。
マリアも成人しているけれど、孤児だし、このままいけば村の誰かと結婚して生きていくのではないかと思った。それは進路に悩んでいた私にとっては渡りに船で、決定しないのにこの後の人生が決まる、しかもそんなにお金はかからない、人に迷惑もかけなさそうというものに見えた。
まあセオドアさんにはお世話になっているけれど、一生懸命働いて恩返しできるように頑張ろうと思ったし、それは以前と変わらないので苦には感じなかった。マリアとしてのこれまでのことも薄ぼんやりとだが記憶として蘇ってきたというのも助かった。単に孤児でここでずっと暮らしていただけだったけど。
ところが一週間ほど経ったある日のこと、突然豪華な馬車が教会に来て、美しいドレスを着た女性が降り立った。
セオドアさんはちょっと驚いたようだったけれど、すぐに我に返って挨拶をしていた。私は来客の応接の邪魔にならないように教会の裏手にある井戸へ行ってお昼の支度用の水を汲んでいた。ところがそこに先程の女性、ストレートの黒髪、茶色目、背の高い、よく見ると同じくらいの年齢の子のようだ、がやってきたのだった。
そして、
「ちょっと、あなた、中にいるのは誰?」
と聞いたものだから本当に驚いた。
「え、え、えーと…」
と口ごもっていると、なおも続けて
「私は豊浦咲希よ」
と名乗ったから、思わず
「ま、マジで?私、伊勢崎、伊勢崎ともえだよ」
と答えてしまった。
あの時もう少し考えて知らないふりをしていたら別な人生だったかも、と後から思わないでもなかったけれど、でもその時は豊浦さん、今はジェシカ・ランドレン嬢という彼女の申し出を変なことだとは思わず受けてしまった。多分私もこんな突然始まってしまった生活にどこかおかしくなっていたんだろう。
ジェシカが言うには、ここは乙女ゲームの『これでも聖女?〜転生先の氷騎士が溺愛してきます〜』の中で、このままでいくと主人公である私「マリア」は聖女として王宮や地方に行ったり様々なクエストをこなしたりして人々のために働かなくてはいけないということだった。
ジェシカになった豊浦さんは私よりもちょっと前に転生したけれど、発生するはずのクエストが少なすぎることで、どうも主人公に何か起きたのだと考えてやってきたのだという。ここでは選択が少ない人生を歩めそうだと思っていた私にとってそれは恐ろしいことだった。
「文芸部内ですごく流行っていたし、私はやりこんでいたから、どんなクエストがあってどうすればクリアできるかわかっているの。でも、私が転生したジェシカはただのお嬢様でモブだから、この知識はなんの役にも立たなくて…かと言って私がずっとマリアと行動をともにするのも無理があるの。だから…」
「…だから?」
「もし伊勢崎さんがよければ、私達、入れ替わらない?」
「…」
その時の私の頭の上には「?」マークが100個くらい浮いていたのではないかと思う。豊浦さん、ジェシカ、は私を見てプッと吹き出して、
「ごめんごめん、そうだよね、やったことなければわからないもんね。説明不足だった。この世界には魔法があって、魂の入れ替えができる魔道具があるの。まあそういう世界だから私達もここに来ちゃったのかもしれないけど」
「魔道具…」
「そ、だから私達は入れ替わることができる。どうする?このままだとマリアは聖女になるから、ここを出て冒険しなくちゃいけないけど」
「えーと…」
「何でも聞いて」
「聖女…?」
「ええ、そう、治癒魔法とか、浄化魔法とかが使える人。ここでの地位は高いから大切にはしてもらえるよ。だから、もし伊勢崎さんがこのままマリアとして、聖女として生きていくならそれはそれでいいと思う」
「このまま…」
「うん、聖女はいろんな人に出会って恋愛したり冒険したりするから、楽しいと思うよ」
「恋愛や冒険…」
「そう、王子様に会ったり、騎士に会ったり…って大丈夫?伊勢崎さん、顔色変だよ」
「そんなの、私、イヤだよ」
「え、そう?」
「そうだよ、そんなの、どうしていいかわからないし、間違えたらゲームオーバーもありなんでしょ?だってゲームなんだから」
「…あー、まあ、そういうこともあるけど…でも、それなりに楽しいことも」
「ヤダ、私、豊浦さんと入れ替わりたい。いや、お願い、替わってください」
「え、あ、ああ…それは、内容を知っている私の方がクリアし易いと思ったから来たんだし、いいけど…このままマリアでいれば聖女になれるんだよ?いいの?」
「そんなの無理だし。ジェシカさんは見た感じお嬢様だけど、モブ?ってやつなんでしょ?主人公ではないってことだよね?」
「う、うん。でも、一応貴族だから約束事とか作法とか、覚えなくちゃいけないことやしなきゃいけないことはあるよ?マリアの邪魔をするっていう仕事も多少あるし」
「いい、いいです、それって今からでも覚えられるもの?」
「それは、もう少し勉強したいって言えば家庭教師はつけてもらえると思うし、お金持ちだから大抵のことはお金で解決も…」
「そんなにいい役なのに、替わってくれるの?いいの?」
おそらくは食い気味に聞いた私に、ジェシカの豊浦さんは苦笑いして言った。
「それはこっちも同じよ。だって、主人公ヒロインで聖女だよ?替わっても後悔しない?」
「大丈夫!まだ一週間だし、よろしくお願いします!」
交渉が成立したので、そこから3日間、ジェシカ嬢として教会を訪問する豊浦さんからこの世界のことやジェシカのこと、魔法のことなんかを教えてもらった。
気をつけなければいけないのは、ジェシカは貴族のツンツンしたお嬢様だから、あまり庶民的な振る舞いはしないほうがいいということ、だからと言って自分勝手すぎると酷い目に遭うので程々にしておくこと、特にマリアを虐めすぎるのはいけないこと、でもあまりにもゲームから外れた行動をしてしまうと今後どうなるかわからないということ、だった。
「ありがとう、いろいろ教えてくれて。しかも何だかお金持ちのお嬢様なんて、申し訳ないけど…」
「いいんだってば、ほら、私はヒロインになれるんだし攻略方法も知ってるから、お互い様ってことよ。私の方が得だと思ってるし。実はマリアの一番の敵はジェシカだから、そこがラクになると私も助かるんだよね」
「ホント、ありがとう。私も頑張る」
「うん。ゲームが進んだらどこかで会うこともあると思うけど、その時はよろしくね」
「うん、こちらこそ。また会えるの、楽しみにしてる」
こうして私達はジェシカが持ってきた「入れ替わりの宝珠」とやらで魂の入れ替わりを完了させたのだった。
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