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タイトル負けシリーズ

やっと人間に転生できたのに…!

作者: 風凪

 学園の編入試験の日。

 試験を終えて構内を歩いていた僕は、ある女の子を見た瞬間、唐突に前世の記憶ってやつを思い出した。



 フィル・サムウェルという人間に生まれ変わる前、僕は鳥だった。

 ひとつ前は平凡な黄色い鳥、その前は幸せを呼ぶといわれる青い鳥だった。

 実際には幸せを呼ぶなんて迷信で、僕は手のひらに乗るくらいのただの小さな鳥でしかなかったんだけど。

 人間に捕らわれて人生の大半を窮屈な鳥かごの中ですごしていた青い鳥時代、僕はある冬の日に鳥かごが開いた隙をついて大空へ飛び出した。

 そんな僕を待っていたのは、自由と自然の厳しさだった。

 鳥かごの中の世界しか知らなかった僕は真っ先にその洗礼を受け、凍えるほどの寒さは僕から体の自由を奪っていった。

 もうだめだ。

 厚く降り積もった雪に埋もれて死を覚悟した僕を、ある女の子が助けてくれた。

 その子は自分が食べるはずだったパンを分け与え、懐で温めてくれた。

 助けてもらったお礼がしたかったけど、その子は僕が恩返しをする前に死んでしまった。

 だから、せめて来世では彼女が幸せになりますようにと願った。



 間違いない、あの時の子だ。

 どんなに姿形が変わっても、たとえ分厚い瓶底眼鏡をかけていても、不思議と『あの子』だとわかった。

 運命的な再会に、感極まって勢いのままに彼女に声をかけた。

 肩よりも少し長い金髪にお世辞にもおしゃれとは言えない瓶底眼鏡をかけた女の子は、少しだけ眼鏡を下げて僕を視界におさめるなり、悲鳴を上げて逃げ出した。


「え……?」


 なんで逃げるの?

 逃げ去っていく後ろ姿に向かって手をあげたまま、僕は何が起こったのかわからず呆気にとられるしかなかった。



 それから数日後、僕はあの子が美形恐怖症になっていたことを知った。



 ***



 前世を思い出した時から鳥の言葉がわかるようになった僕は、彼女に逃げられたあと、行動範囲の広い鳥たちから彼女のことを聞くことができた。


 カトレア・グロッシー。僕と同じ十五歳。

 もともとは地方の学園に通っていたけど、恵まれた容姿を妬まれていじめに遭ってからというもの美形恐怖症になってしまい、瓶底眼鏡をかけて顔を隠すようになったそうだ。

 鳥たちの情報によると、どうやら彼女も前世を思い出しているらしい。


 僕は湖面に自分の姿を映してため息をついた。

 青みがかった銀髪に黒い瞳……どことなく青い鳥だった頃を思い出させるような容姿は、自分で言うのもなんだけど恵まれた方だと思っている。

 それなのに、それが原因で彼女に逃げられるなんて……これじゃあ、鳥だった頃のほうが彼女の近くにいられたんじゃないか? 詰んだ。絶対、詰んでる。

 

「どうしたらいいんだよ……」


 肩を落としてもう一度ため息をつくと、左肩に小さな青い鳥がとまった。

 青い鳥は肩にとまって二、三度ぴょこぴょこ跳ねたあと、可愛らしい顔を傾げた。


『なにしょげてるんダよ、兄弟』

「そりゃしょげもするよ。やっと人間に生まれ変われたのに、見た目が原因で逃げられるなんてさ」

『なになになんのハナシー?』


 どこからか飛んできた白い鳥が右肩にとまって話にまじってくる。

 彼らの言葉がわかるようになってからというもの、鳥たちはよき相談相手になってくれていた。

 この青い鳥や白い鳥とはパンくずをあげて仲良くなった。もともと人間でも恐れない人懐っこい性格だった彼らは、僕が前世鳥だったということをカミングアウトしてからは同族認定してくれたようで、餌をくれる人間から『兄弟』に昇格した。


「はぁ……カトレアも君たちみたいだったらよかったのになぁ……」

『なになに、ツガイのはなし?』

「つが……! 番じゃない……」


 小さく「まだ」と付け加える。

 確かに番になれたらいいとは思ってるけど、会った瞬間に逃げられた現状からすると夢のまた夢だ。


「顔見て逃げられちゃゆっくり話もできないよ」

『イケメンも形無しダなぁ』

「彼女に逃げられるならこんな顔に意味なんてないってば……ねぇ、どうしたら彼女に逃げられなくなると思う?」

『んー……』

『なら、この俺様がかわいそうな弟分のために策をさずけてやろう』


 青い鳥が頬っぺたをつついてくる。


「いたっ」


 つつかれたところをさすりながら左肩に目を向けると、ドヤッとした様子の青い鳥と目が合った。

 青い鳥はもったいつけるように僕や白い鳥の視線を集めたあと、得意げに言った。


『ずばり同族あぴーるダ!』

「同族アピール?」

『まずはお前が人畜無害なことを知ってもらうんだヨ! その顔が原因で逃げられてるんなら、お揃いの眼鏡でもかけて同族だってことをあぴーるしてみるのサ!』

「眼鏡……!」

 

 盲点だった。そっか、眼鏡か。

 確かに僕もカトレアみたいな眼鏡をかけたら、彼女も同類だと思って警戒を緩めてくれるかもしれない。

 同族アピール……いいかもしれない。不思議とイケる気がしてきた。

 学園入学まで三か月ほどあるから、眼鏡を準備して髪を伸ばせば学園デビューできそうな気がする。

 鳥たちの情報ではカトレアも無事編入試験に合格できたようだし、次に学園で会った時に『僕』だと気づかれなければ勝機はある……!

 僕はぐっとこぶしを握り締めて、カトレアとすごす学園生活に思いを馳せた。



***



 無事学園に入学できたものの残念ながら同じクラスになれなかった僕は、カトレアとの自然な再会を目指して彼女を陰ながら見守る生活が続いた。

 カトレアはどこまでも地味だった。

 目立つのを嫌がるという鳥たちの情報通り、長めの前髪で顔を隠し、分厚い眼鏡のせいで目はやたら小さく見えた。かわいいのにもったいない。

 学園生活が落ち着いてくると、放課後は図書室へ行って一人本を読んでいることが多くなった。

 そこで、僕もそれに合わせて放課後は図書室ですごすようになった。

 いつ話しかけよう。逃げられたらどうしよう。

 近くにいるのになかなか話しかけられないジレンマに苛まれる日々――そんなある日、僕は青い鳥に呼び出された。

 放課後人けのない中庭に行くと、待っていましたとばかりに青い鳥が僕の左肩に下りたって説教を始めた。


『おい、兄弟。なにひよってんダよ』


 周りに誰もいないことを確認してから口を開く。


「いや、だってさ……」

『ちゃお! って声かけるだけだろうが!』


 初対面の人間に『ちゃお!』はない。絶対にない。それこそ不審者認定されてしまう。

 青い鳥な兄弟の発言にがっくりと肩を落として木にもたれかかるようにして座り込む。


「無理だってば。『ちゃお』は絶対引かれる……」

『人間ってのは面倒な生き物ダな』

「ほんとにね……」


 鳥だった頃のほうが交友関係的なものはもっと単純だった気がする。好きな子を見つけたら甘い花をプレゼントするだけでよかったんだから。

 人間で初対面の相手にこれをしたら間違いなく引かれる。下手したら通報ものだ。

 とはいえ、僕もこのままではいけないこともわかっている。

 どうしたものかなーと一人と一匹で「うーん」と唸っていると、煮えを切らした兄弟がバタバタと羽をばたつかせた。


『勢いダ! ノリと勢いでイケ! 兄弟、お前ならイケる!』

「えー……」


 なんだ、ノリと勢いって。

 胡乱気な目を向けた僕に、兄弟は僕のほっぺたをつついた。


『ホラ、うじうじすんナ! 今から行ってコイ!』

「いたっ! だから、痛いってば! ってか、今から!?」

『そうに決まってんダろ!』

「まだ心の準備が……!」

『それいつまで言ってんだよ?』

「だってさ……」

『――――お前ヨォ、なんのために人間になったんだ?』


 その問いかけに、僕ははっとなった。

 前世の姿そっくりな兄弟をじっと見つめ、自分がどうして人間になりたいと思ったのかを思い出した。

 そうだ、今度こそカトレアのそばで彼女の幸せを見届けるためじゃないか。こんなところで足踏みしてる場合じゃないんだ。うだうだと足踏みしてる間にまた間に合わなかったらどうるすんだ。

 パンッと両頬を叩いて自分に活を入れる。


「ありがとう、兄弟。目が覚めたよ! 僕、行ってみる!」

『いい面構えになったじゃねぇか。その調子ダ!』

「兄弟のおかげだよ」

『礼ならミルワームで頼むわ』

「わかった、今度たくさん持ってくる」

『期待してるぜ、兄弟』


 兄弟はそう言って僕の肩から飛び立っていった。

 大きな空に飛んでいく後ろ姿を見送ってから、僕は図書室に向かって駆け出した。



 図書室のドアを前に乱れた息を整えて大きく息を吸う。

 ――――よし。

 昂った気持ちのまま、けれど静かに図書室の入り口をくぐる。

 そうして本棚の間をひとつひとつ見ていった僕は、最奥にある図鑑コーナーまで来て項垂れた。

 いないし……!

 見落としたかと思ってもう一往復して、やっぱり彼女の姿を見つけられず、ずるずるとその場に座り込んだ。

 なんで今日に限っていないんだよ……。

 項垂れて深いため息をつく。

 気合を入れてきた分、落胆が半端ない。

 そのまましばらく動けなくなっていると、頭上から声が降ってきた。


「あの、大丈夫ですか?」


 控えめで鈴を転がしたような可愛らしい声――カトレアの声だ。

 とうとう幻聴まで聞こえるようになったのかとゆるゆる顔を上げると、会いたかった人がそこにいた。


「…………カトレア」


 思わず名前を呼んだら、彼女は訝しげに眉を顰めた。


「え? なんで名前……」

「あっ……えっと、その、僕、ととと隣のクラスで!」


 苦し紛れにもっともらしい言い訳を口にする。

 自分から話しかけることばかり考えていたから、こうして話しかけられるのは想定外だった。


「そうなんだ。ごめんね、私他のクラスの人まで覚えてなくて……えっと?」

「僕はフィル。フィル・サムウェル。君さ、僕と同じような眼鏡かけてるだろ? だから、なんか知り合いみたいに錯覚しちゃって」

「ああ、なんかそれわかるかも」


 同意した彼女がクスリと笑った。

 あれ? 僕、今普通にカトレアと会話できてる?

 他愛もない話をしながらふとそんなことを思う。

 逃げられなかったところを見ると、兄弟の授けてくれた同族アピール作戦は成功だったようだ。

 ありがとう、兄弟……! 今度ミルワーム両手いっぱいに持ってくよ!

 策を授けてくれた兄弟に内心感謝しつつ、僕は出会いをやり直せたことに安堵した。



***



 この日を境に知り合いになった僕たちだけど、急にどこか遊びに行くほど仲良くなるかと言われたらそうでもない。放課後図書室で会えば挨拶するくらいの仲になった。

 ちょっとだけの進展だったけど、たったそれだけのことがすごく嬉しい。毎日放課後が来るのが楽しみすぎて、同じクラスの友達からは「ニヤニヤして気持ち悪い」って言われた。浮かれてカトレアのことを話したら、カトレアを見た友達に「お前趣味悪ぃな」ってちょっと引かれてスンってなった。

 カトレアのことよく知りもしないで『趣味悪い』はないだろって思ったけど、逆を返せばそれだけライバルがいないわけで、僕は言い返したい気持ちをぐっと押さえて反論を飲み込んだ。わざわざ余計なことを言ってライバルを増やすこともない。

 おかげで焦ることなくゆっくりと、少しずつ彼女との距離を縮めることができた。

 そうして半年が過ぎる頃には自然と隣り合った席で本を読むようになっていた。


 そよ風が気持ちいいある日の放課後。

 何気なく外で本を読まないかと誘ってみると、彼女は二つ返事で僕の誘いに応じてくれた。

 中庭の木陰になっているテーブルに向かい合わせで座って、しゃべるわけでもなく本をペラペラめくる。特に会話もないけど気まずくもならないこの穏やかな時間が、僕はとても気に入っている。

 ちらりとカトレアを盗み見る。読んでいるのは植物図鑑のようだ。ゆっくりとページがめくられる様子をうかがいながら、その度の合わない眼鏡で果たして読めているんだろうかと疑問がよぎる。

 正直なところ、僕は全然読めていない。今だって鳥類図鑑をペラペラめくっているけど、小さな字は歪んでしまって何が書いてあるかさっぱりわからない。なんとか判別できるのは大きく記載された鳥の名前と絵くらいなものだ。


「そういえば、カトレアは花が好きなの? よく花の本を読んでるけど」


 僕の問いかけに、カトレアは一度顔を上げてからもう一度花の絵に視線を戻した。


「どうだろう、好きなのかな? 昔よくポプリを作っててね……あの頃はこれが何て花だったのかもよくわかってなかったなって。だから、今度はちゃんと調べて作ってみたいんだ」


 『昔』というのが彼女の前世のことを言っていることはすぐにわかった。

 頭の中をよぎったのは、冬の寒い日に必死にポプリを売り歩いていた少女の姿だった。遠い日の記憶に胸が切なく疼いたけど、それを悟らせないように本に視線を落としたまま「ふぅん」と相槌を打った。


