11 異世界転生していたのは
これで完結です。よろしくお願いいたします。
庭での出来事が終わって、寄り添いながら屋敷へ戻った私達は美味しいデザートにギリギリ間に合った。
なのだが…あのジャスティンが私に「アーン」しながらチーズケーキを食べさせるのを見て、みんな唖然としていた。多分私の顔、真っ赤だったと思う…。
招待客が全て帰ると、広間には家族とオリヴィア様、そしてジャスティンが残った。
オリヴィア様は今日からうちで過ごすので、レオお兄様はお父様とお母様に今日のお礼を言うとお義姉様をヒョイと抱き上げて部屋へ行ってしまった。
恥ずかしそうに抗議するオリヴィア様に両親は苦笑していたが、もう大人の二人なので特に何も言うことはないようで、見送ると自分たちも部屋で休むと言って広間を後にした。さすが『そういう世界』…。
アーロはもう少し何か食べたいからとバトラーを連れて厨房へ行ってしまった。元気で何よりだけど、さっきまでも随分食べていたような…。若者すごいな?
そして、ジャスティンは泊まらず帰ることになるが、その前にもう少し私と話がしたいと言うので、広間の隣のパーラーに二人で移動した。
「それで…その、お話というのは…」
「…その…」
「はい」
「…あの…」
「はい?」
「…驚かないでほしい、と言っても無理だと思うのだけど」
「はい」
さっき二人でしたコトより驚くことはそうないと思うので、頷いた。なのに。
「俺には前世がある」
「はい?」
ジャスティン様、今、俺って言いました?いや、それより、前世?
「前世での俺の名前は蓬莱渉」
「は、はい…は…はいいっ?」
また俺って前世って、いや、それどころでなく、ちょっと待って?ど、どういうこと?
「え?あの?何?ほ、蓬莱くん?え?」
「黙っていてごめん。大晦日の、あの事故のせいでここに転生したんだ。そして君は伊勢崎ともえさんだよね?」
と、さも当然のように答えた。
私は驚くどころか、絶句した。
だって、何と言えばいいのか。ジャスティンが蓬莱くんって?転生したって?しかも私のことがわかっていたって?どういうこと?
何を話せばよいのかわからずアワアワしていると、ジャスティンが続けた。
「君が教会から帰ってきて俺が出迎えた、あの日におかしいと感じて、その後マリアさんの生活の様子や君のことを見張ってきた。でも、確信がもてたのはお茶の時間に出してくれたチーズケーキだよ」
「…チーズケーキ…」
「君が牛乳から作ったチーズを使って作ったって言っていた、あれだよ」
「っああ…え、でもどうして…」
「あんなお菓子、ここに来てから見たことも食べたこともなかったから、多分この世界にはないものなんだよ。でも俺は初音町の君の叔母さんのお店に何度も行って食べたし、病院にも配達してもらっていたから、君が作ったチーズケーキだってすぐにわかった」
「初音町…ホントに蓬莱くんなんだ…あ、そう言えばとよ…」
「…」
「…マリアさんが…そんなことを」
ゴニョゴニョと誤魔化そうとしたけれど、ジャスティンは苦笑しながら
「やっぱりマリアは豊浦さんか。そしておそらく最初は彼女がジェシカだったよね?どうしてまた途中で入れ替わりなんて」
とあっさりバレてしまった。
聞けば蓬莱くんは私達よりもずっと前からジャスティンに転生していたそうで、ジェシカやマリアとどう関わろうか悩んでいたらしい。
ところが私達が入れ替わる少し前から様子が変なので、もしかすると自分と同じように誰かが転生しているのではないかと考えて見張っていたのだそうだ。
文芸部で女子がキャーキャー言っていたし攻略に協力していたのでゲームの内容はわかっていたから、自分がジャスティンになってしまったことにはショックを受けたということだ。
理由をきけば、
「そりゃあそうでしょ。婚約しそうな相手じゃなくて聖女になる予定の子に懸想してさ、それだけじゃなく、押し倒してそんなことするなんて、前の俺の価値観から外れすぎだよ。
騎士団の仕事で何回か教会には行ったけど、当然そんな気持ちにならなかった。確かにマリアは明るい美人だと思ったけど、それは一般的な話というか、ゲームと同じだなと思ったと言うか。
でも俺としては婚約者がいるならその人と、ジェシカと結婚するのが筋だと思っていて。でも、ジェシカが非常識な人間だったら、それもなぁって正直困っていて」
話を聞いていて、もしそのままジャスティンがマリアを気に入っていたら、私はそれなりにジェシカとして、そして好きになってきていたジャスティンを失いたくなくてマリアを虐める役割を果たしていたかもしれなくて、そうであったならこの関係もまた違うものになっていたのかもしれないと思った。
