あたしは正義のクレーマー!
あたしの趣味は、スーパーや飲食店にクレームを入れること。
別に言いがかりみたいなのとか、いわゆる『クレーマー』って感じのクレームはしないわよ?
大袈裟に言ってみれば、正義の味方って感じ? やっぱり接客業って、お客様に気持ちよく買い物してもらったり、食事してもらうのが大事じゃない? だから対応の悪い店員にクレームを入れて、店をクリーンにしてあげてるの。
さっき行ってきたスーパー、惣菜コーナーのバイトの子が変わってたわ。多分この前のクレームでやめたのよ。良いことよね。
あたしは新人の態度が気に食わなかったらとことんこき下ろすの。向こうは初めてかもしれないけど、こっちからしたらベテランも新人も同じだからね。
クレームの電話でダメなところを全部言うのよ。すると大体の子はやめていくわね。最近の子は根性ないから。
でね、今日は新しく近所に出来たラーメン屋さんに電話をかけるの。もちろんクレームよ?
新店だから当然バイトの子も新人なんだけどね、もう接客がダメダメなのよ。
店内がうるさいわけでもないのに注文を聞き直されたし、ラーメンを運んできた時も「ごゆっくりどうぞ」とかそういう言葉がなかったの。
おもてなしの心は接客の基本でしょ? そういう気遣いが出来ない子は何をやってもダメなのよ。
だから、クレームを入れてやめさせるの。お店のためなのよ? って言っても、店長も若そうだったからお店ごと潰しちゃうかもね、あたし。最近の子は本当に根性がないもんね。そんなのが店長なんて笑っちゃうわよ。
さて、0519-××-××××っと⋯⋯
『もも、もしもし⋯⋯』
いやいや、そこは「お電話ありがとうございます」でしょ。さてはあの子ね。
「あんた、背の高いバイトの男の子ね?」
『えっ、ええ、はい』
なに詰まってんのよ。客と電話してるんだからちゃんと話しなさいよ。
「あんた、そんな対応しか出来ないのになんで電話とったの?」
『すいません、近くにいたもので⋯⋯』
話にならないわね。本題に入ろうかしら。
「いい? よく聞くのよ? 今からあなたの勤務態度の話をするから」
『ええっ! ⋯⋯はい』
いちいちめんどくさい子ね。
「なんやらかんやらガミガミガミガミ」
それからあたしは小一時間説教してやった。でもまだおわりじゃない。
「でもね、あんたが全部悪いわけじゃないのよ。あんたを教育した人にも問題があるのよね。だから、その人に責任取ってもらうわ」
『店長ですか⋯⋯っ! うぅ、それだけは⋯⋯それだけはなんとか⋯⋯うぅ⋯⋯』
なに泣いてんのよ、本当に根性がないわね。
「いいから店長呼びなさいよ、育てたやつに責任取らせるから、早く!」
『うぅ⋯⋯うぅ⋯⋯』
埒が明かないわね。
そう思っていると、電話の向こうから「代わるよ」という爽やかな男性の声が聞こえてきた。おそらく店長ね。
『お電話代わりました、店長のホンダと申します。この度は当店の従業員が大変失礼をいたしました』
あら、分かってるのね。隣で聞いてたのかしら? もしかして説教も全部聞いてた?
「聞いてたのなら話は分かるわよね、あたしはあんたの店で嫌な思いをしたの。あんたが育てた子のせいでね。だから誠意を見せてちょうだい」
変な言いがかりをつけて物を貰おうとしているわけじゃないわ。嫌な思いをしたから、それに対しての誠意を見せてもらおうとしてるだけよ。そのへんの悪徳クレーマーとは違うんだから。
『はい、大変申し訳ございませんでした。今回のことは真摯に受け止め、改善に繋げさせていただきます』
「そういう決まり文句みたいなのはいらないのよ。ちゃんと誠意を見せてくれればそれでいいの。住所伝えておくわね、○○県○○市、○○⋯⋯」
ガチャ
これで菓子折のひとつでも持ってくるはず。普通の、ちゃんと常識のあるお店ならね。
さて次は⋯⋯よし、ここにしよう。そんなこんなであたしのスーパークレーミングタイムは朝まで続いた。
2日後、家にクール便が届いた。
またお母さんが何か送ってくれたのではとワクワクしながら受け取って見てみると、送り主はあのラーメン屋だった。
は? 舐めてんの? 菓子折り持って自分の足でお客様のところまで謝りに行って、それで初めて謝罪が出来るってもんじゃないの?
ほんっとムカつく! なんなのよあの店!
ていうかクール便ってなんなのよ。もしかしてギフト屋さんで買わずに、自分の店の物を送ったの? チャーシューとか入ってたりするのかしら。
非常識だとは思いながらも、あたしはヨダレを垂らしながら蓋を開けた。
!?
あたしはすぐに蓋を閉じた。
一瞬、指が見えたのだ。
見間違いじゃない。あれが食べ物なわけがない。この箱の大きさに対して、あんな小さなサイズだったんだもの、指としか考えられないわよね⋯⋯
もしかして、あのバイトの子の指? 誠意ってまさか、そういうこと!?
だからあの子、あんなに店長に代わりたがらなかったの? これってあたしのせい? あの子は大丈夫なの? なんでこんな物を送ってくるの?
その日は怖くて眠れなかった。
でもちょっとだけ寝た。
朝になっても箱はあった。夢じゃなかった。
あのラーメン屋は狂ってて、あたしのクレームに対する誠意としてあの子の指を送ってきた。
なんでこんなことに⋯⋯
警察に言った方がいいのかしら。でも、あんなラーメン屋にこれ以上関わったら今度はあたしが危ないかもしれない。警察はやめておいたほうがいいわね⋯⋯
捨ててもいいのかしら。いや、無理ね。どうしよう。とりあえず押し入れにでもしまって⋯⋯
はぁ、なんであたしがこんな思いしなきゃなんないのよ。
それにしても、あの子は大丈夫なのかしら⋯⋯あたしのせいで⋯⋯ごめんね⋯⋯ごめんね⋯⋯
夕方に、また同じ大きさの箱が届いた。私は中を見なかった。
その翌日も、その翌日も箱は届いた。
10本全部やるつもりなのかしら⋯⋯足もだったら20本⋯⋯
こんなの毎日やられたら気が狂っちゃうわよ。警察に連絡しよう。
ピンポーン
インターホンが鳴った。
誰かしら⋯⋯
「はい」
『あ、ご無沙汰しております〜』
インターホンの向こうから、聞き覚えのある声が聞こえた。あのラーメン屋の店長だ。普通のトーンで話しているのが怖い。
すぐに警察に電話しないと!
『あの〜、先日のお詫びに伺ったのですが、玄関先でけっこうですので⋯⋯』
「何言ってんのよ! あんたみたいな狂った奴になんか会うわけないでしょ!」
なんで普通に話せるのよ! サイコパスってみんなこうなの?
『狂った⋯⋯? なんのことですか?』
えっ? どういうこと? とぼけてるの?
「いや、あんたあたしの家に毎日あのバイトの子の指送ってきてるでしょ! とぼけても無駄なんだから!」
『あの子の指!? 僕がですか!? ていうか指を送るってなんですか! 怖すぎますよ! 何言ってるんですか!』
どういうこと⋯⋯? この人じゃないの? 本当に、どういうこと?
『とにかく僕はそんなの知りません。僕は従業員は家族だと思っているので、そんなことをするわけがないですし、もし何かあったら全力で守りますよ、家族なんで』
あたしが間違ってたの?
いや、でもラーメン屋が送り主になってたし⋯⋯もしかして誰かのイタズラで? あたしが過去にクレーム入れた店の誰かが指のおもちゃを用意してあたしに嫌がらせをしたとか?
『ご挨拶だけでも出来ませんかね⋯⋯』
信じていいの⋯⋯?
「ちょっと待ってて!」
あの指がおもちゃだって確認したら開けてやろう。それまではダメだ!
あたしは玄関に置いてあった、昨日届いた箱を開けた。指輪付きの指が1本入っていた。
見れば見るほどリアルで、おもちゃとは思えない。本当におもちゃなのだろうか?
爪も、肌の感じも、皺の感じも⋯⋯
やっぱり本物なんじゃないか?
あたしは覚悟を決めて、指を触ってみた。
ぶにっ
指だ!!!!!!!!
やっぱりあの子の指なんだ! この店長は頭がおかしくて、あの子の指を毎日切って送ってきてるんだ! あたしのせいであの子は⋯⋯!
いや、ちょっと待ってよ? この指、シワシワすぎない? まるでお婆さんのような⋯⋯
そういえばこの指輪、お母さんのに似てる気が⋯⋯えっ、このイニシャルって⋯⋯
嘘、これ、お母さんの指? 全部、お母さんの指? だとしたらお母さんはどこに?
「あんたお母さんになにしたのよ!!」
あたしは力の限り叫んだ。
『あ、お母さんでしたら一緒にいますよ』
一緒に⋯⋯? なんだ、あたしを脅迫するために連れてきたのか? 警察に通報したら殺すとか言われるんだろうか? じゃああたしどうすればいいの? 素直に玄関を開けた方がいいの? でもあたしその後殺される?
否! お母さんが酷い目に遭うなんてあたしは耐えられない! 女手一つで育ててくれた、世界で1人の大事な大事なお母さんなんだから!
あたしは勢いよくドアを開けた。
「あたしはどうなってもいいから、お母さんを返しなさい!」
「びっくりするじゃないですか、そんな大声出して。あなたには何もしませんし、お母様もお返ししますよ」
殺されないの? あたし。お母さんも返してもらえるの? でもお母さんが見当たらない。縛られて車にでも乗せられているんだろうか。
よく見ると、店長の右手に大きな紙袋がある。メロンが入っているような大きさの箱が入っている。もしかして本当に菓子折りを持ってきたの?
「じゃあ、どういうつもりなのよ。あたしのクレームに逆ギレしてここに来たんでしょ?」
「逆ギレだなんてとんでもない。あの子があなたのクレームで潰れてしまいそうになっていたのであなたが2度と近づかないように、あの子を守っただけですよ。家族だと思っているので」
「ならなんでお母さんの指なのよ! あたしに恨みがあるならあたしにやりなさいよ! 」
無関係なお母さんを傷つけるなんて、許せない。
「あなたも言ってたじゃないですか、育てたやつが悪いって。だからあなたがこんな風になってしまった原因であるお母様に責任を取っていただいたんです」
責任って⋯⋯
「お母さんにクレームを教わったわけじゃないのよ!」
「そりゃそうでしょ、そんなことは分かってますよ。でも、もっとちゃんとした性格に育ててもらっていたら、クレーマーにはなっていなかったんじゃないですか?」
なんなのよ、こいつ。
「もう御託はいいから、さっさとお母さんを返してちょうだい!」
「ああ、そうでしたね」
店長はそう言って紙袋から箱を取り出した。
「はいどうぞ」
笑顔で差し出された箱の底は、少量の血で濡れていた。