「…………フィルは鳥が好きなの?」


 逆に尋ねられて答えに詰まった。好きかどうかなんて考えたこともなかった。


「うーん……どうかなぁ……」

「なによ、それ」

「君だって似たような答えだったじゃないか」

「それもそうね――――じゃあ、花は好き?」


 花か。甘くて美味しいんだよね。

 真っ先に思い浮かんだのは、鳥だった頃によく食べていた花だった。


「うん。美味しいから好きだよ」

「………………うん?」

「あ。いや、甘い匂いがね、美味しそうだなって」


 慌てて言い直したけど、カトレアは眉をひそませたままだ。


「私の話、ちゃんと聞いてた?」

「き、聞いてたよ! その……ちょっとお腹がすいてただけで!」


 わたわたと手を振りながら苦しまぎれに言い訳をすれば、カトレアは口元に手を当ててクスクスと笑い出した。


「フィルって意外と食いしん坊なのね」


 そう言って鞄から取り出した何かを僕に差し出してくる。彼女の手の中にあったのは、チョコレートのお菓子だった。

 ほら、やっぱりカトレアは優しい。

 お腹がすいた僕にこうして食べ物を分けてくれるんだから。君は昔から変わらないね。

 僕はカトレアが昔と同じように食べ物を恵んでくれたのが嬉しくて頬を緩ませた。

 次は僕が何かご馳走しようと思ってカトレアに好きな食べ物を聞いてみたら、今度一緒にクレープを食べに行くことになった。

 これをきっかけに、僕とカトレアは図書室で本を読む仲から放課後一緒にすごす友達になった。



  ***



 学園に入学して一年が過ぎる頃、それは起きた。

 放課後カトレアと一緒に歩いていたら、廊下の角でカトレアが男子生徒と出合い頭にぶつかった。

 カシャン、と音を立ててカトレアの眼鏡と男子生徒のペンケースが床に落ちて中身が散らばった。カトレアは鼻の頭をさすりながら足元に転がってきたペンを拾って持ち主である男子生徒に渡そうと顔を上げ――固まった。

 男子生徒も同じように固まっていた。

 まるでそこだけ時間が止まったかのように見つめ合う二人。

 けれど、二人の表情はだいぶ違う。

 男子生徒は単純に驚いたような顔をしていたけど、カトレアに至っては恐ろしいものでも見たかのような顔をしていた。

 カトレアのその表情には見覚えがあった。

 入学試験を受けに来た日、僕の素顔を見て一目散に逃げだした時と同じ表情だ。

 まずいと思ったと同時にカトレアがその場を走り出す。


「カトレア!」


 遠ざかる背中に向かって呼びかけたけど、その姿は廊下の角を曲がって見えなくなってしまった。

 慌てて眼鏡を拾い上げて追いかけたものの、角を曲がって続くまっすぐな廊下にはすでに彼女の姿はなかった。おそらく外に出てしまったんだろう。

 校舎を出たところできょろきょろと辺りを見回していると、頭上から兄弟の声が降ってきた。


『こっちダ、兄弟!』


 見上げれば、兄弟が僕の頭上を旋回していた。

 どうやらカトレアがどっちに行ったのか見ていてくれたらしい。さすが兄弟、頼りになる。

 兄弟の案内で人けのない校舎裏まで来た僕は、隠れるようにして蹲っているカトレアを見つけた。

 膝を抱えて顔を隠したカトレアの前に体をかがめて眼鏡を差し出すと、ゆっくりと顔を上げたカトレアが僕を見て明らかにほっとしたような表情を浮かべた。


「カトレア。眼鏡、ないと困るだろ?」

「…………ありがとう」


 そうして眼鏡をつけたカトレアは一拍置いてから僕を見たまま固まった。

 今度はどうした? と思って見ていると、彼女は掠れた声で言葉を絞り出した。


「フィル……見た……?」

「見たって、何を?」

「か…………ううん、何でもない」


 カトレアはそう小さく首を振ってそそくさと立ち上がった。

 『か』しか聞こえなかったけど、たぶん『顔』って言おうとしたんだろうなぁ。

 前世、作り物のように美しい彼女の顔を見て態度を変えた人を何人も見てきたからなんとなく想像がついた。


「大丈夫だよ、カトレア。僕は今までもこれからも変わらないから」


 先に歩き出した彼女の後ろ姿を追いかけながら、僕は小さく呟いた。



 ***



 カトレアの様子がおかしい。

 いつもなら僕の方が図書室にくるのが早いのに、ここ数日はずっとカトレアの方が早かった。おまけに放課後どこかに出かけないかと誘っても断られるし、かといって用事があるわけでもなく門限ぎりぎりまで寮に帰らなかったり。

 何かあったのかな?

 気になってちらちらとカトレアの顔を見ていたら、ふと彼女と目が合った。

 じーっと僕を見つめたままカトレアが口元に手を当てる。

 なんだろう、なんか不本意なことを考えられてそうな気がする。


「なんか今失礼なこと考えてなかった?」

「!? か、考えてない!考えてないよ!」


 慌てて否定したカトレアの反応が面白くて「ほんとにー?」と聞き返せば、彼女は顔を真っ赤にして弁解した。


「ほんとホント! フィルのそばが落ち着くのって、その眼鏡のせいかなって思ってただけで」

「…………それ、眼鏡が僕の本体だって言ってる?」

「言ってない! 言ってないってば!」


 ふふ、慌ててるカトレアかわいいなぁ。

 耐えられなくなって笑ったら、カトレアは「フィルのいじわる」と言ってむくれた。いじけた顔もかわいいと思ってにこにこしていたら、カトレアは諦めたように眉尻を下げて一緒に笑ってくれた。

