食堂にて~ベリータルトの邪魔、しないでもらえません?
「やあ、ジーナ。今日は元気かい?」
「あら、ごきげんよう。次の試験楽しみですわね。」
学園に入学してから、一週間、今日も公爵が俺に声をかけてくる。
転生した最初に感じたことと同じことなのだが、なんというか、作者という立場はつよい。腐っても、それぞれのキャラクターに愛着はあるので、なぜ、このキャラクターは、こんな行動をとったのか?ということが、読める。
日本から異世界に転生してきた、アキラが、初日になぜ俺に声をかけてきたのか、理由はわからないけれど、あいつはあくまで、日本から異世界にやってきたので、日本での経験から、異世界の学園にやってきた場合、ゲームの攻略のような発想で、何度も、声をかけることで、好感度を稼いで、親密になっていったら、イベントが発生して、欲しいものが手に入るのではないか?という先入観を持っているのに違いない。
しかし、現実には、そのようなことは起きない。
好感度を上げることは、日常生活を円滑に過ごすうえでは、重要なことかもしれないけれど、好感を持ったところで、なにが起きるということはない。
それにしても、このベリーのタルト、美味いなあ。
ベリーの酸味と甘さが、紅茶との相性も抜群で、なぜ、こんなに旨いものが学園の食堂ででてくるのか?まだ、日本の高校に入っていない年齢の子供たちを集めているというのに、こんなに美味いものが、食堂で自由に食べられるのにも関わらず、なぜ、この世界では、食堂がこんなにも静かで落ち着いているのだろう?と不思議と物思いにふけっている。
日本で、学校の食堂といえば、おばちゃん達が、わんぱくな子供を相手に飯を作ってくれる場所というイメージが、強かった。売り切れる前に、パンを買いに行き、金がないやつは、うどんかそばを頼んで、とりあえずはらを満たし、おとなしい系のやつや、喧嘩をしたことのない、マイルド系のヤンキーとかが、なんか、定食とか、頼んでいたイマージだった。何人かで、席をとるといっても、硬いパイプ椅子の席で、まあ、わいわいがやがやしてるのが、たのしいといえば、たのしかったけれど、「おばちゃーん」とか「はらへったー」という定型文のような会話で、中身のある会話をするような場所ではなかった。
大学に入り、カフェテリアなるものを構内に作ろうというカビの生えた教授陣の計画と、それにのった、キラキラ系女子の努力で、食堂に併設して、カフェというようなものが出来上がった。確かに、なにか、内容のありそうな話をするときには、食堂ではなく、カフェを利用するというので、棲み分けされたが、いざ、カフェを利用するという人に中身がないということが露呈して、カフェに座っていること自体が、「私には中身がありません!」と、周りに晒しているか、そんなことにさえ気が付かない、周囲からの目線に鈍感な奴しか、利用しない場所になっていた。
その、日本と比べて、この異世界の学園の食堂はどうだ!
味が良いものを、清潔で豪華な空間で食べる!!ただそれだけの、いや、それこそが食堂というものの本質だろう!この本質を守るだけで、育ち盛りの若者たちは、こんなにも、礼儀正しく振る舞い、先ほどの鈍感公爵とのやり取りは別として、内容のある会話をこんなにもするのは、いったいなぜだろう?
日本という国は、「おばちゃん!」というものに、なにか、母性もようなものでも求めているのだろうか?おいしいご飯をつくってくれる、作ったご飯を「残すのは許さない!」という、不可解なステレオタイプの演技の空間として、学校の食堂を作るのは本当にやめてもらいたい。
食事は、礼儀の基本なのだ。貴族社会の浸透している、この異世界で、そんな当たり前のことを改めて感じさせられる。真心を伝える箱のようなものとして、礼儀がある。
箱だけ渡しても、真心が伝わらなければ、意味がない。
もし、もう一度、日本で暮らすことがあったら、そのことを全国民に布教してやろうと心に誓いながら、俺は、この心のこもった、ベリーのタルトと紅茶を楽しみ、午後からの授業に備えて、活力をつけていた。
ん?来週の試験?
自分で言っていおいて、ふと、来週試験があることを思い出した。
小説では、ここで、主人公が友達をつくるには、自分が努力して向上しなければならないと、王子の出会いから自分自身を一念発起させるテンプレ展開を書いていた。
「とりあえず、剣も魔法も、別に鍛えるつもりないんだよなぁ」
ひとりのお茶なんだけれど、俺は不意につぶやいていた。
「ジーナ?君は、貴族なのに、鍛えないのかい?」
背中から声をかけられて、俺は、しまった!と思った。気を張っていたつもりが、紅茶とベリータルトのせいか、気が緩んでいた。
「あら、アキラ様。そういう、公爵様もあまり、ご自身の鍛錬というものをされているというお話は聞きませんよ?」
「俺は、あれだ。ほら、せっかく、こんな世界に生まれたんだ。自分にどんなことができるのか試してみたいと思ったんだ。君に興味をもったのもそうだ。君は、王子の婚約者という身でありながら、花嫁修業という訳ではなく、学園に入学するまでの間を自身の領地経営に力を割いていると聞いた。この世界で、そういう考えかたをする貴族はまれだから、君がどんな人なのか興味をもったんだ。」
そう、アキラは、冒険を楽しんでいる少年の表情を見せた。
アキラは自分だけが転生者なのか、それとも俺のことも転生者なのか探ろうとしていたのだろう。ただ、自分が転生者だと話しても、変人扱いされることを怖れて、とりあえずは、学園ゲームの攻略展開の様に俺に声をかけていたのだ。
それにしても、、「せっかくこんな世界に生まれたんだから」か。
小説の中のアキラは、日本的な価値観で、ファンタジー世界を自由にしたら、ただの悪役が出来上がるんじゃないか?という発想でつくったキャラクターだったのだけれど、その動機は、単純に、異世界に転生できたことが嬉しかったのだろう。
自分で作ったキャラクターではあるけれど、俺の創った世界を楽しもうとしてくれていることが、なんだか俺は嬉しくなった。
試験、頑張ってみるかな。
この時点まで、剣や魔法の鍛錬をしてこなかったけれど、俺も少しこの世界を楽しんでも、いいよな。