そもそも豊浦さんと入れ替わらなければ、ゲームの役割を放棄した蓬莱くんとこうしていたのは彼女のはずだった。私はマリアのまま、誰かと結婚して普通に暮らしていくことになっただろう。
最初はそれでもいいと思っていたのに、こうしてジャスティンと一緒に過ごして、好きだと自覚してから考えると、なんだかとても切なくて悲しくなった。
「だけど…ジェシカがマリアに意地悪もせずどんどん可愛くなっていくから、本当は、その…えっ、どうしたの?なんで泣いてるの?」
いつの間にか私の頬は涙で濡れていた。話の途中で気がついたジャスティンはびっくりしたようでポケットから出したハンカチで私の顔を拭いてくれた。
「私がっ、ジェシカの中がっ…伊勢崎ともえだってわかっても、私と結婚しようと思ったの?」
「え?うん、そうだよ?」
「きっ、決められていた、こん、こん、婚約者だったから、じゃなくて?」
真面目な蓬莱くんは、婚約している相手と結婚するのが筋だからとマリアではなく私を選ぼうとしていたのが、さっきの話でわかった。
それに、ジェシカが非常識な人で困っていたとも。もしかしたら、仕方なく、という気持ちが強いのではないかと考えたら涙が止まらなくてエグエグと泣きながら聞いてしまう。
「ほ、ホントはっ、豊浦さんのジェシカっのっほうがっ…ううっ…」
するとジャスティンは
「ちっ、違うからっ!そんなことないから!」
「で、でも…」
蓬莱くんと豊浦さんが一緒に初詣に来ていた、転生前の大晦日のことを思い出してしまう。
「一緒に、初詣にっ…」
「いやっ、あれ、部活だったでしょ?大体それを言うなら伊勢崎さん、寺久保と来てたよね?」
「え?」
「待ち合わせてたじゃん」
「あ、あれはっ、バイトで」
「バイト?」
「うん、スケジュール管理がうまいのはなんでか、一緒に行動すればわかるかもって、そうしたら寺久保くんのところのお店にバイト代上乗せして紹介してくれるって」
意外なことを聞かれたせいで、ちょっと涙も引っ込んで、貸してもらったハンカチで顔をゴシゴシ拭きながらそう話すと、ジャスティンは大きくため息をついて何やらブツブツ言っている。
「…そんなの、嘘に決まってるじゃん…ホントにこの人は…」
「え?」
貸してもらったハンカチはクシャクシャで汚れてしまったので、洗って返さなくてはと思いながら聞き返すと
「…なんでもない。とにかく、ジェシカがいい子で好きになっちゃったけど、中が伊勢崎さんだって気付いて、ますます好きになって、さっきは…止まらなくなった…そんなの俺の主義じゃないし、本当は結婚するまではって思ってたんだけど…」
「あ…」
先程の庭での出来事を思い出して二人で真っ赤になる。
「と、とにかく、俺はここでジャスティン・クラッセとして生きていくし、ジェシカ、君と結婚したい。それは…受けてくれるだろうか?」
「…は、はい…」
俯いて、小さく返事をすると、ジャスティンは私の前に再び跪いて、
「俺、前世でも伊勢崎さんのこと、いいなって思ってた。でも、ここに来て、一緒にお茶飲みながら話してて、もっとずっと好きになったんだ。努力家で、優しい、今の君、ジェシカのことが」
「わ…私も…です」
さっきより大きな声でそう答えた私を、ジャスティンは優しく見つめていた。
いつか前世の話をもっとたくさんするかもしれないけれど、前世で気になっていた蓬莱くんより、今のジャスティンのほうが好きなのは私も同じだし、私達はこれからのことを考えながらここで生きていくしかないから、二人で頑張っていければいいな、そんなことを考えてジャスティンを見つめ返したら、手を取られて指先に口付けられたので熱くなってしまった。
「あ、あの…」
「なんだい?」
「マリアさんに、このこと伝えますか?」
ジャスティンは一瞬目を見開いたけど、すぐににっこりして
「ま、そのうちね」
と答えた。
1ヶ月前のことを思い返すと、遠い遠い昔のことのような気がして、実のところ、転生したのが本当なのかはわからなくて、今でも時々不安にはなる。
しかもよくわからないままチェンジを申し込まれて、あれよあれよとここまできたけれど、眼の前の微笑むジャスティンを見るとこの後は一人じゃないって思えるから、頑張っていこうと思う。
マリアさんへの報告は、また今度。
おしまい
ようやく完結させられました。
お読みいただき本当にありがとうございました。いかがでしたでしょうか。
今後も頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします。