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生存戦略



 知らない天井、ではない。俺はこの天井を知っている。


 ナサス領伯爵家の家紋で飾られた天蓋のベットで寝ているということは、ここは俺の執筆している小説に出てくる、ジーナの寝室であるに違いない。

 で、あるならば、俺がすべきことはただ一つ。姿見鏡を見に行くことだ。


 はは、これは、これは。


 金髪のツインドリル、背格好が10歳前後の自分の姿を確認した俺は、自分がナサス伯爵令嬢、ジーナ・ド・ナサスに転生したのだと悟った。水に触れると冷たい、頬をつまむと痛いのだから、夢でないはない。同じ夢なら、小説のランキングが上昇し、ウイッターのフォロワーがバズって、小説のアニメ化が決まり、著作権料でキャバクラに通って、キャバ嬢からちやほやされる夢が見たかった。


 それにしても、ジーナか。


 そうつぶやくと、俺は、少し自分の書いている小説のテロップと反芻してみるのだった。


 書いている小説は、やろう系主人公を恋愛ものにパロディーにした、腐女子ウケをねらったジャンルだったはずだ。


 転生した公爵が、現代知識を活かして、領地改革を進める中で、王族からの信頼を得て、国の重鎮になっていくという、掘られつくしたジャンルを、実は、その公爵を悪役のポジションに据えたら婦女子のモエ、ではなく、奴らが望んでい、エモを作ってやることができるだろう?


 という、テロップだったはずだ。


 転生者である、公爵が、自国の兵を鍛えて、内政を豊かにし、王国を乗っ取ろうとする中で、現地人である、王子と主人公は、自分で決めることの大切さを学びながらも、イケメンで、ハイスペックな貴族の生活にうっとりとしながら、何不自由ないくらしと、魔法と、異世界を楽しむことができる。


 なぜなら、王子の双子の姉である、王女は、実は邪神に操られていて、この世界を破壊することに喜びを感じている、真正のサイコパスという設定にしていたはずだからである。


 異世界人である、主人公は、ただの村人、パン屋の娘という設定のなかで、心細くも学園に通い、友人に出会い、励まされ、転生してきたからという理由で、奔放に異世界を楽しもうとする公爵と、世界を滅ぼそうとする王女とに振り回されながらも、そうあるべきでなない、正しさを自分で選ぶんべきだと確信した王子から選ばれる。ただの、イケメン、ハイスぺのストーリーだったはずだ。


 本当の目的は、最近減ってきたウイッターのフォロワーを何とかして、増やしたい一心で、俺の実績を少しでも増やしたいから、読みやすく、簡単なお話を、読みやすい文章で書いて、「小説かいてるんだよね。」「いいね、コメント、応援になってます」とつぶやくことで、俺の好感度を上げることが狙いだ。


 まあ、それは、いい。


 今は、俺がジーナ・ナサス。ジーナであるということが問題だ。


 見た目が10歳前後であるということは、まだ学園に通い始めるまでに、3年~5年はあるということだろう。


 ジーナは、サイコパスな王女から、王子の婚約者にちょうど良いと目をつけられて、学園に通い始める前に、王子と婚約していた設定にしていたはずだ。学園に通う前には婚約していたはずだが、すぐに、ハイスぺ王子とサイコパス王女と、面識があるかないか確認をとることはできない。


 作品では、最初にサイコパス王女と戦わせてから、次に公爵と戦わせるという順にしていた。

 そして、ジーナは、最初のサイコパス王女との戦いのなかで、命を落とす設定にしていたのだ。


 俺は、やろう系の読者たちの性格の悪さを知っている。

 なにか、他人より優れたスキルがあれば、何か他人より有利な情報を持っていれば、もしくは環境が違っていたら、今とは違う人生を歩めたのだろうか?などとは奴らは、実は思ってなどいない。

 だから、俺の小説の主人公には、他人より優れたスキルも、他人より有利な情報も、今とは違う環境も与えないほうが、俺の小説の閲覧数は伸びて、ウイッターのフォロワーは伸びるのに違いないと判断した。

 それでもなお、俺の小説をならば、奴らをうっとりとした気分にさせて、わずらわしい、内面描写やうっとうしい、設定の説明などは、読む必要がないぐらいに、ストーリーをがん回して、サルの様に、文字を追いかけさせるぐらいの技術ならば、俺にはある。


 ああ、神よ。俺に閲覧数を。フォロワーを。アニメ化のオファーと著作権料を。ちやほやしてくれるキャバ嬢を。


 だが、この世界も、悪くない。

 設定上、この世界は、まず、食い物がうまい。

 さらに、貴族の生活は、寝室が豪華で、衣類の着心地はよい。


 親のすねをかじって、部屋でネット小説を書いて、コメント欄の「面白いです。」、「応援しています。」などという、くそのようなコメントを読みながらウキウキしていた生活と、民衆に支えられた今の生活となんの違いがあるだろうか?いや、何もない。