 結局カトレアは何も話してくれなかったけど、僕は彼女がいつもと同じように笑ってくれるなら無理に聞き出すこともないかと、この時はそう思っていた。



 ***



 それから二週間ほど経ったある日の放課後。

 いつものように図書室にやってきた僕は、カトレアを探して図書室を一周したあと、貸出カウンターのところで首を傾げた。

 あれ? カトレア、今日はまだ来てないんだ。

 カウンターのところに座っていた委員の子にも聞いてみたけど、今日はまだ見てないらしい。

 カトレアのクラスの方がホームルーム終わるの早かったからもう来てると思ってたのに。

 特にどこで待ち合わせてるとかは決まってないんだけど、僕は定位置となった席に座って本を読むでもなくそわそわと辺りを見回した。

 なんだろう、なぜだか胸がザワザワする。

 カトレアが僕より遅いことは珍しいことじゃない。それなのに、どうしてこんなに胸が騒めくのか。

 いてもたってもいられなくなって、教室まで迎えに行ってみようと図書室を出た僕は、近道しようと中庭を横切ろうとしたところで兄弟に引きとめられた。


『おい! お前のツガイ、なんかでっかいのに連れてかれたゾ!』


 それを聞いた瞬間、体から一気に血の気が引いた。


「カトレアが!? どこに!?」

『こっちダ!』


 僕の頭上を旋回していた兄弟が校舎裏の方向に向かって飛んでいくのを必死に追いかける。

 嫌な想像と焦りで上手く頭が回らない。

 迂闊だった。カトレアの様子がおかしかったのは気づいていたのに。

 あの時、一歩踏み込んで何かあったのか聞いていれば……!

 こみ上げる後悔に唇を噛みしめる。

 なんのために人間になったんだ。これじゃあ前と変わらないじゃないか!

 前世で救えなかった少女のことを思い出して握る拳に力を込めた。

 人けのない校舎裏で二人の人影が動くのが見えた。

 一人はガタイのいい男、もう一人は腕を掴まれて壁に押しつけられているカトレアだった。

 その顔に眼鏡はなく、顎を掴まれて強引に上を向かされたカトレアは、遠目からでも怯えているのがわかった。


「カトレア……!」


 僕はいち早くその場に割り込んで、カトレアの顎を掴んでいた男子生徒の手首を掴んで思いっきり捻り上げた。


「いでででででで! おい、何しやがる!」

「何してやがるはこっちのセリフだよ! カトレアに乱暴するな!」

「おいおい、いつも一緒にいるからっていい気になるなよ!」

「別にいい気になってるわけじゃ……」


 言い終える前に左頬に衝撃が走る。

 続けざまに背中を壁に打ち付けて目の前が真っ暗になった。

 カトレア……。

 助けなきゃと思うのに、壁に寄りかかったままずるりと崩れ落ちた体には力が入らない。

 遠くに「フィル!?」と僕を呼ぶ彼女の声が聞こえた気がした。

 人間に生まれ変わったら今度こそ彼女を守れると思ったのに、僕はまた君を助けられないのか……。

 硬く閉じた瞼の裏に映ったのは、遠い雪の日に死んだ彼女たちの姿だった。



 僕には前世の記憶が二つある。

 一つはカトレアに助けてもらった青い鳥だった時の記憶。

 もう一つはカトレアの生まれ変わりである少女を見守っていた黄色い鳥だった時の記憶。

 カトレアの死後、僕は偶然カトレアの生まれ変わりであるカトリーナという少女を見つけて青い鳥だった頃の記憶を思い出した。

 僕はカトレアが幸せになるのを今度こそ見届けようと、そばで見守っていた――――それなのに、カトリーナは美しい容姿が原因でいじめられ、冬の寒い日に倉庫に閉じ込められて凍死した。

 どうにかして助けようと何度も何度も扉に体当たりをしたけど、固く閉ざされた鉄の扉は僕の小さな体ではびくりともしなくて、扉に体当たりを繰り返した僕の体は彼女を助ける前に力尽きてしまった。

 僕が人間だったら助けてあげられたのに。

 人間だったら。

 人間になりたい。あの子のそばで守れるように人間に――。

 薄れゆく意識の中で、僕はそう強く願った。



  ***



「――――ル! ねぇ、フィル! しっかりして!!」


 遠くにカトレアの声が聞こえて意識が浮上する。

 カトレアが呼んでる。

 起きなきゃ、そう思ったところでゆさゆさと体をゆすられて顔から眼鏡がすべり落ちた。

 うっすらと目を開けて、クリアになった視界に彼女を捉える。

 お互い眼鏡のない状態で見つめ合うこと数秒、カトレアが大きく息を吸って踵を返した。


「ぁ……わ、わたし、先生呼んでくるっ……!」


 逃げられる……!

