4話 村人が結託して秘密を隠しているようです
牧師館の方には、牧師さんは居ないようだった。アビーとジーンは、お絵かきしながら教会の礼拝堂を掃除していると教えてくれた。
「あなた達に聞きたい事があるんだけど、いい?」
「何ー?」
アビーとジーンは色鉛筆を持つ手を止めた。
「この世界の世界地図ってどうなっているか知ってる?」
アビーとジーンはお互い顔を見合わせて固まっていた。やっぱり何か知っているようだが、子供だから口を滑らす可能性が高い。
ポケットに入れておいた飴玉を二人に渡す。甘いものが少ないこの村では、飴玉でも貴重だった。この飴玉は、隣のハードボイルド村で買ったものだが、やっぱり少し値段は高かった。
「教えないよ!」
「うん、僕も教えない!」
飴玉では買収できなかったようである。どうやら、こんな子供も、この秘密を守るように厳しく躾けられているようだった。
「じゃあ何で秘密にしているかは教えてくれる?」
「それは、マスミが悲しむからよ」
子供のくせにアビーはちょっと大人ぶって言った。
「そうさ。っていうか、マスミが知らなくても困らないじゃん?」
確かにジーンの言う通りではある。単に不安を解消したいが為に聞いているだけだった。
私はこれ以上アビーとジーンに話を聞き出すのは無理と判断し、礼拝堂の方へ向かった。
牧師さんは一生懸命、箒で床を掃除していた。
「牧師さん、こんにちわ」
「こんにちは。マスミ、礼拝堂にいらっしゃるのは、珍しいですね」
立ち話もなんだという事で、私と牧師さんは礼拝堂の隅の信徒席に腰を下ろす。
牧師さんは、しばらくデレクのカフェのフルーツサンドの話をしていた。よっぽど気に入ったらしい。ちょっとうっとりとしながら、いかにフルーツサンドが美味しいか力説。
「フルーツサンドは夢みたいに美味しい食べ物です」
垂れ目の牧師さんだが、さらに目尻が下がったいるように見えた。確かにフルーツサンドは美味しいが、元いた世界ではあれ以上に豪華なケーキ、色とりどりのマカロン、濃厚なモンブラン、トロトロなプリンに囲まれていたので、そこまでの感動はない。しかもコンビニに行けば500円も出さずにそんなスイーツにありつける。
確かにコンビニスイーツも最初は目新しさもあったが、感動するほど新鮮でも美味しくもない。牧師さんのようの純粋に喜ぶ事はほとんどなかった気がする。文明が発達するのも、いい面ばかりではないようだ。
「マスミは、フルーツサンド嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど。元いた世界では、それこそ糖尿病が一般的になるぐらい甘いものも溢れていたからね」
発達しすぎる文明の食べ物は、食べすぎて糖尿病やデブになるリスクもある。人間の食べられる量は昔も今も変わりないのに。高度な文明といってもたくさん食べても太らない薬や病気にならない薬など、魔法のようなものは結局無いわけでもあるし。文明も限りがあるのだろう。
フルーツサンドを純粋に喜ぶ牧師さんと糖尿病なんかを話題を出す私。明らかに温度差があり、話はちっとも盛り上がらない。
元いた世界の職場の生徒は、異世界で男女が恋愛に落ちるライトノベルが面白いと騒いでいたのを思い出したが、そんな事は実際にあるのだろうか。やっぱり、住む世界の違いを私は感じてしまうのだが。
「ところで、マスミ。何か用があったんじゃないですか?」
「ちょっと聞きたい事があるんだけど良い? 聖書のことで」
聖書と聞くと、牧師さんの顔は明らかに晴れやかになる。しかも何か誤解したようで、「ようやくイエス様に興味を持ってくれたんですね!」と涙まで浮かべて感動しているようだった。いちいち水をさすのもちょっと可愛そうなので、この誤解はこのままでも良いだろう。
「この創世記で、この世界は神様が7日で創ったってあるんだけど、一体どこの世界について言ってるの? 私がいた世界? それともこの異世界? そもそも人間自体も神様が創ったんだよね?」
私は旧約聖書を開きながら聞く。さっきまで感動していた牧師さんの表情が青ざめる。
「牧師さんだったら、答えられるよね? どういう事? あとこの世界の世界地図ってどうなってるの? 見たことないんだけど?」
牧師さんは黙ったまま俯いていた。まるでイタズラがバレた後のアビーとジーンのようだ。何か隠している事は、火を見るより明らかだった。こんな風に問い詰めるつもりはなかったが、あの不自然な本を見ていると、やっぱり不安感しか持てなかった。
「どういう事?」
「まあ、マスミ。世の中には、知らなくて良い事もたくさんありますよ」
ジャスミンと同じセリフである。聞けば聞くほど不安になる台詞である。
「この世界は夢?」
まどろっころしいのは苦手なので、単刀直入に言う。
「まあ、そうかも知れませんね」
「えー?」
「でも、わかりませんよ。そんな事は」
うっかり口を滑らせたという感じだった。牧師さんの目は泳ぎまくっている。嘘がつけない人柄も考えものである。
「マスミはそんな事考えてもしょうがないでしょ」
「そんな、元も子もない…」
「そろそろ殺人事件が起きるかも知れませんよ」
「そんな、もう殺人事件は懲り懲りよ」
親しくないマークやアンジェリカはともかく、杏奈先生やソニアの死はとてもショックだった。殺人事件の調査も運良く事が進んだ感じであるし、あんな杜撰で行き当たりばったりな調査でよく解決できたと思う。
そう思うと、やっぱりこの世界は作り物めいている?どうも嘘くささに気づき始めた。
そんな事を考えていると、礼拝堂にアラン保安官が飛び込んできた。
「大変だよ! 事件だよ!」