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30話 欲望は底知らず

 湖は春の明るい日差しの照らされ、まるで大きな鏡のようだった。


 湖面に反射された青い空や雲は、実物よりも少し綺麗に見えるほどだった。


 私達は、湖のほとりのベンチに座る。鳥の囀りは呑気で、風はまろやかのふく。


 殺人事件が頻発する村とは思えないぐらい長閑な春の風景だった。


「なんだかお腹がすきましたよ」


 牧師さんは、ミッキーの店で買ったパンの包みを開ける。


「そうね。あの男と会ったら気が張ったわ」


 私もパンの袋をあけ、食べることにした。


 フルーツサンドを取り出す。ミッキーのパン屋のフルーツサンドは、デレクの店のものと違って中身のクリームは甘さが抑えられていて、フルーツの分量も多い。こちらのフルーツサンドは、食事のついでに食べるのに向いていると思う。


 牧師さんもフルーツサンドを頬張る。よっぽどフルーツサンドが気に入ったのか、心底幸せそうな表情を浮かべている。


 杏奈先生の手帳に、彼女がジェイクと一緒に湖のほとりでデートをしたという記述があった事を思い出す。ジェイクと食べ物の意見が合わず険悪なムードになっていたのにも関わらず、少女漫画風ポエムを綴っていた。


 今の私はこの呑気な風景に飲み込まれ、そんなロマンチックな気分にはなれないかった。隣に牧師さんもいるのに、自分のそばにいるのが馴染みすぎて違和感がない感じもしてくる。


「マスミのいた世界には、美味しいものもいっぱいあったんでしょう?」

「ええ。でもやっぱりここで食べる料理に慣れてきちゃったわ。住めば都ね。最近、元いた世界の欠点ばかり思いついてしまうのよ」


 そんな事を話そながら、すっかりフルーツサンドを完食してしまう。


 甘いものが少ないこの世界では、この味はやっぱり夢のようだった。元いた世界では、コンビニに行けば甘いものが食べられる環境だったのぜ、わざわざ感動したりしなかった。やっぱり便利すぎるのも考えものである。便利さと引き換えに何か重要なものを失っている気もする。


 元いた世界は確かの高度な文明だったが、自殺者は絶えない。芸能人が自殺していた事も思い出す。


 確か日本では、若者の自殺率が一位だった。そういえば、その事も元いた職場で問題になり、若者の自殺防止の為の研修講座にも出かけた事を思い出す。確かこの世界に来る数日前の事だったが、なぜか思い出そうとすると頭が痛くなってきた。


「マスミ、どうしたんですか?」

「いえ、何でも無いのよ。ところでアビーとジーンは元気?」


 話題を変え、その事を忘れると頭の痛みが取れてきた。


 やっぱり自殺などという暗い事を考えてしまい、頭痛が起きたのかもしれない。


「ええ。元気ですよ。本当はあんまり甘やかせるのは、いけないんですがね…」

「そんな甘やかしてる?」

「前のアビーとジーンにフルーツサンドいっぱいかってあげちゃいましたよ」


 牧師さんは苦笑する。


「それぐらいだったらいいじゃないz悪い事したら、叱らないといけないけれど」

「そうですか。僕も孤児だったんで、子供に甘いんですよ」

 それは初耳だった。勝手に平凡な家庭に生まれ育ったものだと思い込んでいた。

「ええ? そうだったの?」

「ええ。養父はカトリックの神父だったんですが、やっぱりその教義は悪魔的だと思い、だいぶ反抗しました。黒歴史ですよ」


 意外だ。あまり怒らなそうに見える牧師さんだが、神様の事になると芯を曲げないようだ。また一つ牧師さんの一面が知れて、私はもっと知りたくなる。心のどこかが、ふわふわと心地よい好奇心に満たされる。


「今は? 養父さんとは和解した?」

「ええ。少しわだかまりはありますけど。僕の結婚式は式をあげてくれるって」


 そう言って再び牧師さんは苦笑する。


「教会の結婚式っていいわよね。何か憧れちゃうわ」

「はは、未信者のあなたでもそう思うんですね」

「ええ。神様の前で誓うのっていいわよね。元いた世界の日本では宗教全部適当な国だったけど」


 そういうと牧師さんは笑っていた。私もちょっと笑ってしまう。


 何か二人の間の流れるムードが柔らかく、良いものになっている。別にロマンチックな雰囲気は生まれないが、牧師さんとの距離が縮まった気もした。


「マスミ、今回の事件が解決したら、ご褒美は何がいいですか?」

「え? またご褒美くれるの?」


 マークの事件の時には、事件解決後牧師さんがご褒美をくれた事を思い出す。


「なんでもいいですよ。何が良いですか?」

「えー、どうしよう。何がいいかな。そうだ、デレクのカフェでまたフルーツサンドでもおごってくれない?」

「そんなんで良いですか?」


 牧師さんは驚いて目を丸くしていた。


「ええ。最近あんまり欲張って生きるのもどうかと思っているの。そこそこに健康に生きられれば幸せね」


 そう言うと、牧師さんはしみじみと頷く。


「そうですね。邪悪で罪深人間の欲望は底知れませんからねぇ」


 確か聖書では人間は罪があると教えている。牧師である彼は、人間の欲深さもよくわかっているのかもしれない。所詮、人間はどこまで行ってもよく深く、エゴも捨てられない、清く生きることが出来ない存在なのかも知れない。


 私もそんな事をしみじみと考えていると、アビーとジーンが血相を変えて走ってやってきた。


「牧師さん!大変!」

「大変だよ!」


 アビーとジーンは、泣きそうに顔を歪めている。


「どうしたの、二人とも」


 牧師さんはこんな二人にもちっとも慌てず、ゆっくりと聞き返す。


「エリマキが居なくなっちゃった!」


 アビーが叫ぶようにいう。


「わーん、エリマキが!」


 ジーンも泣きそうだった。


 エリマキは、牧師館で飼われている小動物だ。その名前どおり時々首に巻ついてくるモフモフした小動物で、牧師館のみんなに可愛がられている。


「本当?ちゃんと探した?」


 慌てている子供二人を宥めるように私が言う。


「何か、嫌な予感がするな。みんなで手分けして探しましょう」


 牧師さんがそう言い、みんなでエリマキを探し始めた。

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