領地改革~商人に仕事を任せる
「ですが、ジーナ様。」
午後、俺は五名の商人たちと対面しながら紅茶をしばいていた。
この世界の食い物はうまい。朝食で食べた、果物も、パンも鴨もソースも、日本のレストランと比べてもまったく引けをとらない、味だった。
今、しばいている、紅茶も、芳醇な香りと、鼻に抜ける沢かやかな舌触りで、、ミルクや砂糖を加える必要を感じさせない。対面に座っている、商人のひとり、テリヤ商会が仕入れ、確かに、伯爵家に卸すものなので、高級品にはなるのだが、伯爵家を通じて、同格から格下の貴族家への商圏を広げており、テリヤ商会にも利益は流れている。その分、市井には、等級は落ちるものの、庶民が普段口にする分には十分に上等なものを、赤字で流通させている。
庶民から、してみれば、自分たちを統治する伯爵家が口にしているものを、自分たちも同様に口にすることができ、それが、あまりにも贅沢なものではないという実感を普段の生活のなかで、感じることができる。商会の赤字分の利益は、貴族が負担すればよいものなのだし、一つの家で負担しきれない分は、貴族家どうしのつながりで、負担されるものであると、商人も理解していればこそ、商人たちも、ナサス伯爵家が他の貴族家とのつながりをどのように強めればよいのか、尽力するというものだ。影響力とは、そのようにして、獲得するものなのだし、また、日本のような民主制ではなく、貴族制の社会というものは、そのようにして、築かれているものだ。
俺の、紅茶を楽しむほほえましい表情とは裏腹に、五名の商人たちの顔色は渋い。
なんて顔しやがるんだ。高級はお茶が、渋くなったら、どうしてくれる。
もちろん、この五名が、無能だから、顔が渋いというわけではない。
俺の持論なのだが、人間には、領分というものがある。
自分の領分を超えたことについて、何かを決めなければならなくなった時に、有能であればあるほど、渋い顔をして、発言も普段の明晰さに欠けてしまうものだ。
伯爵領の私兵の一部を利用して、道路や橋といった公共事業を企図する仕事を任されるというのは、彼らの領分を超えていた。それだけのことなのだ。
この世界で、いわゆる公共事業がされてこなかった、ということではない。もしそうなら、今ここにいる、伯爵領の城壁も、道も、教会も、町も、どうやってつくられたのか?という話になってくる。
そうではなくて、そうした事業を、いったい誰が主導してきたのかという問題なのだ。
アキラの場合には、自分が王になりたいのだから、自分の領地で、アキラが主体となって取り組んでいるのに違いない。
だが、俺の場合には、王になりたいわけではない。単に、手柄が欲しいだけなのだ。
だからこそ、有能なお抱えの商人、五名をこうして呼びつけたというわけだ。
私兵300人を使って、公共事業をやって、領内に事業を起こせ。
と、あけすけに、いっては、醜聞が広まり、今後、動きづらくなるので、
「なんとか、わたくしと、わたくしの領民の為に、みなさんのお力をお貸しいただけないでしょうか?」
と、言っておく。
この五名は有能なだけではなく、忠誠心にも厚いのだ。自分たちの領主の11歳の娘、朝食のときに、メイドに日付を確認し、俺の体は11歳なのだと確認できた。学園に通い始めるまで、3年。死亡フラグをたたき折るまで、残された時間は4年というわけだ。
話はそれたが、見目麗しい、11歳の伯爵令嬢から、こう頼まれたれて、働き盛りの男が、断ることができるだろうか?いや、断ることなど、できはしない。
「ですが、ジーナ様。道路や、橋といいましても、そうすると、どのように守ればよいのか。」
ここなのだ。ポイントは。
彼ら五名は、商売をすることはできても、領地の守りに責任を取ることはできない。軍事については素人なのだ。そして、それを自覚するからこそ、有能であり、自分の領分を守る、優れた人物であるといえる。
「ですから、こその、私の兵なのです。彼らは、軍事の専門家です。彼らとなら、悪いようにはならないでしょう。軍事の専門家と、みなさん、市井の専門家とが、力を合わせれば、皆さんの暮らしはより豊かになるのに違いありませんわ。」
これは、詭弁だ。軍事の専門家だといっても、今回は、ただつるはしを振って、体を動かさせるだけの目的でしかない。本来、領民の生命と財産を守るという責任は、領主が負うべきものである。それを、紅茶をしばきながら、笑顔で無茶ぶりしようとしているのに過ぎない。
この世界には、魔法がある。
その魔法は、使えると想えば使えるもので、わりと想いというものが大切な世界を俺は想像した。
小説の中でジーナが、魔法を使って自分の身を焼いてしまったのは、使えると本当は想っていなにも関わらず、使えると想おうとして、その結果、自分を焼いてしまったという仕掛けを考えた。
面前の五名は、自分たちに防衛のことまで配慮できるとは、想えていないからこそ、俺の提案に渋い顔をせざる得ずにいるのだ。
そして、俺自身は、本当は、彼らに防衛面までを配慮させようとは期待もしていない。
日本人的な感覚で、ただ、経済を発展させろ。要は、商人は金を稼げばそれでいい。と、いうことを提案しているのだ。
この価値観を商人であるにも関わらず、彼らはうまく受け入れられずにいるのだ。
商人である前に、領民としての価値観が、それがよいことではないかのように思わせている。
だが、商人としても有能である、この五名なら、商圏を広げて、金を稼ぐ事業を、資本もある状況を作ってやれば、必ず、成功させるだろう。
イエスとさえいわせれば、俺の勝ちだ。
「ですが、ジーナ様。いったい、豊かにして、何がしたいのですか?」
俺の寝室の天蓋に家紋の飾りをした、ジルス商会の男が、初老にはいり、白いものが混じったひげを少し曲げて口にした。
そのとおり。魔物もおり、剣と魔法のファンタジーの危険と隣り合わせの一方で、この世界の人々は、暮らしていく分には程々に、豊かなのだ。家畜もいて、食い物も美味く、清潔で、家族との時間を過ごすこともできる、これ以上、豊かになる必要など、それこそ、アキラの様に王国を乗っ取ろうとでも画策しない限り、それほど重要なことではない。
「わたくしは、来週。父上と一緒に、王女様と王子様に会わねばなりません。」
朝食のときに、ナサス伯爵から、来週、サイコパス王女に会いに行くことが決まったと伝えられた。王族から謁見に呼ばれてことに心を弾ませ、表情をほころばせていた父に、でしたら、という形で、なし崩し的に、私兵の利用と、商人を呼びつける了承を得たので、そのカードをここで使うことにする。
「ですから、我々、ナサス領も、王国に対する責務を果たさねばなりません。」
これで、この勝負はgg。手持ちのカードの使い方なのだ。
あとは、勝手に商人たちが、忖度してくれる。
王国に対する責務や、王女や王子に会ったところで、どうなのか?なんてことは、しったことか。
それこそ、面前の五名の領分を超える問題なので、なにやら、すごいことぐらいにしか受け止めることができないだろうし、そのすごいことを11歳の少女が取り組み、そのために、要は金を稼げと、商人の本領をお願いされているわけなのだから、ノーと言える選択肢はない。
五名の表情に、先ほどまでの渋さはなかった。
俺は、紅茶の香りを、堪能することができた。あとは、三年以内に風聞にできるぐらいの成果を出せるように、定期的に商人たちに、程々に報告させればそれでよい。
俺は、来週に迫った、ハイスぺ王子はともかく、サイコパス王女との関係性をどうするか、準備期間が一週間しかないということに焦りを感じるのだった。