 俺は、とりあえず、自分が生き残ることだけを考えればよいのだ。貴族として。


 まず、設定上、俺が死ななければならない原因だ。

 はじめに、王女から、王子の婚約者として都合がよいと判断されたこと。その理由は、王女を魅力的だと感じ、実際に魅力的なのだが、彼女の崇拝者になって、なんでもいうことを聞くだろうと評価されたことがある。王子の婚約者という、地位は、いわゆるテンプレの設定ではあるけれど、その地位を捨てるのは、惜しい。王女からの評価を落とすのは少し考えたほうがよさそうだ。

 次に、主人公たちの前に、優れた貴族の一人として登場してきて、次第に実は、邪神を復活させようとしている王女に崇拝している心の弱い女性として描き、王子と主人公が、つまり読者がそこに気が付くと、魔法の力の反動で、自分の身を焼いてしまうというお話を、学園生活一年目のラストに用意していた。さて、その原因だが、転生公爵、アキラが構造的に作用している。


 アキラは、日本人的な感覚で、異世界に転生したなら、せっかくなら王になろうと考えた。

 そのためには、軍備と領地の発展が欠かせないと考える性格をしている。

 何をすれば、いいのかといえば、手ごまにできる軍隊を組織して、もちろん、この世界には設定上、各々の貴族がそれぞれ私兵を持ってはいるのだが、その私兵に軍事訓練を施すのではなく、公共事業をさせた方がインフラが整い、税収が増え、より多くの軍隊を養うことができるとわかってやっているやつなのだ。

 軍事訓練をするより、道路や橋などを作っていては、戦争のときに訓練不足で負けるのではないか?と思う読者もいるだろうが、そもそも、武術などというのは、才能の世界で、兵士というものは、とりあえず、自分たちが兵士であるという認識と、後を体を動かす力仕事のようなものをさせておく方が、武芸を磨くよりも、簡単に強くなれる。

 力いっぱい、剣を振る訓練と、力いっぱい、つるはしを振る仕事とは、強くなるという意味では同じものだというわけだ。


 軍事訓練と公共事業との違いは、工事の場合には、別途、資源が必要になってくるわけだが、この異世界では、利用頻度の少ない道や橋、要は新しい事業に対する投資は、日本のようには盛んではなかった。良くも悪くも、貴族社会で、経済の力は弱いという設定にしていたのだ。


 これが、やつ、アキラのアドバンテージで、そうした、新しい事業に取り組むという価値観の違いが、王子や主人公に影響を与えるテロップにしていた。もちろん、アキラの事業の最終目標は、自分自身が王になるために、力をつけるということなので、そんな横暴が許されてはいけないという価値観で読者の共感を得ようとストーリーを作っていた。


 ならば、である。


 幸い、私兵については、ナサス伯爵領にも、600ほどおり、他の領地と変わりなく、半数ほどが、要地の警備で各地に派遣されており、残りの半数は、平時の訓練、ここでは武芸を磨きか、騎士として恥ずかしくない振る舞いをしている。つまり、浮いている手ごまはあるということだ。


 これを使わない手はない。


 王子と主人公に与えた、新しいことに挑戦するという価値観を、アキラではなく、わたしが、、うん?俺はいま、わたしといったか?姿見を見すぎたせいか、影響を受けているのだろう。


 ええいままよ。主人公には、特にこれといった、役割は何も与えていないのだ。もはや、考えるようはない。王子に、影響を与えるのが、アキラでなく、俺が、王子に影響を与えるなら、王子が価値観の違いで葛藤を抱くこともなく、つまり、俺が魔法を使うこともなく、魔法の反動で自身を焼くこともないのに違いない。


 つまり、アキラが公爵領でやる、領地改革を伯爵領でも、進めればいいわけだ。


 アキラの場合には、将来、自分が王になりたいという目標があったから、領地の新規事業の計画から自分で進めたわけだけれど、俺の場合には、将来、王になりたいという、目標はない。


 王子に挑戦して、成果をだしてる。なんか、かっこよくて、うらやましい。自分もそうなりたいな。と思わせるだけでいいのだ。


 そうとわかれば、まずは、商人を呼び寄せて、事業計画を作らせればいいだけだ。


 簡単じゃないか。


 俺は、王女に気に入られるように、おしとやかで従順な令嬢を演じて、領地改革で成果を出している風を装いながら、あくまで、おしとやかに振る舞って、うまい食事と、快適な寝床が得られる。


 実は、邪神の復活を企てている、サイコパス王女が邪神を復活させるのを阻止する方向で伏線を回収しないと、俺の生活は詰むわけだが、この点は、どうしよう?


 小説のテロップでは、ジーナという手ごまを失った、王女が本性を現すシーンで、おどろおどろしさを強調していたのだが、正直に言えば、世界の破滅というのは、俺からしてみたら、手に負えない問題だと思う。


 14歳で学園に入学してから一年、15歳で人生を終えてしまうというフラグさえ、折ることができれば、まずは御の字とするしかないだろう。


 さあ、考えるのはやめだ。寝室を出て、食堂におりて、この世界のうまいものを食べに行こう。



 

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