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番外編短編・カフェ探偵杏奈

 杏奈先生が実家のカフェを継いだという知らせを受けた。

 杏奈先生は結局仕事を辞めてそういった決断をしたようである。


 一方私は仕事は辞めずにズルズルと続けていた。


 自殺未遂を起こして私は職場で針のむしろ。杏奈先生もやめていたので、誰も味方がいない状態で仕事を続けていた。でも、殺人事件が起こるわけでもないし、あの夢に比べたら少し楽に思えるほどだった。


 こんな自分を馬鹿にしたり、仕事を押し付けてくる同僚もいたが、きっぱりと言い返していた。そうしていると、少しは状況はマシになった。やっぱり我慢をして、口をつぐんでいたら状況は改善される事は無さそうだった。


「よくあんな職場を辞めないで続けているわね…」


 すっかりカフェ店長が板についた杏奈先生がコーヒーを持ってきた。


 私の事情を聞くと、呆れながらもこのカフェの遊びに来るといいと誘われ、休みの日にはよく通っていた。


 レトロな喫茶店といってもいいようなカフェだった。

 店内が全体的に茶色を基調としていて落ち着きがあり、硬めのプリンや玉子がいっぱい入ったサンドイッチも美味しい。


 知る人が知るカフェらしくあまり客はいないようだが、落ち着きがあり居心地が良い。少なくとも大手チェーンのカフェより長時間いたいと思わされた。


 ちょうどそんな事を考えている時、一人の客が入ってきた。暗い顔をしたアラサーぐらいの女性だった。


「杏奈、いつものコーヒーちょうだい…」

「いいけど、麗子。どうしたの?暗い顔をして」


 女性は麗子といい、杏奈先生と親しいようだった。杏奈先生が彼女を紹介してくれて、私も名前を名乗るが、麗子さんの表情は暗く、落ち込んでいるのが伝わってくる。


「杏奈や真澄さんは、この黒猫知りません?」

「黒猫?」


 私と杏奈先生は、麗子さんからチラシをもらう。そこには、2週間前から行方不明になっている黒猫を探して欲しいという事が書かれていた。


 可愛らしい黒猫の写真も載っている。「チビ」という名前で、おとなしいオス猫だそうだ。


 しかしチラシにはとんでもないことも書かれていた。猫を祀っている神社にお参りしたり、引き寄せの法則などのスピリチュアルも実践して必死に探しているという。


 飼い猫がいなくなった悲しみは十分伝わってくるが、詐欺のようなスピリチュアルに縋っている様子を想像すると胸が痛い。麗子さんの顔が苦しそうな理由もよくわかってしまった。


「毎日『ありがとう』って何千回も言ってみたり、掃除も徹底的にやっているのに、チビは帰ってこないんですよぉー」


 こんな事を言う麗子さんに杏奈先生は露骨に呆れ顔だった。可哀想ではあるが、そう言ったスピリチュアルに縋っても望む現実になる事は少ないだろう。


「そういうスピリチュアル的努力っていうか我慢はやめた方がいいわよ。我慢と努力って違うのよ」


 杏奈先生はハッキリと言った。ちょっとヒヤヒヤするぐらいハッキリした物言いにそばでコーヒーを啜っているだけの私もヒヤヒヤしてしまう。


「杏奈、どうしてそんな事はいうのよ?」


 麗子さんは泣きそうである。


「そもそもああいったスピリチュアルは詐欺だし。私も昔やった事あるけど、余計悪化したわよ。それにそういったやったつもりの我慢って意味ないわよねぇ」


 杏奈先生は物言いはキツいが、麗子さんを心配している事は伝わってくる。麗子さんは伝わっていないようで、不機嫌になり始めている。


「まあ、我慢しているだけでは現状は変わらないと思う。シンデレラぐらいじゃないかな? 突然魔法使いがやってくる事はないわね」


 私はとても優しい口調で言う。


「そうよ。真澄先生の言う通りよ。我慢は、自由な人やのびのび生きている人を逆恨みする事もあるのも問題ね」


 杏奈先生のこの言葉に不機嫌になりかけていた麗子さんも何か気づいたようだった。


「そうね…。もうちょっと頑張って近所にチビがいないか探してみるわ…」

「ところでいつ、どこでチビがいなくなったの?」


 杏奈先生は詳しく当日に状況を麗子さんから聞き出していた。その眼差しはかなり真剣で、本当に探偵のように見えた。あの夢の中でも探偵のような事をしていた杏奈先生だが、意外と似合っているかもしれない。もっともコージー村のように殺人事件が頻発する事はあり得ないだろうが。


「わかったわ!」


 麗子さんの話を詳しく聞き、杏奈先生は何か閃いたようである。


「佐々木さんの所にいるかも!」

「佐々木さん? あの認知症の?」


 麗子さんは「あ!」と何か気づいたようだ。


 杏奈先生によると近所に佐々木さんという認知症の老婆がいて、以前も他人の家の猫や犬を勝手に家に連れていき、我が物顔で飼っていた事があったのだという。


「たぶん、佐々木さんのところにいると思うけど……。一人であの家に乗り込むのは怖いわねぇ」


 麗子さんは怖気付いていたが、杏奈先生はむしろワクワクした顔を見せていた。


「やだ、佐々木さんなんて怖くないわよ」

「そうですね。私も一緒の行きますか」


 私も杏奈先生に同意見である。夢とはいえ、殺人事件に関わっていた事を思い出すと、それぐらいは怖く感じない。まあ、杏奈先生はもともと気が強い女性であると感じるが。


「ちょっと、二人とも…」


 私と杏奈先生は、麗子さんが止めるのも聞かずに佐々木さんの家に乗り込み、チビを取り返した。


 杏奈先生の推理通り、やっぱりチビはそこにいた。ただ、可愛がられていたようでチビは問題なく麗子さんの元に戻った。佐々木さんは、本当に自分のペットだと思い込み、泣いていたが仕方がない。


「しかし、杏奈はちょっと探偵みたいね。あっという間にチビが帰ってくるなんて」


 戻ってきたチビの艶々した背中を撫でながら、麗子さんが呟くと、杏奈先生は満足そうに頷いた。

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