 そう思った瞬間、僕は彼女の手を取ってぐっと引いた。


「まって!」

「わっ!」


 バランスを崩したカトレアが尻もちをつくような形で僕の方に倒れ込んでくる。

 それをしっかりと抱きとめて、そのまま逃がすもんかと背後から抱きしめた。


「待って、カトレア……お願い。逃げないで」

「フィ、フィル!? フィル、なのよね……?」

「うん。僕だよ」


 カトレアは体を強張らせたまま、しどろもどろに口を開いた。


「ご、ごめんなさい……あの、わ、わたし……き、綺麗な顔をした人がね……」

「知ってる。苦手なんだろ?」

「しってた……の……?」

「知ってたも何も……僕の顔、見覚えない?」

「………………?」


 僕の問いかけに、カトレアが僕の方をちらりと振り返った。

 鮮やかな碧の瞳がじっと僕を見つめ――「あ」と小さく声を上げた。


「…………もしかして、編入試験の日の……あれ、フィルだったの?」

「うん」

「でも、なんで? そんなに綺麗な顔をしてるなら眼鏡で顔隠すこともないでしょうに」

「…………カトレアに」

「私?」

「カトレアに逃げられるからに決まってるじゃないか。この顔のままだと君、逃げるだろ?」

「へ? あ、いや……うん、そうかもしれないけど……そんなに私に逃げられたのがショックだったの?」

「ショックだったよ――――やっと君のそばにいられると思ったのに……」


 わざと拗ねたような声で抗議してみせる。

 含みを持たせた言い方にカトレアが眉を顰める。

 探るような視線を向けたまま何か考えこむように口元に手を当てたカトレアだったけど、僕と青い鳥を結びつけることはできないようだった。

 まぁ、当然か。

 僕は小さく笑って、自分がかつて青い鳥だったことを打ち明けることにした。


「君は忘れてしまったかもしれないけど…………僕は昔、君に助けてもらった青い鳥だよ」

「え……」


 ぱちぱちと瞬きをするカトレアに、僕は自分の昔話をはじめた。

 青い鳥だった頃のこと、黄色い鳥だった頃のこと、どちらの時もカトレアを助けることができなかったこと。

 つらつらと淀みなく語られた過去の話に、カトレアは涙を流しながらドンドンと僕の胸を叩いた。


「馬鹿ね……フィル、あんた馬鹿よ……もっと自分を大切にしなさいよ……」

「ごめん……だからね、今度生まれ変わったら君の隣にいられるように人間になりたいって願ったんだ。まさか、こんなに簡単に叶うなんて思わなかったけど…………それなのに、ようやく会えたと思ったら今度は逃げられるし」


 カトレアの頭をなでながら苦笑する。

 いろいろあったなぁと思い返して、眼鏡をかけることになったいきさつを話した。


「それで君と同じ格好をすればいいんじゃないかと思ったんだ」

「ふぇ?」

「大成功だっただろ?」


 ドヤ顔を向けると、カトレアは目元を手で覆って謝罪を口にした。


「ごめん、なんか全部私のせいだった」

「そんなことないよ。僕がしたかっただけ――――ねぇ、カトレア」


 前世のこととか顔のこととかばれちゃったし、もう遠慮しなくていいよね?

 目を覆うカトレアの手に自分の手を重ねる。


「僕、君のことが好きなんだ。もう遠くから見てるだけなんて嫌だ。今日みたいなことがあったら絶対に助けに行くって約束する。だからさ、僕を君のそばにいさせてくれないかな?」


 ややあって、目元を覆っていた手が少しだけ下ろされ――目が合った途端にばっと顔を背けられた。


「め、眼鏡! 眼鏡つけてくれるなら!」


 耳まで真っ赤に染めて残念なことを口走った彼女の言葉に、僕はふはっと吹き出した。


「なっ、なんで笑うのよ! こっちは真剣に……!」

「うん、わかってる。わかってるから――――でも、カトレアはずっとそのままでいいの?」

「え?」

「君はずっとその眼鏡に頼って生きてくのかって聞いてるの」

「それは……だって、しょうがないじゃない。綺麗な人、苦手なんだもの……」


 カトレアの言い分はわかる。過去に顔が原因でいじめに遭って命を落としたのなら、そりゃトラウマにもなるだろう。

 だけど、素顔を隠して歪んだ視界の中でビクビクしながら生きていくのはもったいないなと思った。

 だから、僕は一つ提案してみた。


「じゃあさ、手始めに僕から見慣れたらいいんじゃないかな?」

「………………は?」

「こう言っちゃなんだけど、僕は君が逃げ出したいほどの見た目をしてるんだろ? じゃあ、まず僕で練習してみたら? 僕なら絶対にカトレアをいじめないってわかるだろ? なんなら、僕を見て鳥を思い出すといいよ」

「んん!?」

「ねぇ、カトレア。君はもっと胸を張って生きたらいいよ。顔を隠すことも自分を抑えることもしなくていい。何かあったら僕が必ず君を守るから……だからさ、少しずつ頑張ってみよう?」

