エピローグ
月宮が帰ると、久々にスマートフォンを充電し、動かしてみる。
溜まっているメールやLINEにどっと疲れを感じてしまうが、簡単に情報を得られる事や動画を見られる事には、少し感動してしまう。
コージー村ではちょっと情報を得るだけでも一苦労だった事を思い出すと、嬉しい気持ちにもなる。当たり前だと思っていたものは、そうでは無さそうだった。
私が自殺を決行する直前、小説投稿サイトを頻繁に閲覧していたようだった。履歴が残っていた。
そこで綾本が書いた小説を読んでいたようだった。たしか綾本には、小説を書いていると本人が教えてくれて、ペンネームや投稿ページも教えてくれたんだった。
当時は忙しさにかまけて読まなかったが、綾本が死んで後悔して読み始めた。
私は、綾本の書いた小説を見て、コージー村を夢に見ていた謎が解けてしまった。
綾本は「コージーミステリのような村に異世界転生してしまった!」という小説を書いていた。その世界はまんまコージー村で、主人公も「藤崎真澄」だった。
名前すら変えていない。明らかに自分がモデルにされている。
ただ、綾本の小説は「転生」を扱っているが、私は見た夢は「転移」だった。そこだけが違うが、後は概ね似たような設定、展開、キャラクターだった。違う部分は私の意識と混ざってしまった部分なのだろう。
綾本の小説は、最後の事件はちょうど泥棒集団が捕まったところで終わっていて、続きは書かれていない。未完だ。あの後の夢は私の意識だけが見させているようだった。
あまり人気はないようではあったが、頻繁に更新されて筆がのっている事はわかる。本編とは別に創作裏話もアップされていて、登場人物のほとんどがモデルがいると語られていた。
デレクは、綾本の家の近所に一時期いた料理上手な留学生。ジャスミンも高校に一時期いたアメリカ人の英語教師。あの謎の男は、自身の血のつながらない兄。
最初の事件で殺されるカフェ店長も高校の英語教師をモデルにしていると書かれていたが、主人公「藤崎真澄」、クラリッサ、プラム、リリー、牧師さんについては詳しく書かれていない。
おそらくそれもモデルがいるのだろうが、私が知る方法はなさそうだ。リアルクラリッサやリアル牧師さんにも会いたい気持ちはあったが、少し怖くもなってしまった。
やっぱりあの世界は夢だったのだろう。夢の中で親しくなった彼らだが、現実的には何の接点もない。綾本がモデルにしただけで、実際には違うところも多くあるだろう。
綾本について自責の念が強すぎて、現実から逃げてしまった。綾本の小説に現実逃避した理由はよくわからないが、そこまで追い詰められていたのかもしれない。
私はため息をつき、綾本の小説を読むのを終え、スマートフォンの電源をきる。
再び夢の世界を垣間見たが、気分は良くならない。むしろ、今まで現実から目を仕向けて生きてしまった事実だけがくっきりと浮かび上がる。
再び目を閉じて眠りはじめた。コージー村に夢は1秒も見なかった。それどころか何の夢も見なかった。
数日後、私は退院し、家の掃除をしていた。家にある大量のロマンス小説を箱につめてネットの中古書店に送った。
やっぱり夢など無いらしい。都合の良い王子様も現れないし、ガラスの靴も無い。綺麗なドレスもないし、安い中国製の部屋着を身にまとい、ガラクタを片付けなければならないようだ。
我慢していれば幸せになれると思っていた。ロマンス小説のヒロインみたいに、耐え忍んで泣いている私にいつか王子様が迎えに来ると思い込んでいたが、別にそんな事はなかった。
思えば職場も少しブラックであったが、声を出さず文句を言わなければ丸く収まるとも思っていた。「平和で問題の無い学校」だと思い込む事で見て見ぬフリをしていた。臭い物に蓋をしていた。
実際は、自殺者を出すような学校だったのに。それだけでなく、学校の裏掲示板を調べると、いじめや万引きなどの問題を抱えているようだった。今回の事は現実を見て見ぬふりする自分が招いてしまった事だろう。私が自殺なんてして解決するわけがないない。私があんな行動をとったのも、一種の現実逃避だったのだろう。
そんな事を考えつつ、やっぱり綾本には謝りたい気持ちが芽生えていた。
あの小説を読む限り、自分の事は恨まれていないとは思いたいが、自分が原因を作っていた事は否定できなかった。
部屋のガラクタを捨てると、綾本が眠っている墓地に向かった。
外はよく晴れていた。秋なので少し肌寒くはあるが、電車やバスに乗って簡単に移動出来るのはありがたい事だった。
コージー村なら移動するだけで一苦労である。平日の昼間のせいか、墓地には誰もいない。ちょっと怖くもなるが、幽霊などもファンタジー的存在と思えば、少しは気分は落ち着く。
作品に中では、牧師さんはじめキリスト教のネタがいくつかあったが、綾本の墓は四角い仏教式のもの。
暗い雰囲気が漂う墓石と線香の匂いにむせそうにはなるが、花を供え心の中で綾本を思い謝った。
そして、見上げた空は澄み渡り、コージー村のそれよりも綺麗に見えた。やっぱりこの空が本当の神様が創ったものだろう。私はコージー村よりこの現実世界で生きていきたいと思った。
夢のような偽物の世界は壊れた。仮想世界なんて無い。現実逃避ができる別の世界などあり得ない。
あったとしても、浦島太郎のようになるのだろう。背けていた現実を向き合う時にはきっと来る。ガラスの靴なんてなく、スニーカーでアスファルトの上を歩くしかないのだろう。
そこへ、一人の男が綾本の墓に近づいているのが見えた。
私は思わず息を呑む。男はあの夢の中の牧師さんとそっくりだった。
「あ、あの!」
私は勇気を出して彼に声をかけた。頭上に広がる空は、相変わらず澄み渡っていた。
どうかこの世界に神様の祝福がありますように。
God bless you.




