3話 世界地図が塗りつぶされてる…
フルーツサンドを食べ終えると、私はコージー村の図書館に行ってみる事にした。
エスーペラント語の辞書や教材も見てみたいし、何か地図の謎を解く鍵がありそうだ。
スマートフィンもパソコンもインターネットもないこのコージー村では、情報を集めるのにも苦労するが、仕方ない。むしろ日本の生活の方が弁論過ぎたのかも知れない。一つの情報もぱっと目立つものに食いつき、ろくに考えずの吸収していたと思う。コージー村の生活の方が人間としてはちょうど良いのかも知れない。
「ジャスミン、こんにちは」
「マスミじゃない。こんにちわ」
図書館に入ると、カウンターにいいる司書のジャスミンに話しかける。
「もしかしてエスーペラント語の本探してる?」
「そうだけど?」
「あの記事が出てから、村の人達がこぞっと借りてしまってね」
ジャスミンは、本の予約のカードや目録を見せる。確かにエスーペラント語の辞書や語学の本は全て貸し出し中だった。
「どうする? 予約入れる?」
ジャスミンが聞いてくる。予約はどれも数件ではあるが、かえってくるのを待っているのももどかしい。
「そうねぇ。これだけ借りられていると、ちょっと面倒臭いわね。語学の歴史の本なんかはある?」
「まあ、エスーペラント語に限ったものは貸し出し中だけど、英語のものなんかは2階にあるわ」
そういえば私はこの国についてよく知らない。特に勉強しわけでもないし、この村に来た時にサラッと子供向けの歴史の本などを読んだだけだ。急に不安も感じ、とりあえず再びこの世界について学んでも良いかも知れないと思った。
「ありがとう、ジャスミン。2階でちょっと調べてみるわ」
「ふふ、マスミは学校の先生をしていたぐらいだから、勉強熱心ね」
ちょっと揶揄いを含んだジャスミンの声を聞くと、私は2階に行き、語学や歴史の本を調べてみる事にした。
1階は、エスーペラント語の勉強でもしているのか、村の住民が何人か閲覧室にいたが、2階は誰もいなかった。とるあえず子供向けの歴史や語学の本でも見る事にした。
「そういえば、この世界の世界地図ってどうなってるんだっけ?」
私は子供向けのミニサイズの本棚を見ながら根本的な事を思い出す。確かに色んな国があり、言語も何百種類もああるとプラムが言っていたのを思い出したが、世界地図については考えが至らなかった。
まあ、異世界転移という特殊な身の上になり、なおかつ殺人事件に巻き込まれて、手に職をつけり為に忙しかったので、根本的なことをすっかり忘れていた。
確かこの世界は、天動説で宇宙はなく、大地は平らだったはずだ。太陽や月はプラズマ。最初この説を聞いた時は、文化レベルの差にため息をついたものだが、生活に関係が無いので忘れる事にした。
やっぱり私は、深く物事を考えないタイプなのかも知れない。情報を得るのにも便利な日本にいたから、自分の薄っぺらさを痛感して恥ずかしい思いだ。
私は「世界の成り立ち」という子供向けの本を本棚から引き抜き、閲覧室に行って読み始めた。
それは、意外と宗教的な話というか、宗教そのものだった。神様がいて、世界を7日で創ったという話が、聖書を引用しながら解説されている。
言語が国でバラバラなのも、まさに聖書にあるバベルの塔のせいだとある。まあ、この国はキリスト教が根付いているので、そういう思想になるのは仕方ない。
確か元いた世界でも進化論があるかないか、キリスト教信者とそうでない人達が揉めているという話は聞いた事がある。キリスト教国家では「ハリーポッター」もガチな呪文が書かれているから、子供に読ませないような運動などもあるらしい。そういう点はやっぱり日本と違うようだ。
本を読み進めると、この国の農業や畜産などの説明がある。これはもう関係ないので、読み飛ばし、地図を作った偉人の話を読む。
「あれ?」
しかし、世界地図の説明部分が綺麗に真っ黒塗りつぶされていた。手書きではなく、印刷のインクで真っ黒だ。
「どういう事?」
私は強い不安に襲われた。あの嫌な夢を思い出した。
この世界はもしかして夢?
だから、肝心の世界地図が塗りつぶされているの?
私は再び閲覧室へ行き、地図や地理関係の書物を探し手にとる。しかし、どれも世界地図が黒く塗りつぶされていた。それどころか、この国の地図も一枚も見当たらない。まるで意図的に隠されているようだった。
それだけでない。月や太陽の天文学の本もおかしい。天文学の本は、『月も太陽も全て神様が創った」という文言で埋め尽くされていた。同じ文章だけが並び、酔っ払いそうだった。
不安がますます酷くなる。
冷や汗かきながら、宗教関係の棚に直行。旧約聖書の「創世記」の最初の方を読む。確かに神様がこの世界を7日でお創りになった事が描写されている。聖書は元いた世界のものと多少翻訳が変なところはあるが、だいたい一緒だった。
「どういう事?」
考えられるのは、この異世界も神様が創ったという事だが、何となく違和感がある。やっぱり元いた世界を神様が創ったと考えた方が納得いく。
「やっぱり夢?」
足元から崩れ落ちそうな感じだ。この世界が全部夢だと思うと納得できてしまう。夢の中であの男が言っていたムーンショット計画というものだと思うと、納得出来てしまう。
しかし証拠はない。頬をつねっても痛い事は痛い。
でも日本の技術だったら、リアルな五感を再現できる事も可能?
確か元いた世界では、プロのピアニストの技術をそっくりそのまま真似できる機器が出来たと発表されていた事を思い出す。小説もAIが書ける技術もあるとか。特殊な技術で、リアルな夢を見させる事も不可能ではない気がしてしまう。例えばAIに小説を書かせて、録音し、それを眠っている人間に聴かせて、夢を見させる事も可能ではないか。
とはいえ、塗り潰された本は明らかに不自然である。ジャスミンが何か知っているかも知れない。
私は地理や天文学の本を引き抜き、ジャスミンに見せに行った。
「ジャスミン、この本は落丁?」
「えー、そんな事ないはずだけど」
ジャスミンは、眉をひそめてそれらの本を捲る。彼女の表情もどんどん暗いものになっていった。やっぱり何かあるようだが、ジャスミンは口をつぐんでいた。
「どういう事?」
「ねえ、マスミ。世の中には、考えなくてもいい事があるのよ?」
「どういう事?」
「まあ、この件は誰に聞いても答えてくれないでしょう。諦めよう」
ジャスミンはわざとらしいぐらい笑顔で、有無も言わせない迫力が漂っていて。
「この本借りていい?」
「だめよ。貸し出し禁止のシールが貼ってあるから」
どうやらジャスミンにこれ以上聞くのは、難しそうだった。
その代わり、旧約聖書を借りて教会の方に向かった。