「う……」


 「ね?」と呼びかけると、彼女は素早い動きで地面に落ちていた瓶底眼鏡を拾って装着した。

 やっぱりすぐには無理か。でも、諦めないよ。

 僕は彼女の眼鏡を少しだけずらしてにっこりとした笑みを向ける。


「まずは一日三十秒からね」

「まっ……まだやるって決めてな……」


 あたふたする彼女もまた可愛らしい。

 微笑ましい気持ちに浸っていると、ふと視界の端に女子生徒が二人こちらに駆けてくるのが見えた。たぶんカトレアのクラスの子だ。

 自分も眼鏡を拾って身に着ける。

 僕が眼鏡をつけたからか、カトレアの体から力がぬけたのがわかった。

 あからさまな反応に苦笑を禁じ得ない。

 これは先が長そうだ。

 先に立ち上がってカトレアに手を伸ばす。


「大丈夫。カトレアの中身を見てくれる人だって、ちゃんといるから――――ほら」


 僕の手を取って立ち上がったカトレアに女子生徒の方を見るように促す。

 駆けつけた子たちはやっぱりカトレアと同じクラスの子だった。カトレアが男子生徒に連れていかれたことを知って心配になって探しに来てくれたらしい。

 これまで誰かに助けてもらったことのなかったカトレアは感極まったらしく、泣いてしまって探しに来てくれた子たちを更に心配させていた。

 僕はその様子を一歩下がったところで微笑ましく眺めていた。



 ***



 それから、僕とカトレアは放課後に少しずつ眼鏡を取るようになった。

 最初は三十秒から、五分、十分と増やしていき、最終学年に上がる頃にはカトレアは眼鏡を取って教室に入れるようになっていた。たぶん、クラスに彼女の素顔を知る友達ができたのも大きかったんじゃないかと思う。

 ある日の放課後、カトレアと中庭で本を読んでいると、肩に兄弟が下り立った。


「やぁ、兄弟。どうしたの?」

『もうすぐ寒くなるダロ? ちょっくら南に行ってくるから挨拶にヨ』

「ああ、もうそんな時期か」


 兄弟たち青い鳥は、冬の間は町を離れて南の暖かい地方ですごす習性がある。

 出発前に挨拶にきてくれた兄弟の頭をなでて、鞄から小さな容器を取り出す。ふたを開けて差し出したのはペット用のミルワームだ。兄弟のために持ち歩いていたけど、しばらく会えないのなら全部食べていってもらおう。


「じゃあ、全部あげる」

『マジか! サンキュー、兄弟!』


 嬉しそうにテーブルの上に着地した兄弟が、容器の中を蠢くミルワームに食らいつく。

 いい食べっぷりだなぁと眺めていたら、向かい側から視線を感じた。顔を上げるとカトレアと目が合った。


「兄弟さん、なんて?」


 鳥の言葉がわかるという話をして以降、こうしてカトレアの前でも兄弟たちと話すようになった。

 ただ、カトレアは鳥の言葉がわからないので時折僕が通訳している。


「もうすぐ冬になるから南に旅立つって」

「そうなんだ。寂しくなるね」

『おう。留守中は兄弟のこと頼んだぞ、ツガイのネーチャン!』

「ちょっと待って! 僕ってそんな頼りなく見えるわけ!?」

『だってよー、ツガイのネーチャンは頑張って眼鏡取ったのに、お前まだそのままじゃネーか』

「僕のはただ外すタイミングを逃しちゃっただけで……!」

『なら、いつ外したっていいだろうがヨ!』


 兄弟のごもっともな指摘に、僕は「う……」と口ごもった。

 痛いところをつかれた。

 そうなのだ。カトレアが眼鏡を外して生活できるようになった時点で僕も眼鏡をかけている理由はなくなったんだけど、なんとなく外すタイミングを逸してしまってそのままになっていたりする。

