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32話 エスーペラント語解読中

 牧師さんは、コリンの事がまだ心配だといい、家まで送りに行った。


 私はエリマキを受け取り、牧師館に届けた。

 アビーとジーンにエリマキを返すと、二人は泣いて喜んでいた。


「わーい、エリマキ返ってきた!」

「エリマキ!」


 アビーとジーンはもふもふとしたエリマキの背を撫で、なぜか再び寂しそうな顔を見せた。


「マスミもどこか行っちゃうの?」


 アビーは、少し泣きそうだった。


「マスミは、もうこの村に居られないの?」


 ジーンも目をうるうるとさせていた。子供二人も何か感じているらしい。


 私も確固とした証拠はないが、この村に長くいる事は出来ないような気がしていた。この世界も夢なのかも知れない。


「わからないわ」


 私は二人にそうとしか言えなかった。子供だからこそ嘘は言えない。


 ふと、また元いた世界の生徒の顔が頭に浮かぶ。少し寂しそうな綾本の顔。


 ある日の放課後、綾本に呼び出された「真澄先生、私の前から居なくならないで」と子供のように泣いてせがまれた。


 冗談だと思った。


 もともと情緒が不安定なところがある生徒だったが、一時の気の迷いのようなものにも思った。


 再び綾本の事を思い出したら、強い痛みが頭を襲った。この痛みは、まるで綾本の事を思い出すなと警告しているようだった。


「マスミ、どうしたの?」

「どうしたの?」


 子供二人にまで心配され、私は慌てて取り繕う。


「事件を調査しなくちゃ。私は行っても大丈夫?」


 子供二人は顔を見合わせてゆっくりと頷いた。


「私、マスミの事好きだよ」

「僕も好きだ」


 二人はそんないじらしい事を言って、私に軽く抱きつく。不思議とさっきまで感じていた頭痛がスッと抜ける。


 胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


 この世界から帰りたくない。


 そんな事ばかり思ってしまう。淋しさも込み上げてくる。

 私はアビーとジーン、それからそばにいるエリマキに頭をそっと撫でる。


「ありがとう。でも行かないと…」


 私は、彼らからそっと離れ牧師館を出た。


 今は、事件の事を考えなくちゃ。


 この世界の謎を考えると、もう心は壊れてしまいそう。事件の事に集中していれば、少しは寂しい気持ちも紛らわせられるかも知れない。


 私は魔導書が入った重たい鞄を担ぎ、村に図書館に向かった。


 図書館にカウンターでは、ジャスミンが古い本の修理をしていた。仕事中なので、少し躊躇われたがジャスミンに声をかける。


「あら、マスミじゃない。どうしたの? 何か探し物?」

「ええ。エスーペラント語の書籍は、全部戻ってきた?」

「戻ってきてるわよ。もう宝探しが泥棒集団のフェイクだって村の人達も知ってるからね」


 ジャスミンは、肩をすくめて苦笑する。図書館は他に利用者がいないので、ジャスミンの声も少し大きい。


「犯人の手がかりが掴めそうなのよ」

「それは良かったじゃない、マスミ。もうこの世界の事は深く考えない事ね」


 ジャスミンの言う通りかも知れない。綾本の事を考えると頭が痛くなるし、しばらくは事件一本に集中すべきだろう。せっかくコリンから手がかりも得られた。コリンについては、まだ少し心配であるが、今は牧師さんがついて居るから安心だろう。


 私はこの図書館にあるエスーペラント語の書籍を集められるだけ集め、閲覧に持っていく。


 そしてあの魔導書を再び調べ始めた。全編エスーペラント語で書かれて全く読めない。イラストも魔法陣や死体ばかりで気持ち悪いが、ある文字にだけ赤い印がついているのに気づいた。コリンが書き加えたのかも知れないとも考えたが、赤い印の文字に全く共通点が見えない。


