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41話 さよなら、コージー村

 牧師さんは、別にオシャレしているわけでもなかった。いつもよく見るようなシャツにチノパンという普段着である。


 まあ、私がメイクしている事を気づいてはいたようだが「春だから浮かれてオシャレしたくなりますよね!」と言われた。相変わらずの天然というか鈍いようだったが、今はそんな様子も牧師さんらしいと思う。


 デレクは注文したフルーツサンドを持って来ると気をきかせて厨房の方に行ってしまったし、他の客が入ってくる様子も無い。


 牧師さんは、フルーツサンドを食べながら満面な笑顔である。


「美味しいですねぇ」

「ええ」


 私もフルーツサンドを齧る。口いっぱい濃厚なチーズ風味のクリームと、みずみずしいイチゴの味が広がる。


 元いた世界では、何段にも重ねられてケーキやサクサクのパイでできたミルフィーユや、トロトロのプリンなど夢のように美味しいスイーツもいっぱいあった。でも、この土地で黒っぽいパンで出来た地味なフルーツサンドも夢のように感じる。


 目の前に牧師さんの笑顔があるせいだろうか。もともと甘いものが少ないこの土地のせいだろうか。それとも事件を解決した安堵のせいだろうか。理由はわからないが、いつもよりフルーツサンドが美味しく感じた。


「ところで、マスミ」

「なんですか?」

「もう、こういう事件の調査やめましょう」


 牧師さんは笑顔をやめ、急に真面目な顔でいう。


「なぜ?」

「もう時が迫っているから。もう、マスミはこの世界には長くいれません」


 牧師さんにハッキリとそう言われて泣きそうになる。

 さっきまで夢心地でフルーツサンドを食べていたから、急に冷や水を浴びせられた気分だ。もっともそんな予感は薄々と感じてはいた。


「この世界はやっぱり夢なのね?」


 牧師さんは何も答えず、沈黙が落ちる。黙りこくって居るので、余計にその事が事実と思われる。


 絶望的な気分になったが、仕方ないのかも知れない。夢には終わりがあるのだ。


 いつまでも眠りこくっているわけには行かないようだ。

 問題は、目が覚て直面する現実は私に耐えられるものだろかという事だ。


 浦島太郎のように目が覚めたら年老いていたというのは笑えない。せめて不思議の国アリスのように元いた世界で目が覚めたいものだ。


「綾本アキっていう人物は知ってる?」


 今度は別の質問を投げた。綾本の名前を出すだけで、ピリリと頭に痛みは走るが、止める事はできない。


「牧師さん、綾本は私の生徒だったの。何か知ってる?」


 牧師さんは深くため息をつく。


「いくらマスミの質問でも、これは教えられない…」

「どうして? どうして話してくれないの?」

「この事を話してしまったら、マスミが壊れてしまう」


 断言していた。


 綾本の事を知らな方が良いのだろうか。でも、この世界が夢であるらしい事を知ってしまった今は、無視ができない。


「マスミだってアキの事はよく知らないでしょ」

「それは…」


 否定はできない。受け持ちの生徒ちはいえ、彼女の何を知っているのかはわからない。ただ踏み込まず表面的に接していた事を思い出す。


 思えば私はあまり良い教師ではなかったのかも知れない。卒業していった生徒達の顔を思い浮かべるが、ちゃんと向き合っていたかどうか自信がなくなる。人と接する時、どこか私は逃げ腰だった。道で困っている人がいても知らんぷり。テレビやネットの報道を鵜呑みにして、弱者に「自己責任」と思う事も否定出来ない。


 まだ目が覚めていないくせに、足元からこの世界が崩れ落ちそうな感覚に襲われる。


「でも、マスミはコージー村に来て事件を調査しながら、だんだん変わっていったよ」

「そうかな…」


 その点も自信がない。


「殺された人が自己責任とか思わないでしょ?」

「ええ。特に杏奈先生やカーラ、ソニアの事を思うと苦しい」

「アキもきっと天国でわかってくれていると思うよ」

「天国?」


 一般的に良いイメージの言葉だが、今はちっともそんな印象は受けない。


「え、綾本は亡くなったの?」


 再び強い痛みが頭を襲い、涙目になりながら牧師さんに縋り付く。


 しかし、牧師さんは難しい顔をしたまま答えなかった。同時に悲鳴のような人の声が聞こえた。


「火事だ! 誰かが火をつけた!」


 気づくと、カフェの中が火の海だった。デレクに叫び声が遠くで聞こえるが、火の海で彼がどこにいるのかわからない。


 熱さで眩暈がし、髪の毛が焦げる音も聞こえるが、なぜか私は一ミリも動けなかった。声も喉が固められてしまったように出て来ない。


「マスミ」


 目の前にいる牧師さんは、この火の海の中でも逃げる素振りを全く見せない。窓の外を見ると、外も燃え広がっている。これでは村中に火がつくのも時間の問題に思えたが、牧師さんは切なそうな目で私を見ているだけだった。


 一筋、牧師さの頬に涙が落ちる。こんな状況なのに、美しいと思えてならない。


 牧師さんは顔は全くイケメンではないが、この時だけは素直にそう思った。


 この村に来てすぐの頃、杏奈さんの事件に巻き込まれて火事にもあった事を思い出す。あの時は、イケメンのジェイクが助けてくれて私はかなり重症なお花畑になったものだが、今は全くそんな気分になれない。


 デレクが作った居心地の良いカフェが炎で崩れて落ちていく。綺麗な村の風景もどこにもない。もうこの世界は終わる事を確信していた。


「マスミ、この世界の『神』は割とひどいよね」


 牧師さんの口ぶりから、『神』は聖書に書かれている神様でがない別人(別神?)である事がわかる。


 彼はいつどんな時も神様について悪くいう事はなかったから。


「こちらの『神』は、本当の神様を知らずに死んでしまった事が悲しいよ。一人で死ぬ前に僕に全て教えて欲しかった。自殺は罪だから」


 牧師さんが言っている事はさっぱりわからないが、強い後悔や悲しみだけは伝わってくる。


「マスミのせいでもないよ。それは誤解しないでね。自殺はこの世界に住む住人の責任だよ。君のせいではないが、全員が悪い」


 牧師さんは激しく泣き叫び、私に背中を火の海に突き落とした。


 なぜこんな行動をとったのか、わからなかったが、この瞬間に綾本の事は全て思い出す。


 綾本を軽くあしらってしまった翌日、彼女は自殺した。遺書は、特定の人物については書かれていなかったが、こに世界に絶望した事と異世界に転生したいと書かれていた。


 その後、綾本の遺族の一人に私は責められ、その後は…。その後は……。


 意識はもう持たない。


「マスミ。もう、さよならだよ…」


 牧師さんの悲しい声が聞こえたと同時に、私の意識は完全に消え去った。


 コージー村という夢のような竜宮城は、火に飲まれて消え去った。

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