 いや。もしかしたら、心の奥底では初対面でカトレアに逃げられたときのことが尾を引いているのかもしれない。

 どうしたの? というカトレアの視線を受けて「あー……」と重い口を開く。


「カトレアが頑張って眼鏡外したのに、僕だけまだ眼鏡したままだって」

「それ私も思ってたんだけど、なんでフィルは眼鏡外さないの?」

「いやー、なんか今さらじゃない? もうすぐ卒業だし、このままでいっか。みたいな?」

「えー……かっこいいのにもったいない」

「――――カトレアは僕に眼鏡外してほしいの?」

「んー、どうかしら。正直どっちでもいいかも」

「そうなの?」


 予想外の答えに目を瞬く。


「うん。だって、眼鏡をかけててもかけてなくてもフィルはフィルでしょ?」


 だからどっちでもいい、とカトレアは笑った。その笑顔からは強がっている様子はない。

 カトレアの笑顔が僕の背中を押してくれる。もう素の僕でも大丈夫だと。


「そっか……じゃあ、来週のパーティーで外そうかな」

「外すの?」

「うん。もう眼鏡をかけてる理由もないしね。もうすぐ卒業だし、最後はカトレアと素顔で卒業したいから」

『おー、漢見せてこいヨ!』

「パーティーは漢見せる場所じゃないってば」


 兄弟の茶々に苦笑を返すと、小さな青い鳥が近くの木にとまって「ピィ」と鳴いた。

 そろそろ行くよって言われてるのがわかった。


『じゃ、また春にな! アバヨ!』

「うん、元気でね。道中気をつけて」

「またね、兄弟さん」


 カトレアと二人並んで、南へ飛び立った兄弟の後ろ姿を見送る。

 ふとカトレアが口を開いた。


「フィルは兄弟さんたちみたいに空を飛びたいって思ったりしないの?」

「そりゃ、たまには思うよ。空からの眺めってすごいんだ。人も家もみんな小さくて、草原は緑のじゅうたんが敷いてるみたいでさ!」

「いいなぁ、私も鳥になってみたい」

「カトレアも飛んでみたいの?」

「まぁ、私だって飛べるなら飛んでみたいけど……――――あ。でも、フィルが鳥じゃなくてよかったかな」

「? なんで?」

「だって、鳥だったら兄弟さんたちと行っちゃうでしょう?」


 カトレアは少し困ったような顔で微笑んだ。

 なにこの破壊力。

 どうしよう、カトレアがめちゃくちゃかわいいこと言ってくれてる……!

 僕はたまらなく嬉しくなって、思わず隣に立つ彼女を抱きしめた。


「行かないよ、どこにも。僕は居場所はこれからもずっとカトレアの隣だから」



***



 学園を卒業して一年後、僕はカトレアを山に誘った。鳥になってみたいって言った彼女の望みを叶えるためだ。


「ねぇ、本当に大丈夫なの!?」


 小高い山の上で、急な斜面を前にカトレアが背後から不安そうな声を上げた。

 今、僕とカトレアの体はハーネスでしっかり固定して、ハンググライダーにくくりつけてある。

 準備万端。やり方も説明したし、あとは飛ぶだけだ。

 程よい風を感じながら背後のカトレアに声をかける。


「大丈夫。この日のためにいっぱい練習してきたんだから――カトレアはしっかり僕につかまっててね」

「うん」


 背後から回されたカトレアの腕に力がこめられるのがわかった。

 ――――――――よし!

 「いくよ」と言って、二人で坂を駆けだす。


「五、四、三、二、一 ――ッ」


 布でできた翼の部分に風を受けてふわり足が地面を離れる。

 うまく上向きの風に乗れたようで、眼下の木々がどんどん小さくなっていく。

 鳥のように自由にとはいかないまでも、空高くから見下ろす景色はかつて僕が見ていた景色だ。

 ちらりと首を反らすと、ギュッと目を瞑ったカトレアの顔がすぐそばにあった。


「ほら! カトレア、目を開けて!」


 吹きつける風の音に負けないように大きな声で呼びかける。

 僕の呼びかけにカトレアがうっすらと目を開け――それから一気に大きく見開いた。


「わぁ……!」


 カトレアの口から感嘆の声が漏れる。


「フィル! すごい、すごいわ! 木があんなに小さいっ! それに町もっ! なんだかミニチュアみたい!」

「ね、すごいでしょ!」


 興奮気味に話しかけてくるカトレアの話に耳を傾けながらも、僕は今までになくわくわくしていた。

 練習で飛んだ時もこの圧巻なまでの景色に感動したものだけど、今日はあの時よりも自分の気持ちが高揚しているのを感じた。

 なんだろう、カトレアとならこのままどこまででも飛んでいけるかもしれないって思えた。

 学園を卒業してからというもの、前ほど一緒にはいられなくなった。当たり前のことだけど、それがちょっと……いや、だいぶ寂しい。

 もっとずっとこうして一緒にいられたらいいのに。

 溢れ出した気持ちが抑えられなくて、声を張り上げた。


「カトレア!」

「んー?」

「大好きだああああああああああああ!!」

「なな、なによ、急に!?」


 急に叫んだ僕に、背後からカトレアの裏返った声が返ってくる。明らかに戸惑ってる様子だ。

 それがまたおかしくて思わず笑ってしまった。


「いや、なんか叫びたくなっちゃって!」


 そんな僕の答えに、カトレアも「なによ、それ」と一緒になって笑い出す。

 一呼吸おいたあと、すぐ後ろからカトレアの声が聞こえてきた。


「わたしも、フィルが大好きいいいぃぃぃ!!」


 ばっと後ろを振り返るとカトレアと目が合った。

 「私も叫びたくなっちゃった!」と答えるカトレアに、愛おしさがこみ上げる。

 ああ、ほんと大好きだ。

 何だかよくわからないテンションで笑いあいながら地上に着陸する。

 地に足が着くと急に現実に帰ってきたような感覚になった。

 もう一回飛びたいと空を見上げたカトレアの表情はキラキラと輝いていて、ずっと見ていたいと思った。

 するりと彼女の細い指に自分の指を絡ませると、碧い瞳が僕を見返して微笑んでくれた。


「カトレア、僕と一緒に暮らさない?」


 用意していた言葉を告げると、カトレアは驚いたように目を大きく見開いたあと、弾けるような笑顔で「うん!」と頷いた。

お読みいただき、ありがとうございました!

だいぶ前に書いたカトレア視点はこちらです。よろしければ、どうぞ~。

https://ncode.syosetu.com/n8428go/

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