 そういえばクラリッサが書いた小説の中に、図書館の本に暗号が仕込まれているトリックがあるのを思い出した。それは本の中の印がついた文字を繋げると一つの文になるというものだった。ミステリではよくある暗号だとクラリッサは自嘲していたが、実際にあり得るかも知れない。


 私は事件ノートの開き、印がついた文字を全部書き写した。


 これだけでは全くわからないが、いくつか文字の共通点があるようだ。もしかしたら主語かも知れない。


「あった!」


 エスーペラント語の辞書をめくり、共通点のある言葉は「わたし」という意味の言葉だと気づく。


 見つけた喜びで思わず声が出るほどだった。


 やっぱりこれは暗号らしい。この調子で読んでいけば、暗号も解読できるかも知れない。


 ただ、エスーペラント語は難解だ。何しろ文字が666個もある。そういえば666という数字は悪魔が好む数字らしい。魔法国家の言語だった理由が察せられた。


 数時間図書館でエスーペラント語の本や辞書をめくり、暗号解読に務めた。


 ところどころわからない部分があるものの、どうやらアハブという男の遺書のような文らしいという事がわかる。


 アハブがバベルという泥棒集団の一味で、15年前のジェイクの家に泥棒に入っているようだが、盗んだものの分等で仲間割れ。特にアハブは命の危機も感じていたようで、殺されるとしたら●●という場所に埋められるだろうというのは解読できた。


 ただ、肝心の●●は読めず、苦戦中。他にも盗んだものの隠し場所も出てきたが、読めないまま図書館の閉館時間になってしまった。


 アハブは行不明になっているので、殺されていると見て良いだろう。たぶんアハブの死もエスーペラント語団体のイザベラとリベアルが関与しているかは不明だが、この魔導書を探している限り何らかの関与は否定出来ないだろう。また、二人ともあの男と一緒にいたと思われる証言もある。やはりあの二人が怪しい。


 逃げてしまったニムロデはともかく、この村のそばを彷徨いているイザベラとリベアルは捕まえたいと心に誓う。


「マスミ、調べものは終わっら?」

「ええ」


 帰りぎわ、ジャスミンに閉館時間をちょっと過ぎてしまった事を詫びた。


「そんな、いいのよ。この図書館も村の人があんまり来ないしね。マスミぐらいのものよ。最近はデレクが料理の本を調べにくるけどね」


 珍しくジャスミンはいつもの知的そうな表情を崩して?やわらかな笑みを見せていた。


「寂しくなるわね」

「何が?」

「何でもないわよ。でも、後悔しないでね。この村でやりたい事は全部やってね」

「う、うん…」


 この世界の謎はまだ何も確証めいたものはないが、ジャスミンの言う通りだった。夢であったとしても、やり残して後悔はしたくない。事件の犯人はきっちりと全員捕まえたかった。


 別に探偵での警察でもないが、この村の平和を脅かす存在が放っておけない。いつの間にか、こんな風に思えるほどこの村に愛着を持っていたなんて。住めば都ということわざは本当だった。


 そんな事を思いながら、図書館を後にする。外はもうすっかり夕方だ。日は蕩けそうなオレンジ色に変化し、沈み始めていた。


 エスーペラント語を調べノートにもいっぱいメモを書いたので指が痛い。久々び勉強をした充実感で胸がいっぱいだ。


 昔、ロマンス小説にハマり、洋書を入手して英語を勉強し始めた頃を思い出す。今はもうだいたいの英文はスラスラと読めてしまうため、新しく勉強する事は発音や語彙についてばかりだったし、今回の暗号を解く作業は脳にも新鮮だった。


 そう思うと、やっぱり魔術などのズルをして夢を叶えようとする人の気がしれない。やっぱり簡単に手に入れたものは簡単に去っていく。


 そう思うと、無能で努力しかできない今の自分も悪くない。


 今日は、コリンの事や綾本の事を思い出してメンタル的にはしんどかったが、こうして調べたりする事は充実感を持った。


 そんな悪くない気持ちを抱えながら、私はクラリッサの屋敷に帰った。

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